第8話 ミトウシ
「ドーナツの穴から見える景色は別世界!!」
そう言って、優花(ゆうか)は教室のイスに座って
千香(ちか)と楽しそうに話をしていた舞梨(まいり)の後ろから
左右の手で持ったそれぞれのドーナツを舞梨の両目にあてがった。
急にドーナツの穴から千香を見る事になった舞梨は
一瞬キョトンとした後に、別世界から現実に戻るべくいたずらを振りほどき、
振り返って「誰だ!」と言わんばかりの形相を作った。
「もう!食べ物で遊んじゃいけないって、こどもの頃に習わなかったの!」
怒っているようでも少し笑みを残した舞梨の口調に、
「いつものことだ」というニュアンスが見てとれる。
「チョコドーナツじゃないだけマシじゃん。
チョコだったら目の周りパンダだよ。パンダ。」
優香も悪びれる事がない。
「なんの話してたの?」
空いている席にストンと腰掛けると、
優花は両手に持ったドーナツを交互に食べながら、二人の顔を交互に覗き込んだ。
「この間言ってたでしょ、今度の土曜日に桜曽野公園であるフリーマーケット。
その話よ。そ・れ・で、千香が結構フリマでの値切りがうまいんだって!」
少し照れたようにはにかむ千香に、
期待と意気込みの詰まった優香の眼差しが向いた。
と、舞梨が机に置いてあった千香のスマホをすばやく手に取り、
画面を優花の方へ向けて、
「ホラこのカバンも、このおサイフも、前のフリマでゲットしたんだって!」
と見せた。
確かになかなかのカバンやオシャレな靴などがいくつか写っている。
舞梨は続けて、
「これらの商品が千香の値切りにかかれば!なんと!!」
そういうと舞梨は千香の口元へ耳を近づけ、なるほどなるほどと相槌を打ってみせた。
きっと千香は何も言っていないのだろう、口元が少しも動いてはいなかったが、
舞梨が、
「なんと!全部で※※※※円でございますか!」
と言った。
わざと金額の部分だけが聞こえないようにして“円”を強調したところがあざとい。
「な、なにぃーーー!!」
優花もリアクション芸人真っ青の驚きを見せて、
目は出来る限りの“点”を演じている。
「こ、こやつさえおれば、次のフリマでは欲しいものがなんなりと…」
優香が声を震わせて言う。
舞梨と優香が申し合わせたようにニシシシシッと笑みをつくった。
土曜日の朝、優香、舞梨、千香の3人は駅で待ち合わせをした後に、
フリーマッケットの会場である桜曽野公園へと向かった。
「ねぇ、千香ぁー。どうやって、安く売ってもらうの?」
優香が聞く。
作戦はこうだった。
まず、ここだというお店を1つ見つけ、みんなで買いたいものを選ぶ。
買いたいものが決まったら、一緒に買うので安くしてほしいと一般的な値下げ交渉。
ここで、提示された金額がキーとなるのだが、
この金額を半分にしてくれるようにお願いをする。
説明をしながら千香が、右手の人差し指を立て上に向けて、
「ここで、値下げを掛けて、お店の人と勝負をしましょうってお願いするの。」
と言った。
「勝負ー!?」
優香と舞梨が声を合わせる。
「そう!勝負。
勝負の方法はこの紙に1〜100までの好きな数字を書いてもらって、
それを私が当てるの。」
千香はペンと紙をポケットから出した。
優香があれ?という顔で
「で?」
千香が答える。
「で?ってそれだけよ。」
舞梨も聞く、
「それだけ?」
「そうよ。もし当てることができればさらに半分の値段で売ってもらう。
もしまちがえたなら、値下げしてもらう前の元々の値段で買う。
それだけ。」
千香の説明を最後まで聞いてもしっくりきていない優香が、
「でも、なにか仕掛けがあるんだよね。単純に100分の1じゃないよね。」
と聞いた。
「仕掛けは無いわ。でも私これで外したことがないの。感がいいっていうのかな。
なんとなくわかっちゃうから。」
「へぇー」
ふたりとも少し怪しんだ感じだった。
そうこうするうちに公園に到着。
「ま、とりあえず。お店を決めますか!」
舞梨が言った。
千香には透視能力があった。
このチカラをつかって、持ちかけた勝負は無敗。
仕掛けはないが、外すこともないのだった。
お店は比較的すぐに決まった。
アクセサリーからバッグ、靴や服までが取り揃ったお店。
オシャレに目がない3人にはうってつけだった。
予定通り3人は各々にほしいものを選び、
お店のお姉さんにそれぞれの商品を渡す。
「これ全部いっしょに買います。いくらになりますか?」
千香が聞く。
お店の雰囲気によくあったオシャレな出で立ちのお姉さんが答える。
「えぇっと、こっちのバッグが1000円で、こっちのブレスレットが…500円、
で、この指輪が300円とこの靴はそーねぇ、800円かな。」
といった具合に3人が選んだ商品に値段をつけていく。
