第9話 モノヴォイス
「おい!オレを買えよ!」
今月は給料日までまだ1週間あるにも関わらず、
連日の飲み会やおつきあいでお金を使ってしまっていた桜汰(おうた)は、
お昼ごはんに安くて美味しいものを食べようと
牛丼屋さんの店先で「お持ち帰り」を待っている間、
隣にある宝くじ売り場の方から聞こえた声に耳をかたむけた。
「当たってるぜオレ!」
桜汰には無生物が発する声を聞く能力があった。
いつもなら聞こえていないふりをする桜汰(おうた)だったが、
目をやった宝くじ売り場の「キャリーオーバー6億円!」
の文字につられ、売り場の方に足が自然と向く。
窓口に着くと、店員の手元に並べられた宝くじを10枚1セットとした
袋のうちのひとつが、声を上げている。
「おい!オレを買わなきゃ。後悔するぜ。
なんてったって当たってるんだからよ。」
よく見ると年末ジャンボ宝くじと書かれている。
1等は7億円らしい。
桜汰は小さな声で
「ほんとかよ?」
と聞いた。
すると売り場の店員が声は聞こえずとも
桜汰の口が動いていることに気がついたようで、
「はい?」
と返事を返した。
桜汰は店員の返事が来るとは思わず、
「えっ?あっ」
と言いながら、横目で声を発していた宝くじに目をやる。
「大丈夫だって!オレあたってるからよ。」
そう声をあげる宝くじを見て、
「あっと、じゃぁ連番で10枚ください。」
と言った。
1枚300円、10枚で3000円か。
今月は結構厳しいのになぁ。
ま、でも7億ありゃ、なんでも買えるし、給料日まで1週間の辛抱か。
今日から夜飯を抜けば、なんとかなるか。
そんなことを考えていると店員が
「はい、ありがとうございます。10枚ね。」
と言って、声を発していたそれとは違うセットに手をかけた。
「あっ!すいません。こっちのセットをください」
桜汰は慌てて声を発していたセットを指差す。
「はい。じゃぁ3000円ね。」
少し、怪訝な顔をされながら桜汰は「当たっている」宝くじを購入した。
手にした宝くじに桜汰が話しかける。
「本当に当たってるんだろうな。」
宝くじが答える。
「まかせとけって!マジあたってっから。」
そんなこんなで、当選番号発表日。
桜汰は食い入るようにテレビの前で、1等の番号が発表されるのを待っていた。
当選番号を決定するいくつもの大きなルーレットが回転を始める。
1つのルーレットが当選番号の1つの桁に対応しており、
このルーレットに矢が放たれると刺さった箇所の数字が当選番号になる。
おもむろに矢が放たれ、アナウンサーが読み上げた。
「確定しました。1等 当選番号は86組 1066…」
最後までたどり着くこと無く、数字は宙に消えていく。
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???
桜汰の手にした宝くじには 「18組 1236…」の文字
???????
「おい!どうなってんだよ!」
桜汰が宝くじに向かって声を放った。
宝くじが答える
「おいおい!よく見てみろって!」
そう言われて桜汰は宝くじの番号と当選番号を見くらべる。
1等はなくても他の等が当たっているかもしれない……が、
どの等も数字が合うことはなかった。
「どれが当たってんだよ!このやろう!」
勢いを増す桜汰に宝くじが言う。
「当たってんだろ!300円。
当選番号末尾の数字が0のオレが当たりなんだよ。
1等があたるなんて言ってないだろうが。
そもそも当選番号はさっき決まったところだぜ。
未来が見えるわけでもないのにオレ1等です!なんて、
わかるわけないだろ?」
確かに言われてみればそうだった。
購入した時点で当たりがわかるわけがない。
「なんだよ!」
腹立つ気も失せて、桜汰はソファに座り込んだ。
しばらく経ったある日。
桜汰が牛丼屋さんで「お持ち帰り」を待っている時に、
またあの日のように宝くじ売り場から声が聞こえてきた。
「おい!オレを買えよ!」
しかし、桜汰は聞こえないふりをする。
何度も騙されるかっての。
今月もピンチだってのに宝くじなんて買ってられっか!
すると若いカップルがイチャイチャしながら宝くじ売り場に現れ、
「コレ、10枚ください」
と購入しているのが、聞こえた。
バカだな。そんな簡単に当たらないっての。
金のあるやつは、せいぜいオレの二の舞いでも踏んでな。
桜汰がそう思っていると、
女性の声で
「やだ!」
男性の声で
「まじかよ!」
また女性の声で
「100万円!?」
などと興奮を抑えられない声が聞こえてきた。
何事かと、桜汰がカップルの方に目をやると、
男性の持っていた宝くじが桜汰に向かって
「な、当たってたろ?」
と言った。
コインなどで宝くじの上面にある銀色の部分を削って
出てきた数字で当たりがわかるくじ。
男性の持っていたのはスクラッチくじだった。
おしまい。
異世界転生に無関係な残念能力者が日常でなにかしらあんなこんなを巻き起こす様話 得幸 @etekou
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