第13話 大和久伊織 その一

 「話が違うではないか」

 大野村の外れ、一見すると百姓家のうちには、その家のものとは思えぬ風貌の者が五、六人たむろしていた。梅雨で蒸すのか、全員がほぼ半裸である。薄手の袢纏を引っかける者もいる。袢纏はんてんの色は派手である。

 伊織はその中心にいる者に詰め寄っている。詰め寄られた相手は勘蔵かんぞうと言った。ざかりの内にはほとんど外出しないくせに、肌が異様に黒い。勘蔵は片膝を立てて座って、ぐい吞みを傾けた。

 「大和久のダンナ、勘弁して下せえよ。後金の三十両だってお支払いしたはずですぜ」

 「おぬしが申していたのは、世直しのみであった。世直しのために殺してくれ、ということだった。これでは盗みの片棒を担いでいるようではないか」

 「冗談言っちゃいけませんぜ、ダンナ。食い扶持に困っているようだから、お誘いしただけですぜ。ご自分だって分かってたんでしょ。だから、コソコソ殺しに行ったんでしょ。良いことしてるんなら、どうしてコソコソ辻斬りみたいなことをするんで。堂々と益屋に乗り込んでいって、全員皆殺しにすれば良い」

 他の者が、「へへへ」と低く笑う。

 「要は肚の虫に負けたんでしょうよ。人間、肚の虫と泣く子には勝てませんて。

 こだわりすぎですぜ。肚がくちくなりゃ、何でもいいでしょ。良い米も悪い米もねえ。まさか懐の五十両もの大金、薄汚え金子だとかぬかすわけじゃねえでしょ。金は金、光り方も重さも変わらねえですぜ」

 伊織は膝の上で袴を強く握っていた。

 大和久伊織がどこの出の者かはよく分からない。ただ、言葉のなまりから関東のものではないのかもしれない。それくらい訛りがきつかった。若い折りに父親を酒の席のいざこざで斬り殺された。理由などどうでもいい。いや、どうでもいいくだらない理由で斬られた。当然斬った後、相手は出奔しゅっぽん、行方知れずである。

 藩の内で剣の腕前で人後じんごに落ちぬ伊織は、気分があまり乗らなかったが、周囲の圧力に負け、敵討ちの旅に出た。

 剣術の腕も確かだったが、それも伊織が望んだことではなかった。競うことがあまり好きではなかった。

 父親のことも剣術同様、好きではなかった。伊織と真逆で父親は争いごとを好む質だった。父親は伊織にも同じように生きるように強いた。

 だから斬り殺されたときも、

「言わぬことではない」

 と思っただけで、ほとんど同情の念も湧かなかった。

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