デリバリーマンRTA

〇〇〇〇

デリバリーマンRTA

   0:00:00 ―― タイマースタート




 私はこの町の配達員デリバリーマン

 みんなの声援Good Luckで、今日もを目指して走り始める。




   0:34:51




「がんばってね、黒猫さん」


 そんなコンビニ店員の声に、私は猫らしく「にゃーん」と答えて、また夜の町へと駆け出していく。

 店員の言葉のとおり、今の私は、全身真っ黒な猫そのものの姿をしている。

 だが、本物の猫というわけではない。

 今の私は、物資配達用に開発されたネコ型のロボットだ。家猫くらいの大きさで、動きもまるで猫のよう。運べる配達物は限られてしまうが、猫独特の身のこなしと人間社会に認められた愛玩動物らしい風格で、道なき道を進みながら、最速の配達を目指せる機体だった。

 他の配達用ロボットとしては、ヒト型、ヒョウ型、ツバメ型、ペリカン型、カンガルー型がある。どれも一長一短で、その日の依頼傾向や配達区域、場合によっては気分なんかで、纏う体を選んでいる。

 今日の配達の舞台は、とある島国のS県S市麓町ふもとちょう、緑と先端技術に囲まれた近未来都市だった。自然と人間が調和するこの町では、色とりどりの草木が生い茂り、必要十分な道が編まれ、居心地のよさそうな家々が並ぶ。年齢や性別はもちろん、人間であるかどうかすら関係のない、誰もが住みやすい町並みが広がっていた。

 まさに、配達ネコの私にとっては、うってつけの町だろう。

 コンビニで受け取った配達物を体に引っつけて、私は塀の上をひた走る。目の前の屋根に飛び移り、その先のマンションのベランダへと渡る。へりをつたい歩き、そのまま屋上まで登る。

 足は止めずに、町を見下ろす。家々から漏れる明かりから人の気配は感じられるが、その姿形はどこにも見えない。

 配達物を守るためにも、障害となるものは少ないほうがいい。なにかに衝突でもして、もし配達物が破損してしまえば、その時点で配達は失敗だ。衝突相手の荷物を壊してしまうことも、ましてや相手の体を傷つけてしまうことも、もちろん許されてはいなかった。


「あの光っている家が配達先だよ。ここからのルート候補はこれだね」


 ガイドAIのチッキーが、私の視界に光を灯す。大きな光の柱に向かって、赤青黄色の光の道が表示された。


「そこの細い隙間に降りて、その先の木を渡って屋根を走ったほうが、早い」


 私はチッキーの提案を無視して、我が道へと飛び下り、駆け抜けていく。

 今日はこの配達で三件目、これを運び終えれば、残るはあと一件。




   0:43:25




「ありがとう、そこに置いといて」


 配達先の人間と電波を介して連絡を取り、指定の場所に置き配をする。

 これで三件目は完了だ。

 と、そんな区切りもどこ吹く風で、私はすでに、最後の配達へと走り出していた。

 私の視界の端には、


『最後の配達物、配達元も先もかなり遠いな』

『一件目に近かったんだから、ついでに回収しとくべきだったんじゃない?』

『ルートミスか?』


 という、注意をうながすような言葉が表示されていたが、気にすることなく目的地を目指す。

 言葉の意味はわかっていた。現状を考えれば、そんな言葉が出てくるのも当然のことではあったからだ。最後の配達物の回収場所と配達先は、現在地を挟んで反対方向にあり、どちらもかなり距離がある。今から配達物を回収して配達先へ向かうとなると、数十分はかかってしまうだろう。それは、最速を目指す配達員としては、見過ごせない時間だった。


『これって配達先に向かってない?』

『おい、まだ配達物回収してないぞ』

『運ぶものがないのに、そっちに走ってどうする』


 次に流れてきた言葉は、配達物が未回収であることを、私に伝えるものだった。私が向かうべき場所は、配達先ではなく回収場所であると、その言葉たちは声高に叫んでいた。

 だが、それでも私は、配達先のほうへと向かう足を止めなかった。方向転換をして配達物を回収しに行こうとも思わなかった。配達物を持っていないことは、配達ネコであるこの私が一番わかっていることだった。

 私は、塀に囲まれた道を、全速力で駆け抜ける。

 と――


「――うわっ」


 十字路に差しかかったとき、横の道から急に誰かが飛び出してきた。走ることだけを考えていた私は、その誰かに思いっきり体当たりを食らわせた。

 その誰かは、私の勢いをそのまま体に受けて、声を上げて盛大に尻もちをついてしまった。


「……っててて、一体なに……黒猫? 真っ暗でよく見えないけど……」


 そんなことを言う誰かをよそに、私は、その誰かが手放した荷物を、すべて空中で受け止めていた。ひとつでも地面に落としてしまえば、配達失敗になりかねない、そういう決まりだ。だから私は、配達ネコのすべてを使って、荷物を守るために動き、そして、集めた荷物を確認しつつ、綺麗にまとめて、その誰かの横へとそっと置いた。


