第23話 後悔 その二

 関所の役人たちが身の保全を図ろうと思えば、きちんと領内が治まっていることが大切だ。ところが御三家の連中が幅をきかせば手を出せない。それでは失態になってしまう。盗賊は盗賊で、自分たちの取り分が水戸の浪人に流れるのは面白くない。 「ズブズブ」というのはそういうことだ。

 「機を見てのし上がろうって奴はたくさんいるんですぜ、旦那」

 裏にいるのは侍か。

 「人のことを人が慕うのはそこに利があるから。人を潰すのも自分がのし上がるため。すべては利なんですよ。利が人を動かすんです。ぜってえ、正義なんかじゃねえ。そんなことをうんぬんかんぬんして、己の行為を正当化しているだけなんですよ。上から正義を押しつけるのも押さえつけたいからだ」

 自分がやられてきたのも「利」があるからだ。

 「悪人になることです。

 悪人になって気に入らぬ者を潰すんです。そうやって利を手に入れなきゃ。

 刺される方が馬鹿なんです。世の中そんなもんです。正義面して、刺された者をさらに横から滅多刺しにする。同じ穴の狢って奴です」

 酒がそうさせるのだろう。勘蔵が饒舌になっている。燭台の火に淡々と照らされた勘蔵は凄みがある。生き残ってきた者の凄みである。

 「他の奴は言いますよ。

 『惜しい人をなくした』

 『下手人は許さねえ』。

 でもね、そう言ったすぐあとには飲んだくれて、女と乳繰りあってんです。その帰りには野良犬を蹴っ飛ばしてるかもしれない。人なんて分からないんですよ。

 ご託並べて批判していた奴に翌日殺されたりして」

 勘蔵はそうしてきたのだろうと伊織は思った。気に入らぬ奴は消す。そこに正義もなにもない。低い声音の奥底にそんな重さがあった。ハッタリではない。こいつにかかれば、伊織などただの甘ったれの坊やだろう。

 けなされ、罵られている気分になる。

 絶対的な強さがそこにあり、伊織は劣等感を抱く。胸が苦しくなる。

 それと同時に惹かれていく。

 こういう手合いは屈服して掌中に身を投げれば楽になるからだ。

 「刺されたら終わり。刺さないと」

 伊織はもう一度、あの景色が見たくなった。

 勘蔵の言葉はそれを後押しした。

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