遭遇できない。

桜小路トム

第1話

 「ただいまー」

 部屋に戻ると中はよく冷えていた。

 やはりエアコンは最高だ。

 日本の夏は暑すぎる。

 ドアはきちんと施錠して、荷物は台所に置き、6畳の隅で虚空を見つめて座っている相棒を見つける。じめっとした梅雨の頃から、相棒は部屋の隅でじっとしていることが増えた。座ってうとうとしているか、今みたいにぼんやりどこかを見つめている。

 最初は病んでいるのかと心配したが、そういうことでもないようだ。

 単に暑いから動きたくない、それだけのことらしい。

 「昼飯、どうする」

 呼びかけると視線を向ける。

 6畳の部屋には何もない。かろうじてテレビと卓袱台があるだけだ。強いて言えば、古いエアコンががんがん動いている。これがなければ多分相棒は死ぬだろう。精神的に。

 「食欲ない。つらい」

 「いや、何か食わないと」

 「食っても意味ない」

 「食わないと任務を果たせないだろ」

 投げやりな台詞にちょっと苛ついて強めな口調でたしなめる。

 相棒は不満そうな顔をして、「だってなんにもできないのに」と口の中で小さくつぶやいた。

 「今は仕方ないよ。冬くらいにはどうにかなるんじゃないか」

 というか、それくらいになれば、相棒のやる気が復活するだろうという期待なだけだが。

 「とにかくメシは食えよ。そうめん買ってきたから」

 言いながら台所に戻り、袋からコンビニ弁当を取り出す。

 氷水を汲んで卓袱台に置き、それにつられて這いずってきた相棒を確認して小さめのパックを押しつける。

 「ほら」

 受け取ってふたを開けている。動作は緩慢でやる気がないのは見え見えだ。それでも動けるのだからマシだろう。

 テレビは昼間のニュースを流していた。

 窓からの日差しで画面が見えづらいが音声はちゃんと聞こえる。内容は今年初めから深刻になってる流行り病についてのあれこれだ。いい加減飽き飽きしてくる話だが、その話は当然我々にとっても重要なことだ。

 「暑い・・・」

 日差しが直接くる位置に座ってしまったせいで、相棒からは愚痴が漏れる。

 いつも部屋の隅にいるのは、日が当たらないこととエアコンの風が直に来るからなのだと今更ながらに気付いた。

 ほんとにこいつは、夏に弱いな・・・。

 しばらく無言で食事をしながらニュースに耳を傾けた。

 内容はほぼ毎日同じだ。

 今年初めから流行ってた病気は確かに収束した。ただそれは梅雨の湿気と夏の暑さで撲滅されたように見えるだけかもしれず、夏だから風邪が流行らないのと一緒で冬にはまた注意しなければならないだろう。このまま終息するならそれが一番だけれど、あと少し警戒はするべきだ。

 とかなんとか。

 要は皆が様子見をしていると。

 そりゃもちろん終息してほしい。

 でないと任務が立ち行かない。

 「ほんとに終わんのかなこれ」

 横から弱々しい声がする。

 「さあな。そうしてもらえないと困るよ」

 「外に人いた?」

 「ほぼ皆無かな」

 「暑いからかなー」

 「それもあるけど、これだけいないってのは」

 やはり、外出自粛は自主的に継続していると見るべきなんだろう。

 コンビニも無人レジの導入とかで、運が良くないと店員にすら会えない。

 どこかの偉い人がテレビの中で言っていた。世界的にナニカが流行った前と後では、世界のありようは変わってしまうと。今は過渡期で変化しきったわけではない。けれど、もしかしたら、何もかもが終わった後も、こんな世界が続くのかもしれない。

 想像した。

 それは、恐ろしいことだ。

 オレは早く、家に帰りたいってのに。

 「まさかこんなことになるとはねー」

 「そうだな」

 「でもそうめんは美味しいよ」

 「良かったな」

 静かな部屋に、陰鬱なニュースが響いていく。


 2020年、夏。

 なんとかいう流行り病のせいで外出する地球人は限りなく稀だ。

 日本とか言う地域は特にそうで、追い打ちをかけるこの暑さにオレ自身もやる気を打ちのめされている。

 本当にこんな星が必要なのだろうか。上層部は何か勘違いしてるんじゃないだろうか。というか、もっと違うアプローチをするべきではないのか。

 人型に擬態した体を見下ろす。

 上層部は、極秘裏に、穏やかに、地球侵略を進める意志を崩さない。

 その方法として必要なのは、至近で相手の目を見て話すこと。

 そうすることで人類の脳の内部に信号を送り、こちらの意のままに操ることができる。その技を持つのは相棒で、オレはその補佐と事務処理をするためについてきただけの下っ端だ。

 地球時間で言えば3月末くらいから手下を確保し、徐々に範囲を広げ、今くらいには最低でもこの国を掌握しているはずだった。相棒の能力は絶大だし、人に会いさえすれば侵略計画なんてたやすかったはずなのだ。

 誤算は地球の情勢だ。

 まさか巷に人がいないとは。

 いたとして、今の状況では、近づこうとしたぶんだけ相手が遠ざかる。

 しかも暑さで能力者がバテて動けないとかどうなんだ。

 「早く涼しくならないかな」

 「・・・・いや、ちゃんと働けよお前」

 諦観を込めてぼやいてみた。


 地球侵略は、まだ先のことになりそうだ。

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遭遇できない。 桜小路トム @stom

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