第4話

 翌日、セリアスたちは秘境探索の許可を得るため、ギルドへ。すでにリーダーをセリアスとして、このパーティーを登録しており、いつでもサインひとつで出発できる。

「……なんだ? ありゃ」

「妙なことになっとるようだな」

 そのつもりが、今朝のギルドは何やら不穏な空気に包まれていた。

「お願いでございます! どうか、どうかジョージ様を!」

 ジョージ子爵の執事は慌てふためき、ギルドの冒険者らに必死に頭をさげる。

 グウェノが傍の戦士に問いかけた。

「何があったんだ?」

「例の子爵が屋敷の使用人を連れて、許可もなしに秘境に行ったんだとさ」

 ボンクラ貴族の暴走らしい。おそらく執事の目を盗んで、行動に出たのだろう。冒険者たちは呆れ、中には笑いを堪えている者もいた。

「謝礼もお支払いします! どなたか、ジョージ様をお助けください!」

 今にも泣き崩れそうな執事に構わず、セリアスたちは受付で書類にサインを入れる。

「自業自得ってことだろ。なあ」

「しかし使用人は気の毒ではないか。そう遠くへは行っておるまい」

 わざわざ名乗りをあげてまで、助けに行くつもりはなかった。だが、ジョージも徘徊の森に向かったのであれば、ついでに探してやってもいい。

 連れのハインは、ボンクラ貴族の救出もやぶさかではないようだった。

「どうする? セリアス殿」

「子爵の運次第だ。ハーブを採取したら、帰るぞ」

 セリアスの一行は手続きを済ませ、秘境へのゲートをくぐる。


 徘徊の森。それは一見、何の変哲もない森林だった。

 モンスターも動物と大差なく、狼の魔物をセリアスとハインで楽々と蹴散らす。

「これでは相手にならんなあ、セリアス殿!」

「ヒュウ! 楽勝じゃねえか」

 グウェノは短剣を抜くこともせず、モンスターから素材を剥ぎ取っていた。おかげで効率よく成果をあげながら、前衛のふたりは戦闘に集中できる。

「グウェノ殿は、武器はナイフだけか?」

「弓も得意なんだけどよ、ありゃあ荷物になるからさ」

 このメンバーでもっとも身軽なのは、素手で戦えるハインだった。夜間や洞窟の探索となれば、彼に照明を任せることもあるだろう。

 先頭のセリアスは振り向き、ふたりの仲間に尋ねる。

「木は歩いたか?」

 ハインもグウェノもかぶりを振った。

「いや……拙僧にはわからぬ。グウェノ殿、地図は合っとるか」

「今んとこは問題ないぜ。まあ、まだ森の入り口みたいなもんだしな」

 秘境はまだセリアスたちに牙を剥いてはいないらしい。モンスターはいるものの、ハイキング同然の行軍となり、拍子抜けしてしまう。

「この森にタリスマンはあると思うか? グウェノ殿」

「あったとしても、もっと奥だろ。このへんは王国軍も散々、探しただろーし」

 寡黙なセリアスをよそに、ハインとグウェノは無駄話を続けていた。

 不意にセリアスは足を止める。

「どうした? セリアス殿」

「……あの子爵は運がよかったらしい」

 その先では、まさにジョージ子爵らがモンスターの群れに囲まれていた。使用人たちは怯え、子爵の後ろで身を寄せあっている。

「ひいいっ!」

 ところが、子爵の正面には思いもよらない人物が立っていた。

 グウェノが目を丸くする。

「おい、あの子! この間、オッサンがセクハラ働いた女の子じゃねえか」

「おかしな言い方をするでないっ! とにかく助けねば!」

 いつぞやの少女は結界を張り、狼どもの接近を阻んでいた。すかさずハインとセリアスが飛び出し、群れの背後を取る。

「結界を維持していろ!」

「えっ? は、はい」

 彼女が驚く一瞬の間にも、一匹のモンスターが真っ二つになった。

「グウェノ殿! そっちにも何匹か、行ったぞ!」

「へいへい。そんじゃあ、オレも」

 グウェノも軽い身のこなしで魔物の突撃をかわし、ナイフでカウンターを決める。

「ハアッ!」

 とどめはハインが気功を放ち、モンスターを追い払った。

「魔物にしては引き際がよいな。拙僧らには敵わぬと、悟ったか」

「そっちのチビのオッサンよりは利口ってことだな」

 ジョージ子爵はすっかり腰を抜かし、立ちあがることもままならない。

 少女は結界を解き、おずおずと歩み出た。

「あの……ありがとうございます。急に襲われてしまって、詠唱の余裕がなくて……」

「通りかかっただけだ。気にするな」

 セリアスは剣を納め、彼女の風貌を一瞥する。

 やはり魔法使いで間違いない。ただ、それなりの使い手のようだが、実戦経験の乏しさは目にも明らかだった。

 グウェノが軽薄な調子で声を掛ける。

「キミ、名前は? オレはグウェノってんだけど」

「あ、はい。イーニアと申します」

「可愛らしい名前ではないか。拙僧のことはハインと呼んでくれ」

 グウェノはともかくとして、ハインのナンパ行為には頭が痛くなってきた。

 イーニアがセリアスに視線を向ける。

「そちらのかたは……」

