第3話 惨殺 その三
主人は足を踏み外した。手代は転がり落ちる主人を止めようと両方の腕と全身で抱え込もうとする。手代の持っていた提灯が落ちた。提灯の紙がメラメラと燃え落ちたが、水溜まりに落ちたのですぐに消えた。
踊り場でもその勢いは止まらない。
そのまま、一つ目の踊り場、二つ目の踊り場でも止まりきれず、肉塊は落ち続けた。三つ目の踊り場にさしかかるタイミングで、男は紅葉の木から踊り場に出た。そして転がってくる益屋嘉右衛門を受け止めた。手代は後ろから、階段の下まで落ちていった。
男は益屋を立たせて、益屋の奥襟を左手で掴んだ。もう片方の手は刀の柄を握っている。
益屋は襟首をもたれながら、顔は恐怖で引きつり、肩で大きく息をしている。顔を見る限り目立った外傷はないようだが、明るいところで見ればアザの一つもあるかもしれない。
「申し訳ござりませぬ。助かり申した」
と言って、益屋は男の顔を見た。
「益屋嘉右衛門だな」
物言いの堅さから、武家のものと判じたのだろう。手代に対するのとは対照的に態度が
「左様で」
まるで
「どちらさまで・・・・・・、お、お離ししください」
男は襟首を離そうとしない。
階段の下で転がっていた手代の身体がゆっくりと起き上がるのを視線の端で見た。全身をしたたかに打ったのであろう。手代は腰をさすりながらうめいた。
男は益屋の襟首を不意に離した。益屋は酒のせいか、階段を転げたせいかはわからないが、ゆっくりとよろめいた。その刹那、男の腕が高く上がった。後に手代が語った証言によると、
「まるでずり落ちてきた袖を直そうと腕を上げたようだった」そうだ。
山門の薄明かりしかなかったが、手代には益屋の首が胴から離れるのが分かった。気の抜けるような音、血しぶきが上がるのも見えた。胴の方は、そのまま踊り場に仰向けに倒れた。そして、首らしき塊が階段を転げてきた。塊は階段の下で膝立ちになっている手代の足にぶつかって止まった。衝動的に、手代は塊を掴んだ。血か、酒のせいで顔に浮かんだ脂のせいか、ヌルリとした感触と毛の感触がした。その感触にそれがなんなのかを理解して、へたり込んでしまった。
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