第19話 凋落 その二

 農家を居として、暇を持てあましその板間に寝転び、することもないのでそんな妄想をしていた。

 後悔だけが脳裡のうりに浮かんでくる。

 あのときに暴れれば。

 あのときにすごすごと出奔しゅっぽんせずに、藩主でもなんでもじか談判だんぱんしてみれば良かった。

 誰かに相談すればよかった。

 母にどこか伝手でもあったのではなかったのか。

 妄想は果てなく続く。

 寝転んで、外の景色を見る。

 主がしないのだから、手入れなど行き届くはずもない、雑草が茫々ぼうぼうと伸びた庭がそこにはある。物干し竿にはいつ干したのか覚えておらず、風雨にさらされ続けている手ぬぐいがひらひらと揺れていた。

 人間、うまくいかなくなるといつもの暮らしもうとましくなる。自分の内面が腐っていくのを自覚した。世と関わるのが面倒になり、人間不信にもなっていく。

 庭先にある畑で最低限の野良仕事をしていて、なんとか糊口ここうをしのいでいた。それも徐々に面倒になる。窮迫きゅうはくしていくのがわかるのだが、なにもする気になれない。

 やがて家にいて寝続けているのにも嫌気がさし、外をさまよううち、博打を打つようになった。冷静になれば博打など打っても、勝てるわけがないのだ。それでも中毒のように賭場に通い続けた。やがて窮迫している伊織には返しようのない額の借財が募った。

「旦那、お暇なときで構いません。お手伝い願いませんか」

 胴元が話しかけてきたのは、ある日腐りながら歩いていた賭場からの家路の途中であった。賭場は盛り場や関所から少し離れた大野村にあった。

 別に盛り場や関所の近くに賭場があっても構わないのである。どうせ取り締まる側の関所の役人も賭場に通うのだから。

 ただ不意に関八州取締役が巡察することもあって、あわてふためくこともあるらしい。

 伊織が胴元である勘蔵かんぞうから呼び止められたのは、大野村の外れ、畑道だった。例によって借財をした上に豪快にすって身も心も空洞のまま、家路につくところだった。

「手伝いとはなんだ」

「ここは村はずれ、人目を気にする必要はないのかもしれませんが。旦那はさすが豪胆でらっしゃる」

 これはまずい依頼なのだろうというのはその言葉でわかった。

 そのとき伊織の腹が鳴った。

「ヘッヘッへ。旦那。一杯やりながら話しましょうぜ」

 伊織はふところで腹を撫でていたが、袖に手を通し直した。見られたかと気まずくなった。

「三日くらい水しか飲んでおらぬのでな」

「それはいけません。背に腹は代えられませぬ。」

 借財をしてそれで賭場に通い、勝ったらそれで返す。負ければ身の回りの物を質に入れる。その繰り返しで負けが込み、まだ実家の援助が得られるころに買った畑までも金に換えた。

「ささ、参りましょう」

 胴元にうながされ、二人連れで歩き始めた。

 伊織は自分でも不思議に思う。

 あれだけ青年期に唐変木とうへんぼくとして生きてきたオレが、悪所に通うようになったら、あれよあれよと酒も煙草も女も覚えてしまった。

 今も、酒を呑ませてくれると聞いただけで、口のなかの唾は止まらず、腹の虫も鳴き止まぬときた。

 空腹に抗しきれず、胴元に連れられて元の悪所に戻った。

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