「俺はセリアス。とにかく話はあとだ、戻るぞ」

 踵を返そうにも、彼女は西の方角をしきりに気にしていた。左手のコンパスがその方向を指しているらしい。グウェノがそれを覗き込むと、慌てて隠そうとする。

「なんだい、それ?」

「い、いえ! 何でもないんです……」

 ジョージ子爵の一行、とは思えなかった。

溜息交じりにセリアスはイーニアを問い詰める。

「ここで何をしていた? ギルドで許可を取ってきたとは思えんが」

「私は、その……」

 ハインも腕組みを深めて、少女の軽率な行動を窘めた。

「ひとりで忍び込んだというわけか。事情があるのやも知れんが、それはいかん」

「で、ですけど! 秘境のことなら知ってますから」

 イーニアの強情さにはグウェノも呆れる。

「だからってなあ……『知ってる』だけで戦えるわけねえじゃん」

 三人掛かりで諫められ、イーニアもようやく反論をやめた。

「……ご迷惑をお掛けして、すみません」

「もういいな。置いていかれたくないやつは、ついてこい」

 セリアスたちは今度こそ撤退を始める。

「ま……待ってくれ!」

そのつもりが、ジョージ子爵に呼び止められた。

「んだよ、まだ腰が抜けてんのか?」

「そ、そうではない。そうではないのだが、そのぉ……」

 彼の抱えている大問題に気付き、セリアスはやれやれと肩を竦める。

 誉れ高きジョージ=エドモンド子爵は恐怖のあまり、失禁してしまっていた。これにはハインも絶句し、グウェノは笑いを堪える。

「……このざまで子爵とはなあ」

「くくくっ! 可哀相だから、黙っててやろうぜ」

 セリアスたちは大きな荷物を抱え、早々に徘徊の森から引きあげることになった。


 無事に帰還を果たし、その夜、セリアスたちは居酒屋で一息つく。いの一番にグウェノはグラスを空け、陽気に笑った。

「傑作だったなあ、ジョージの泣きっ面!」

 この酒はジョージ子爵の奢り(口止め料)ということもあり、機嫌がよい。

「まあ何事もなくてよかったではないか。なあ、イーニア殿」

「はい。本当に助かりました」

 今夜は魔法使いのイーニアも同席していた。まだ酒を飲める歳ではないため、サイダーで誤魔化している。

「ところで……イーニア殿、拙僧に注いでくれんか」

「え? ええと……」

「こうするんだ」

 セリアスはイーニアに代わって瓶を手に取り、けしからんモンク僧のグラスになみなみと酒を注いでやった。

「これでいいんだろう、ハイン。さあ飲め」

「セリアス殿っ? ぬぬう……よくも拙僧のささやかな楽しみを」

「ハハハッ! 下心を見せっからだよ、オッサン」

 ハインはがっくりと肩を落とし、グウェノは大笑い。

 肴も出揃ったところで、改めて自己紹介を始める。グウェノ、ハイン、それからセリアスと続き、最後にイーニアの番となった。

「エルフだってえ? あんた、エルフだったのかよ」

「ハーフエルフです。お父さんの血が濃いみたいで、耳は尖ってないんですけど」

 エルフという種族は耳が長く、森を好む。弓の扱いに長け、魔法にも精通していた。しかし極端な排他主義であり、余所者を徹底的に嫌う傾向にある。

 そんなエルフと人間の間に生まれた子どもなど、事情があるに決まっていた。

「色々大変だったんじゃねえの? 親とも離れ離れなんだろ」

「魔法の先生が面倒を見てくれましたから……」

 グウェノが彼女の気を引いている隙に、ハインがセリアスに耳打ちする。

「連れてはきてみたが……セリアス殿、どうする? 拙僧としては、またひとりで秘境をうろつかれても敵わんから、パーティーに加えたいのだが」

 ハインの懸念通り、ここで見逃せば、同じことを繰り返す可能性はあった。あのコンパスで何かを探しているようだが、それを打ち明けるつもりもないらしい。

「戦力になるなら、それでいい」

「ならなければ、どこかに預けるか……うむ」

 善人気質のハインとて、冒険者としての弁えはあるようだった。

 ほかに熟練の魔法使いが見つかるまでの繋ぎで構わない。セリアスは酒を置き、イーニアに右手を差し出す。

「詮索はしない。秘境を探索するなら、しばらくの間、俺たちと組まないか」

 戸惑いながらも、イーニアはその握手に応じた。

「私でよければ……ええと、セリアスさん」

「呼び捨てでいい」

 グウェノとハインも満足そうに頷く。

「そうと決まったら、歓迎会だな! 女将さん、もう一杯~!」

「イーニア殿も食べたいものがあったら、注文するといい。どうせ子爵の奢りだ」

「いえ、あの……こういうお店は初めてでして……」

 剣士のセリアス。モンク僧のハイン。トレジャーハンターのグウェノ。魔法使いのイーニア。この日、城塞都市グランツで新しいパーティーが結成される。

 あてのないタリスマンの探求は今、始まった。

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