オレは、人肌恋しいかもしれない


「………………………ユウ、もう寝た?」


 囁き声で尋ねるが、返事は無い。

 聞こえてくるのは健やかな寝息と壁時計が時間を刻む音、それと、時折車がこの家に沿って伸びる車道を走行していく音のみ。


 オレはベッド足元の床に両膝をついて身を乗り出し、枕に側頭を沈めて穏やかに眠る親友の顔を、常夜灯の微かな発光の中で覗き込んだ。


 長い睫毛で縁取られた目蓋は完全に落ち、アンバー色の眼を隠している。呼吸に合わせて肩がほんの少しだけ上下しており、その他に特にこれといった動きは見られなかった。


「………よかった。…ちゃんと、眠れたんだね」


 あれだけ眠りたくない眠りたくないとオバケを怖がる子供のように不安に駆られていたが、様子を見た限り、眠れはしたようだ。


ーーというか、ユウってホントに綺麗なカオしてるよなぁ。


 眠る横顔をまじまじと見つめながら、『綺麗だ』と何度も思う。親友贔屓かもしれないが、今流行りのテレビドラマに映る男優よりもユウの方が断然綺麗でカッコ良く見えるのだ。


ーー睫毛長いし、目は切れ長で二重だし、鼻は高いし、顎のラインとかもシュッとしててカッコいーし。


 一つ一つのパーツをじっくりと観察している内に、自身の中で『触りたい』欲求がじわじわと広がっていった。そして、欲のままに右手を、ユウの頬へと伸ばす。


 優しく輪郭をなぞろうとして5本の指の腹を近づけた。が、指先はユウの顔をすり抜けてしまい、望んだ感触は得られなかった。


 結果は判っていた。

 判っていて、それでもチャレンジして、見事に玉砕した。


 『オレは、親友に触ることが出来ない』

 再確認すれば、受け止めたくない事実が更に重くのし掛かってきて気分を下降させた。


「あーーーーー………………………触りたい」


 何にも触れない役立たずの掌を、ユウの頬に添わせる。


「………最後にユウに触れたのっていつだっけ?」


 遠い昔のことのように思える記憶を掘り起こす。


「………………ああ、確か、オレが死んだ日の前の日だ」


 放課後の帰り道、ユウの家に遊びに行く約束をした際にした『ゆびきり』が、最後にユウに触れた時だったーーー






『約束だから、破ったらダメ!やっぱり無しにしようも無しだから!』


『…そんなに念を押さなくても大丈夫なんだけど』


『それくらい楽しみってこと!ホラ!ゆびきりしよう。手、出して』


 差し出された右手の細長い小指に、自身の小指を絡める。

 肌寒い時期だからか、冷えた環境に晒されていた手袋も何も着けていないその右手は、気温に反して心地良い熱を持っていた。その熱は小指を通して胸の奥へと入り込んで来る。


 キュッと小指に力を入れれば、ユウの小指もそれに応えるように力を入れたのが指圧で分かった。


『ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切ったっ!』






 ーーー鮮明に思い出すのは、ユウの少しカサついた皮膚。意思を持って絡められた感触。小指から小指へとじんわりと伝ってくる温もり。


 あの時の温度を、記憶を基にしてなぞろうとすればするほど、目前の親友に触れたい欲が更に強まっていく。


「これが、人肌恋しいってやつ?」


 いくら触れたくても結局は触れられない。このどうしようも無い現状に、苛立ちを通り越して諦念の滲んだ苦笑を洩らす。

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夜が明けてもそばにいて 竜胆 @rindo1608

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