流木ーー松丸謙吾・最後の関八州
まさりん
第1話 惨殺 その一
その日の夜、梅雨始めを思わせる
男は空を仰ぐ。
月も星も見えず、妙に薄明るい灰色の夜空が、頭上を覆う木々の隙間から見える。明るければ、微風にゆらゆら揺られ、雨粒が落ちる様が見えているだろう。
盛夏に到る前の
階段の上には大きな山門がぼんやり浮かんでいる。門の周囲に明かりでもあるのだろう。山門の方からは男の姿は視認できない。こんなところにやってくるのだろうか、男は
「山門の先の寺では句会が行われているはずだ。階段の下には参道があって、真間川を越え大門通りを抜ければ、街道沿いに商家や宿屋が建ち並ぶ所に出る。位置から言えば、この階段を通るのが一番近道だ。それに、やつのことだから妾の一人や二人いるだろうぜ。妾の家に行くなら、この道しかねえ」男はそう言われてここに立っていた。
目当ての男は「益屋」という
当代の
男の目の前の六十余段の階段には途中三カ所の踊り場がある。階段の上半分の両脇には青や赤、
男の立っているのは三つ目の踊り場の脇だった。そこには一抱えの紅葉の木が立っている。それほど太くはないが、闇のなかで身を隠すには十分だ。
男がそうして一刻が過ぎようとしていた。一刻ほど前に一応、遠目に益屋嘉右衛門らしきものが寺に入るのを確認していた。そのまま、寺内で夜を明かすことも考えられた。また街道沿いの商家の並ぶ街場に出るには、他にも通り道があった。そちらへ益屋が行った場合、お手上げだ。
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