第2話 惨殺 その二

 この道を通ると絶対の自信があるわけもなし。他へ行かれたら、それはそれで潔く諦めようと決めていた。というより、諦めざるを得ない。前金の二十両はそっくり返すしかない。

 木々のどこかで鳥が奇声を上げて、羽ばたいていくのが聞こえた。男の身体にわずかに緊張が走った。

 見上げると山門の方に光源こうげんが近づいてくる気配がした。

「旦那様、大丈夫でございますか」

 若い男の声が聞こえ、続いて光源がはっきり近くなってきた。白い提灯ちょうちんが見えた。

 男は改めて身を紅葉の木に隠した。そしてゆっくりと極力音を立てないように鯉口を切った。

「うるさい、手を離せ」

 提灯の薄明かりに照らされているのは、大店の主人とおぼしき、身なりの上等な男と手代とおぼしき若い男であった。手代は左手に提灯を持ち、右手で主人を支える。

「なんだあれは、あれを照らせ」

 階段の脇にある紫陽花を指さして、そちらへ歩いて行こうとする。その足取りは酒に絡め取られているらしくおぼつかない。まるで立ち始めの赤子がヨチヨチ歩くようだった。

 紅葉の木の脇から様子をうかがっていた男は頭上の二人に気取られないように深くため息をついた。

 ――来てしまったか。

 それが男の本音だった。

 ――それにしても、用心棒もなしか。

 酒が気を大きくしているのだろうが、なんとも不用心だった。まつりごとに興味があって、なおかつこのご時世、夜道をほぼ独りで歩くなど考えられぬ。そんなことはできようはずがない。

 ため息の後にはふつふつと怒りが湧いてきた。

「なんだ、紫陽花か。もう入梅にゅうばいもまもなくか」

 誰に聞かせようというものでもないだろうが大声でそうごちた。手代は主の問に応じないわけにもいかず、「左様で」といいながら、主人の脇から手を入れる。

 階段の上で仁王立ちしながら叫ぶ。

「もうこの国も安泰じゃ。水戸様が出てくれりゃ、もう大丈夫じゃ」

 なんだか分からないが、満足げにそう叫んで、太鼓腹を打っている。

「分かりましたから、旦那様、お声が大きゅうございます」

「何を言う。いつもと同じ・・・・・・あっ!!」

 主人は足を踏み外した。

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