第20話 凋落 その三

 空腹を酒とアテで満たしたあと、勘蔵かんぞうはこう切り出した

「旦那には世直しを手伝ってもらいてえんです」

 伊織はぐい呑みを口元に運ぶのを止め、目を丸くした。

「世を悪くしているのはおぬしらだろう」

「いえ、アッシらなんぞは、小銭を稼ぐ、小悪党にすぎませんぜ」

 伊織は苦笑しながら、止めたぐい吞みを再び口へ運んだ。

「オレには大悪党にしか見えんがな」

「へっへっ・・・・・・」といやらしい笑い方をしてから言った。

「ですがね。そんな小悪党が日銭ひぜにを稼げるのも、世が泰平たいへいだからでしょ。それがどうもね。泰平の根太ねだが緩んできているみたいなんで」

「黒船か」

「ええ。『泰平の眠りをさますじょうせん』ってやつですよ。あいつらが来てからのお上だって混乱してるみたいで」

 将軍様のお世継ぎに関して、幕府内が二手に分かれて争っていることは、人づきあいをいとう伊織でも聞き知っていた。

「難しいことはアッシにも分かりませんよ。でも揉めてるときに罪人になったやつらもいるんでしょ。

 行徳の商人のやつらがその罪人どもをかくまっているらしいんで。

 旦那、ここいらはお上直々に治められたり、お旗本衆の御領地のある土地ですぜ。元々あいつらは塩作りでもうけて今があるんですよ。家康公以来、塩田はお上が守ってきたわけでしょう。それを忘れてお上に楯突いた野郎どもを匿うなんて長年の御恩に逆らう行為でしょ。アッシだけじゃなくて、はらわた煮えくり返って人間もいるんですよ。名前は言えませんがね」

 伊織は明らかに動揺していた。

 それを顔から覚えられまいと、ぐい吞みを飲み干した。

「旦那、そんな輩を斬ってくれませんか」

 勘蔵はじっと伊織を見た。

 反抗できないような鋭い眼で睨んだ。

 言語化したくないのに、内なる声が勝手に言語化する。

 ――過去を取り戻せる。

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