催眠術
石動天明
「土屋さん、私、催眠術が出来るんだよ」
私、
水埜さんは普段大人びていて聡明な人なんだけど、時々変な回路が繋がって変な言動をする事があります。どうも今日はその時らしい。
五円玉の孔に紐を通した催眠アイテムを私の前にぱっと突き出して、左右に揺らし始めました。
ここでにべもなく断ってしまったり、そんなのあり得ないと莫迦にするのも悪いので、仕方ない、私は水埜さんの催眠術に付き合ってあげる事にしました。
「貴女は犬になって、わんわんと吼えます」
「わんわん!」
「貴女は猫になって、にゃーにゃー鳴きます」
「にゃーにゃー」
「貴方の身体は鉄板のように硬くなって、椅子と椅子の間に寝そべって私を載せてもびくともしません」
水埜さんは教室の椅子を二つ、後ろの空いたスペースに引き出し、一メートルくらいの間隔で設置しました。私は催眠術には掛かっていませんが、催眠術に掛かっているていでふらふらと椅子の間に立ち、一方の座面に後頭部を、もう一方に両足を載せました。
水埜さんが私の鍛えに鍛えたむっきむきでばっきばきの鉄の腹筋に腰掛けて足をぶらぶらさせます。弟に殴らせながら鍛えていた腹筋は脂肪が殆どないので打撃にはクッソ弱いのですが、重圧に対しては容易く耐えます。
「土屋さんは鉄板おっぱーい」
催眠ごっこが終わったら二、三発引っぱたいてやろうと思いました。
水埜さんは私から降りて、
「手を叩いたら催眠が解けます」
と言って手を叩きました。
「うわぁ。私は何でこんな事を?」
催眠が解けて驚いたふりをすると、水埜さんはくすくすと笑いました。
「土屋さんってあっさりしてるね。実はね、私、催眠術なんて使えないんだ」
「な、何だってー。でも実は、私だって掛かってるふりしてただけだモンね!」
してやったり! そう思った私ですが……。
水埜さんは、今度は柔らかく笑って、でも――と、こんな事を言いました。
「“催眠術に掛かってあげよう”――って土屋さんが思ってくれてたなら、成功だよ。だって私は私の望む通り、貴女に犬や猫の鳴き真似をさせ、椅子にしてしまえたんだからね」
……そう言えばそうでした。私は催眠術に掛けられてしまっていたのです。とっくの昔に。
催眠術 石動天明 @It3R5tMw
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