第17話 大和久伊織 その五

 懐に免状をしまい、道場を後にしようと立ち上がった。道場の入り口まで進み、振り返って神棚と掛け軸のある床の間に向かって一礼をする。掛け軸の前には目を見開いたままこちらを凝視する老爺がいた。

 ――どうしてほしかったんだ。破り捨ててほしかったのか、嬉しくて涙を流してほしかったのか。嬉しかったら、敵討ちをせずにうだうだ過ごすはずなかろうに。

 道場を囲う生け垣に沿って、歩きながらそう思った。

 ――どうせこの後、あのじじいは己の体裁を繕うために、あることないことを吹聴するのだろうな。

 ――同輩はそれに乗っかるのだろうな。

 ――母上はどう思うか。

 ――煮え切らぬ。

 涙が滲んできて、必死にこらえた。自分が情けなかった。

 怒りにまかせて暴れればよいものを。全員斬り殺せばよいものを。

 快男児になれぬ男よ。

 無駄と分かっていても、流れに身を任せて、敵討ちでもなんでもすればよい。

 おのれの心情のまま、戦えばよい。

 ならば世情に訴えることくらいできるのに。

 冷めたまま、何もなさずに、ネズミのように追い立てられ情けなく逃げる。

 情けない。

「それで楽になれる」と思ってしまう己の脆弱ぜいじゃくさよ。

 こらえきれなかった涙が頬を伝った。

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