「全部で6000円って所かな。」
と言われて、すかさず優香が言う。
「もうひと声!お姉さんみたいにおしゃれになりたいんです。お願いします!」
店員のお姉さんは電卓をパチパチと叩いて、
「そーねぇ、じゃぁ5000円でどう?」
と言った。
「だめだぁー。全然足りないよ。どうする?」
舞梨が少しおおげさにも感じられる口調で言う。
すると千香が
「あのぅ、もし良かったら勝負してもらえませんか。」
と先ほどの数当てゲームを提案してみせた。
しかしお姉さんは
「いや、さすがに半額はきびしいかな。」
とノリ気でない。
すると店(テント)の奥で休憩をしていたと思われる男性が、
話を聞いていたのか、
「おもしろそうじゃん。やってみようよ。」
と言いいながら3人の前に現れた。
男性は、とても端正な顔つきのいわゆるイケメンだった。
店員の女性が「オーナー」と呼ぶこの男性は、店の主のようだ。
千香はこの時、好きなミュージシャンの丸岩 矢井矛(まるいわ やいむ)と
これまた好きな俳優の田所 夜月(たどころ よつき)を
足して2で割ったような男前だと思った。
「で、どうすればいいの?」
男性が聞く、
「じゃ、じゃぁ。この紙に1から100までの好きな数字を書いてください。」
男性に持ってきていた紙とペンを渡す。
男性が3人に見えないように紙に文字を描いた。
「で、その数字を私が当てれば、約束通り値段を半額に、外れたら元値で購入ってことで。」
千香が言うと、男性が
「あやしいなぁ。」
と言い出した。
「いや、あやしいなと思ってね。
当たるって、100分の1ってことでしょ。
どう考えても、そっちの勝つ可能性が低いのに、
当てられるっていう自信を感じるんだよなぁ。」
と言う。
「そうだ!ちょっと趣旨を変えてさぁ。
今書いたこの紙をボクの服のポケットに隠すから、
それがどのポケットにあるのかを当てるってのに変えてもいいかな?
ポケットは全部で」
と男性は着ている服についているポケットの数を数えだす。
「服に付いているココと」
胸のポケット。
「あとパンツのココとコトと」
パンツの前の左右のポケット。
「あとココもか。」
パンツのおしり側の左右のポケット。
「全部で5箇所。どう?100分の1より当たりやすいし、
こっちも仕掛けがないって安心できるんだけど。」
そう言われて、優香が
「ちょ、ちょっと、待って。相談させてください。」
と言った。
三人で輪になり、声が聞こえないようにした上でヒソヒソ声で、
「千香、大丈夫なの?」
優香が聞く。
千香は声に出さず、親指を立てて、問題ないの合図を送るとニヤッとしてみせた。
舞梨も
「ホントに!?確かにすごい自信だわ。」
と言う。
透視で紙の場所を見つけるだけなので、
千香にとってはなんら問題のないことだった。
「お待たせしました。そのご提案通りで勝負します!」
優香が自信ありげに言い放つ。
「おっ!いいねぇ。じゃ、あたったら全部で1000円でいいよ」
と男性も乗り気だ。
「ちょ、ちょっとオーナー。」
店員の女性が声を掛けたが、
「ま、いいじゃん。あんまりお客さん来ないし、
暇だなーって思ってたんだよね。」
「まぁ、オーナーがよければいいんですけど。」
と女性も了承したようだ。
「じゃ、紙を隠してくるからちょっと待っててね。」
そう言うと、男性は店の中に入って行った。
「なにか仕掛けがあるんじゃないの?」
待っている間に女性の店員が聞く。
「何もないですよ。」
千香が答える。
「オーナー、結構用心深いから、
違う紙に書きなおしたり、ポケットに入れてこなかったりするかもよ。」
と女性の店員が教えてくれる。
「全然大丈夫です。仕掛けもないですし、
入っていないことも考慮して6択で考えますから。」
そうこうしているうちに男性が店から出てきた。
「よしっ、準備出来たよ。」
と言って、両腕をハの字に広げると、
「では、どうぞ。どこに隠したでしょうーか。」
と言った。
千香が目を閉じて、少しうつむき集中をし始める。
優香と舞梨は両手を組んだ姿勢で祈るようなポーズをとった。
「見えます。」
そう言って、顔を上げ、男性の方を見た千香に予想外のものが映った。
ラララ…
千香が慌てて顔を男性からそむけた。
裸裸裸…
「ま、まま…、ま、負けました。」
透視で見えたのは男の裸だった。
千香は細く赤い血が鼻から唇に向かう感触を感じて手で鼻元を覆った。
女子高生の千香には男前の裸は刺激が強すぎて
勝負どころではなかったのだった。
3人は6000円を払って店を後にした。
おしまい。
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