「そういえば、荷物は……」


 そうつぶやく誰かを置き去りにして、私は逃げるようにまた走り出す。

 そして――

 私は無事に、最後の配達先へと到着した。

 私はゆっくりと、を、体から下ろす。


『あれ、配達物はいつ回収したんだ?』


 その疑問の答えは、さっきの衝突事故にあった。

 あれは、わざとぶつかったのだ。

 私は、あの時間にあそこを通る誰かの荷物に、今回の配達するべきものと同じものが含まれていることを知っていた。だから、荷物を受け止めたあと、綺麗にまとめるフリをして、ひとつ奪い取ったのだ。。ぶつかった誰かには悪いが、これが私の最速のルートだった。


「ありがとう、お疲れ様」


 配達物の受け渡しが終わり、これで、すべての配達が完了した。




   0:59:47 ―― タイマーストップ




「クリアタイムは 59:47、予定の一時間を切れました」


 私は、ゲームパッドを机の上に置き、VRゴーグルを外して、マイクに向かってそう告げた。

 ライブ配信サイトの画面を見ると、


 『GG』『GG』『GG』『GG』『GG』『GG』……


 という、みんなからの労いの言葉 Good Game が、チャット欄に溢れていた。

 私は今まで、『デリバリーマン』というゲームを、最速クリアを目指すRTAReal Time Attackという遊び方でプレイしていたのだった。さらに、そのプレイの一部始終を、リレーのように代わる代わるRTAを続けていくオンラインイベントの中で、全世界に配信していた。

 私が走者プレイヤーとしてRTAイベントに参加したのは、これが初めてのことだった。その初めての走りで、事前に申請していた完走予定タイムを守れたことは、とても嬉しいことだった。それに、こうして公の舞台でRTAを走りきれたという事実が、気分を高揚させていた。

 RTAイベントに出たいと思ったのは、数年前の、2020 年の夏だった。

 その年、世界はコロナショックに襲われた。

 もちろん私もその渦中にいて、臨時休校や相次ぐイベントの休止、外出自粛などで家の中に引きこもらざるをえなかった。やり残していたゲームを遊んでみたり、ゲーム配信を眺めたりして、ただ漫然とした日々を過ごしていた。

 そんな 2020 年の春のこと、私は、急遽開催が決まったという世界的なRTAイベント『CRDQCorona Relief Done Quick』の配信をたまたま見つけて、その魅力に取り憑かれた。

 ゲームの走者はみんなボランティアで参加していて、配信を通して私たちに様々なスーパープレイを見せてくれた。それを見ているだけでも、どこか元気が湧いてきているような気がした。

 さらに、そのイベントでは40万ドル以上もの寄付金が集まっていて、そのすべてが、新型コロナウイルス感染症の支援を行なっている非営利組織『Direct Relief』へ直接寄付されることになっていた。

 私は、対戦系のゲームが『eスポーツ』と呼ばれていることは知っていた。だが、それ以外のひとり用のRPGRole-Playing Gameやアクションゲームをプレイすることでも、こういった形で社会に貢献できるんだということを、その日、初めて知ったのだった。

 そして、RTAのイベントは、私の住む日本でも行われていた。

 2020 年の夏、私は『RTA in Japan Online』を見て、自分もいつかこういったイベントに参加してみたいと考えるようになった。趣味で遊んでいる私にも、もしかしたらゲームを通してなにかができるかもしれない、そう思えたからだった。

 だから私は、この『デリバリーマン』というゲームに出会って、今回のこのRTAイベントに参加することを決意したのだった。

 もし私のRTAを見て、誰かがゲームの楽しさに気がついてくれて、元気になってくれたとしたら、そして、もしその誰かが、また他の誰かを元気づけてくれたとしたら――


「みなさん、ありがとうございました。まだまだこのRTAイベントは続きますので、ぜひ楽しんでいってくださいね」


 そう言って、私は配信を切った。

 ゲーマー向けボイスチャットアプリでイベント運営の方とやり取りをして、そして、ようやく一息ついた。

 そこで、タイミングよく、配達物お届けの通知が届いた。


「時間どおりだね」

「当たり前でしょ、配達員なんだから」


 私は、玄関を開けて、配達員から配達物を受け取った。


「頼んでおいたものは全部あるね、破損もない。さすが配達員だ」

「そう、よかった。実は今回、ちょっとした事故があってさ。ここに来る途中、飛び出してきた黒猫とぶつかっちゃって、荷物を落としちゃったんだ。無事ならよかったんだけど、危うく配達失敗ってところ」

「相手が人じゃなくてよかったじゃない」

「かもね。でも、こんな夜に人が出歩いてるわけがないよ、外出自粛が徹底されてるんだから。んじゃない、忘れたの?」


 そう言って配達員は、玄関をあとにする。次の配達が待っているのだ。


「あなたもまたすぐに走ってよね。みんながあなたの配達スーパープレイを待ってるんだから」




   0:00:00 ―― タイマースタート




 私はこの町の配達員。

 物資を届けるゲームをプレイすることで、みんなの心を繋げている。




                                     了



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