第7話 飴屋のお園 その一

 翌日、街道沿いにあるあめ屋に熊八はいた。その店の名物は大根飴で、喉を痛めたときに重宝すると評判だった。

 そこの女主人お園は福々ふくぶくしい老婆だ。小さい頃から熊八や近所の子どものことをかわいがっていた。だが、お園は亭主と若くして死に別れ、子どもがいない。

 「なんだい、あんた、何しに来た。金ならないよ」

 「なんだよ、そりゃ」

 引き戸を開けた途端、熊八はそんな叱責を浴びた。思わず肩をすくめる。

 表面的には疎んでいるようで、そうではなかった。

 「いやさ、これになっちまったろ」

 と懐から十手をチラリと見せる。女主人は顔をしかめる。

 「目明かしなんかにならなきゃ良かったよ」

 様々な種類の飴が入っている陳列棚の奥を通って、上がりかまちに腰掛ける。色とりどりの飴は艶やかだった。

 「だからお止しって言ったろ」

 横に腰掛けながら、お園は言った。顔をしかめているのだろうが、しわが多いのか、しかめているのか判断に迷う。髪は確実に白髪の量が増えた。

 「今更言ったって、後の祭りってやつよ」

 「しょうのない子だね。ちょっと待ってな」

 と言って再び立ち上がった。いい年して「子」か、と熊八は苦笑するがお園の言葉は夏の夕立のようで体にあたる感触が痛くて気持ちが良い。お茶を用意するのだと思って、「いいよ、話が先よ」と言った。お園はかまわずお茶の用意をして戻ってきた。昔から世話好きなのだ。

 「で、今日はどうした。おばさんを捕まえるかい」

 急須を傾け、お茶を朱色の湯飲みに出しながら言った。

 「まさか。あの、知ってんだろ、この参道の先の弘法寺で人斬りがあったの」

 「ああ、聞いてるよ。益屋のご主人がやられたんだろ」

 「そうなんだよ。でさ、いろいろ聞き込んでるんだけど、はかばかしくなくてさ。みんなオイラの顔を見ると、『知らねえ、知らねえ』って何も教えてくれねえのさ」

 湯飲みからお茶をすする。情の濃いおばちゃんらしい濃いお茶だ、と熊八は思った。

 「そりゃそうだろうね」

 「というと」

 お園は、少しだけ逡巡しているようだった。

 それから、お園は「アタシがしゃべったって言わないでおくれよ」と念押しして、話し始めた。

 三件の人斬りはいずれも大店の主人が被害に遭っているが、それぞれ寄り合いの帰りに凶行に遭っている。

 「その後に必ず盗人が入ってるんだって」

 通夜や葬儀が行われるが、その後も跡取りをどうするのかとかなんのかんの様々な雑務が発生する。そんな日々で疲弊しているところに盗人が入るらしい。

 「そんな届けはあったかな」

 熊八は小首を傾げる。

 「そりゃお上に言えないこともあるだろうよ。いろいろ探られたくない腹もあるんだろうね」

 「探られたくない腹・・・・・・」

 現代でも会計の知識がなければ企業の金の動きが理解できないように、当時の商家の帳簿もかなり複雑になっていたらしい。

 「で、益屋の探られたくない腹ってのは」

 「アタシが知るもんかい。アタシはしがない飴屋だよ。益屋とつきあいでもあれば別だけど。そういやなんだか噂は聞いたことあったね」

 「主人がまつりごとに夢中ってやつかい」

 熊八はあぎとをさすりながら聞いた。

 「――にしても、探られたくない腹ってのが、金だったとして、そんな金を何に使ってたんだろうな」

 「あきれたね、アンタ目明かしなのになぁんにも知らないんだねぇ」

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