第12話 市川 その三

 熊八にはそこまで言語化できるわけもない。ただただ、熱を感じ、熱にほだされた。

 そしてその熱を「一本気な御仁」として理解した。そう考えてしまうと、熊八にとっては幼稚な男になってしまった。稚拙な理屈を臆面もなく発露する男の熱に皆ほだされて、死ぬことをいとわないで働いてしまうのだ。それが松丸という男の厄介さだ。

 松丸の大柄な体格は、そんな行動力や言動を、涼やかにしてしまう。出会ったときには暑苦しいと感じていた松丸の風貌に対する印象が変わった。

 ただ、それは松丸のような男ならではのことだ。関八州になるくらい家柄にも恵まれ、恵まれた環境に育ち、恵まれた生業についているから、屈折しようがないのである。食うや食わずやで、生活に追われている連中や、金にしかよりどころがない連中は、そんな「正しさ」より、目先のことが第一だ。

 幕領にもかかわらず、水戸の連中を匿っているバカどもも、本音を言えば、攘夷にも開国にも興味がない。松丸は教養がありすぎるのだ。

 そう自分に言い聞かせて、岡惚おかぼれしてしまう自分の感情を押し殺した。

「あんまりいじめねえでくだせえ」

 そうやりすごしたが、案外その「本音」の部分を突けば、簡単に落ちるのではないのだろうか。いや、立っている土俵が違う。分かりあえないだろう。

 熊八は心ここに在らずの状態で歩いていて、ぬかるみにはまった。

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