第5話

 秘境の探索を開始してから、早一週間が過ぎた。

魔法使いのイーニアを迎えたことで、前衛と後衛のバランスも取れている。徘徊の森であれば、奥に進みすぎない限り、進行にさしたる問題もなかった。

 とはいえ、まだ足場を固める時期であり、城塞都市グランツでやるべきことは多い。この日、セリアスはグウェノとイーニアを連れ、西通りのある店に向かっていた。

「そういや、イーニアはどこの宿なんだ?」

「ええと……先生のお知り合いのかたが、上の街に住んでいまして」

 イーニアも少しはメンバーに馴染んできたようだった。セリアスでは間が持ちそうにないが、グウェノがいれば、会話が途切れることもない。

「オッサンは診療所をまわってみるとさ。あの気功で治療ができるってんで」

「あれは回復魔法なんでしょうか」

「生命エネルギーがどうこう言ってたっけ。オレにゃ、さっぱり」

 しばらく歩いた先で、グウェノが足を止める。

「ここのはずだぜ。オレはその、入ったことがねえんだけど」

 見たところ、それは単なる一軒家のようだった。一応、扉の上に看板は掛けられているものの、窓にはカーテンが降ろされ、中の様子はまったく見えない。

「魔法屋……ですか?」

 行き先が魔法関連の店であったことを知り、イーニアは小首を傾げた。

 グウェノは呆れたようにその看板を見上げる。

「ここってよ、いつ開いてんだか、わかんねえんだ。ドアもこの通り、しっかり鍵が掛かってるしさあ」

 試しにドアノブを捻ってみたが、扉はびくともしなかった。

「トレジャーハンターでもわからないか? イーニアは気付いてもよさそうだが」

 しかしセリアスは意に介さず、小さな巻物を取り出す。

 グウェノもイーニアも目を見開いた。

「そいつはスクロールじゃねえか! セリアス、ひょっとして使えんの?」

「開錠の魔法ですね。でも、いいんでしょうか……」

「見ていろ」

 スクロール(魔法の巻物)をかざすと、『扉のほう』から魔方陣が浮かびあがる。

 この扉には魔法で鍵が掛けられていたのだ。これを開けるには、同じく魔法でこじ開けるか、専用の鍵を使うしかない。

カチッと手応えがあった。

「行くぞ」

「お、おい? セリアス?」

 セリアスは扉を開け、ためらうことなく中へと踏み込む。

「いらっしゃい。この辺じゃ見かけない顔だね」

 奥のほうからそんな声が返ってきた。

 そこはまさしく魔法屋で、触媒やスクロール、杖などが所狭しと並べられてある。カーテンを降ろしているのは、秘密を守るほか、薬品の類を日光に晒さないためだろう。

 カウンターの向こうでは妙齢の女性がパイプを燻らせていた。

「扉を開けたのは……おや? そっちの魔法使いじゃないのかい」

「俺だ」

 セリアスはさっきのスクロールを見せつけ、やにさがる。

 この店は何も客を拒んでいるわけではなかった。ただ、資格のある者だけが入れるように、魔法で扉を閉ざしていたのである。

「へえ……兄さんが、ねえ。よく見りゃあ、割といい男じゃないのさ」

「買い物はできるんだな?」

「……性格はちょいと減点だね。まあ売ってやるよ。後ろの可愛いお嬢ちゃんにも」

 スクロールなどは扱いが難しく、素人が使えば暴発の恐れもあった。魔法の材料となる各種の触媒にしても、正確な知識と充分な技術がないことには、無駄になる。

「なるほどなあ。道理でオレは入れねえわけだ」

 魔法使いのイーニアは興味があるようで、店の商品を眺めていた。

「すごい、マンドレイクがこんなに……」

「冒険者から仕入れてるんだよ。徘徊の森で見つかるそうでね」

 魔法を使う際には必ず、その魔法に該当した『触媒』が必要となる。特殊な灰や苔、花がそれに当たり、魔法使いにとっては消耗品でもあった。

「イーニア。触媒が少なくなってきたら、この店で補充するといい」

「はい。ありがとうございます」

 店主の女がイーニアを一瞥し、ほくそ笑む。

「いつでもおいで、お嬢ちゃん。愛らしいお客さんなら、こっちも大歓迎さ」

「……私、もうお嬢ちゃんという歳ではありませんので……」

 普段はおとなしいイーニアが珍しく眉を顰めた。

 グウェノは笑いを堪えつつ、スクロールの束を覗き込む。

「にしても、まさかセリアスにスクロールが使えるなんてなあ。センスあるじゃん」

「少しかじっただけだ」

 とりあえずスクロールを買い足し、セリアスたちは魔法屋をあとにした。

「いつもはどんな魔法のを持ってんだ?」

「開錠と解毒……そうだな、あとは照明あたりも使えると便利だぞ」

「へえ~。オレも勉強してみっかなあ……おっ?」

 大通りに出たところで、屈強な騎士団の一行とすれ違う。

「あれも冒険者のかたでしょうか」

「王国軍だよ、王国の正規軍。真面目に仕事してんだなぁ」

 翼が生えた獅子の紋章は、タブリス王国軍の証。

 フランドールの大穴とは元々、その名の通りフランドール王国の領地であったが、今世紀の初頭にその権利を放棄した。代わって、隣国のタブリスが大穴に肉薄し、城塞都市グランツを築いている。

 王国軍は今しがた秘境から帰還したようで、後ろには数名の男が連行されていた。秘境に潜んで冒険者を狙う、ならず者の一味だろう。

「昔はすごかったらしいぜ? 盗賊団なんてのが結成されちまって、王国軍と秘境で全面衝突したんだと。そんな経緯もあって、ギルドにはちょくちょく監査も入ってんだ」

 セリアスとて、盗賊ごときに遅れを取るつもりはなかった。しかし戦いになれば、正当防衛とはいえ相手を殺すことになる。それはセリアスの望むところではない。

(……対策は考えておくか)

 グウェノがイーニアを茶化す。

「ひとりで秘境をうろついてっと、カモにされっぜぇ? お嬢ちゃん」

「……お嬢ちゃんって呼ぶの、やめてください」

 不機嫌な少女に構わず、セリアスは王国軍の凱旋を見送った。

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