第6話

 週末には新たな秘境に足を踏み入れる。

 風下の廃墟。奇妙なことに、この古びた遺跡には東西南北、全方位から風が吹き込んでいた。そのせいで雨雲が集まりやすく、湖の水位が上がった原因とされている。

 廃墟というだけあって、壁は崩れ、柱も折れていた。

 ハインが感心気味に柱の断面を覗き込む。

「建築様式は別段、珍しくもないようだが……宗教性はさほど感じられんな」

「だろ? 家は建ってんのに、ひとが住んでた痕跡がねえんだ」

 グウェノはハインに相槌を打ちながら、イーニアに声を掛けていた。

「秘境には慣れたかい?」

「はい、少しは……」

 彼なりにイーニアの緊張を解こうとしているらしい。

「長いこと修行したんだろ? 魔法も」

 イーニアはあの店で触媒を補充したようで、杖の宝玉も綺麗に磨きなおされていた。それに気付いているからこそ、グウェノは魔法についての話題を選んだのだろう。

「そーいやさあ、魔法使いの魔法とスクロールって、何が違うんだ?」

 イーニアが困ったようにセリアスに視線を寄越す。

「ええと、それは……」

「教えてやれ」

 あえてセリアスはフォローせず、ハインとともにモンスターの接近に気を配った。

「なんだ、グウェノ殿。秘境経験者が知らぬのか」

「前のパーティーには魔法使いがいなかったんだよ。たまに雇っちゃあいたけど、高くつくし……ギャラの差で、余所のパーティーに取られたりしてさ」

 ハインがセリアスに耳打ちする。

「イーニア殿を勧誘したのは正解かもしれんな。魔法使いの確保には、どこも苦戦しとるようだし」

「ああ。場数を踏めば、垢抜けてくるだろう」

 イーニアは困惑しながらも、ようやくグウェノの質問に答えた。

「魔法は使い手によって威力や影響範囲が変わるんですけど、その……スクロールだと、誰が使っても同じなんです」

「ふーん。でも、スクロールもそのうち壊れるよなあ?」

「はい。精製する時に触媒も使いますし……その作り方がまずいと、魔法の発動回数も少なくなるんです」

 グウェノにしても本当は知っているのだろう。

(好きにさせておくか)

 少々やかましいが、十五の少女の相手をしなくて済むのは、助かる。

 うらぶれた廃墟を見渡し、ハインは大きな肩を竦めた。

「にしても、モンスターの気配がまったくないとは……どういうことだ?」

「多分、あれだよ。ちょっと前に王国軍が入って、盗賊を捕まえたりしてたからさ」

 これではモンスターの角や爪などの素材は期待できない。盗賊も逮捕され、安全ではあるものの、単なる散歩になってしまった。

 ここは『風下の廃墟』とはいえ、風向きが探索に影響するわけでもない。

「……引きあげるか」

「まあまあ。もうちょい行った先に、面白ぇもんがあるからさ」

 やがてセリアスたちの一行は砦のような建物へと辿り着いた。天井のあちこちに穴が空いているため、日中であれば、照明はいらない。

「徘徊の森といい、よくわからんなあ……寺院の伝承にも似たようなものはない」

「考えてもしょうがねえよ。秘境ってのは、常識が通用しねえんだ」

 ハインらに続いてセリアスも中に入ろうとした矢先、後ろで悲鳴があがった。

「きゃああっ?」

「静かにしてろ! てめえら、動くんじゃねえ!」

 ハインとグウェノは顔を強張らせる。

「しまった、イーニア殿っ?」

「あっちゃあ……オレとしたことが」

 イーニアは小汚い男に捕まり、首筋にナイフを添えられていた。十中八九、王国軍が取り逃がした盗賊だろう。イーニアの表情が恐怖の色に染まる。

「セ、セリアス!」

「……………」

 心の中でセリアスは『やれやれ』と溜息をついた。

 人質を取ったせいか、盗賊は興奮し、すっかり頭に血を昇らせている。

「この女を返して欲しけりゃ、さっさと武器を捨てろ!」

 ひとまずセリアスとグウェノは剣を外した。

「へいへい。で、次は?」

「決まってんだろ。食料と金だ!」

 イーニアの白い首筋へと、さらにナイフが近づく。

 この男はハインが素手で戦えることを、どうやら見抜いていなかった。しかしセリアスは目配せでハインの行動を制し、食料を盗賊の足元に投げつけてやる。

「金はないぞ。秘境には探索に来たからな」

「チッ。しかたねえ……じゃあ、おまえらの武器をもらってくか」

 セリアスのサインに、イーニアがはっと顔をあげた。

(3、2、1……!)

 一瞬の隙をつき、セリアスはスクロールを広げる。同時にハイン、グウェノ、イーニアの三人はきつく目を閉じた。強烈な発光が生じ、盗賊の目を眩ませる。

「うわっ?」

 すかさず、イーニアが盗賊を突き飛ばした。

「あとは拙僧に任せておけ!」

 目を瞑ったままにもかかわらず、ハインがその剛腕で敵の喉笛を掴みあげる。

「うぐぐ! ま、参った! 降参するから、離してくれ!」

「そうはいかん。グウェノ殿、ロープを」

 セリアスの機転が功を奏し、盗賊はあっさりと縛りあげることができた。

 光を放ったのは、照明の魔法のスクロール。セリアスはこれを故意に暴発させ、敵の目を眩ませたのだ。

盗賊の類に遭遇した時のため、この戦法はあらかじめ仲間と打ち合わせてもいた。

 申し訳なさそうにイーニアが頭をさげる。

「ごめんなさい、セリアス。私がぼーっとしていたせいで……」

「無事だったんだ。気にするな」

 確かに彼女に非があるとはいえ、十も下の少女に説教などしたくなかった。彼女がまともな神経の持ち主であれば、この失敗で懲りるだろう。

 それにイーニアが未熟と知りつつ、目を離したセリアスたちにも責任はある。

「こいつはどうする? セリアス殿」

「連れて帰んのも面倒くせぇよな。その辺に捨てときゃ、親切なモンスターが片付けといてくれんじゃねえ?」

 グウェノの容赦のない言葉に、盗賊は情けない顔で竦みあがった。

「ひいいっ! お、おれが悪かったから……」

 置き去りにしてしまっても構わないが、イーニアの手前、冷酷な真似は気が引ける。

「帰りに忘れてなければ、回収してやる」

 盗賊を柱に縛りつけてから、セリアスたちは砦の奥へと進んでいった。

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