それでも魔女は毒を飲む

ここみさん

それでも魔女は毒を飲む

人は死んだらどうなるのか

善行を積んだものは天国に行き、悪行を積んだものは地獄に行く。そしてそのどちらでもないものは生まれ変わり、また新たな人生を歩む

それが私たち、魔女の間、と言うよりも多くの人間にとっての共通認識だ

勿論それが確認されたわけでもない、死と言うある種の理不尽を受け入れるための気休めのようなものだ

しかし

『天才魔女ギリスがついに証明‼死後の世界』

新聞の見出しに大きな文字で、そんな言葉が躍っている

それは一人の天才魔女が行った魔術の研究であり、複数人の助手を引き連れて死後の世界を体験した記録であった

「死後の世界ねぇ。ヤマトはどう思う?」

新聞を片手に朝食を食べている私は、助手の少年に意見を求めた

「新聞読みながら食事をするのは行儀が悪いからやめろと言ったはずなのだが、どうやら俺の魔術の師はその程度の記憶もできない品のない魔女なのかと思うな」

食後のデザートを用意しながら、無愛想で辛口な意見が帰ってくる

「すいませんでした…いや、そうじゃなくて、私に対しての文句じゃなくて、この記事についてよ。あなたも魔術の研究に従事するものなら、何か思うところあるんじゃないの」

「死後の世界か、俺はあまり興味ないな。どうせ今までの人生を顧みると、生まれ変わりになりそうだし」

「だけどさ、この研究を進めていくと、次は何に生まれ変わるのかとかわかるみたいよ。ほら、今の段階でも、どれくらい善行を積めば天国に行けて、どれくらい悪行を積めば地獄に落ちるのかわかっているみたいだし」

「死後の世界云々は置いといて、犯罪とかは減りそうな研究だな」

「逆に言えばさ、これはもうラインと保険だよね。確かに犯罪は減ると思う、だけどここまでなら悪行をしていいって言うラインが決められたよね、この研究によって。それに善行と悪行はプラスとマイナスみたいなものらしいから、善行をたくさん積んだ人なら悪行にいくらか手を染めても問題ないってことだしね」

「それに、善行と悪行の判断基準も難しいところだな。人を殺すのは確かに悪行だが、人を殺そうとしていた人を殺すのは善行に当たるらしいしな」

「そうそう、私は動物性のものが苦手だから大丈夫だろうけど、食事だって殺しているのと変わらないしね。人が天国に行くには、よっぽど善行を積まないといけないみたいね、生きているだけで何かしらの悪行を犯しているんだし」

「脱いだ服をその辺に散らかしたりとかな」

「ヤマトの善行稼ぎに協力してあげているのよ」

「それはどーも」

この時はそんな風に議論をして、軽口をたたき合って仕事に取り掛かった

これでもこの町一番の魔女だ、と言ってもこの町には私しか魔女がいないのだけれども、それはともかく、薬の調合や失せ物探し、新魔術の開発から魔物からの町の防衛などなど、魔術を使った仕事は盛りだくさんだ。私とヤマトは多忙を極める

だがまぁ、そんな忙しさも嫌いじゃない

そんな忙しさの中で、死後の世界の研究なんて忘れかけたころ、とある魔女が私のもとを訪れた

「おめでとうございます。あなたの善行は天国に行けるまで積み上げられました」

「はい?」

「あぁ、自己紹介もせずにすいません。私はメリカ、魔女のギリス様の助手を務めているしがない魔女です」

「あぁ、ご丁寧にどうも。私は…ギリス?あのギリスさん?」

「結構前に、死後の世界を証明したという」

私も助手も目を見開いた。こんな田舎の方の町に出、そんな大物の名前を聞くなんて思わなかった

「えぇ。師匠が高名なようで、弟子の私も鼻が高いですね」

なんとも底が見えない瞳ではにかむメリカ。正直胡散臭い

「メリカさんも有名だよな、確かギリスさんと一緒に死後の世界を体験したと」

「アハハ、私なんて数いる弟子の一人ですよ。さて本題に入りましょう、先ほども言った通り、あなたの善行が天国に行ける数値に達したのです。おめでとうございます」

「そ、それは、ありがとうございます」

遠回しに、私が善人だと言われている気分になり、ついお礼を言ってしまった

「今はそんなことまでわかるんですね」

「えぇ、あの記事が載ってた頃にはもう、他人の善行や悪行をこの国全体の人を対象に数値化し、それを可視化できるコンタクトレンズを作っていましたから。もちろん今私もつけていますよ」

「それは何とも興味深い。因みに私の助手はヤマトと言うのですが、彼は今どれくらいですかね」

「どれどれ、おぉ、彼も中々ですね。天国までのラインに達してはいませんが、普通の人や普通の魔女の助手よりかは善人よりですね」

ふ、勝ったな

「勝ち誇るな、鬱陶しい」

「まぁ、私という高みを早く超えられるよう精進なさい」

普段生活面で色々言われている分、こういうところでついやり返したくなっちゃう

「仲が良いですね。まぁお二人が高い理由もなんとなくわかりますけどね。この町には魔術を扱うところがここしかないので、いろんな人の悩みや困りごとが集中して、それを解決することによって善行が貯まっていったと思いますね」

そんな二人にはこれを進呈します、といって一つの小瓶をカバンから取り出した

「これは?」

「即効性の毒です」

「毒?」

「あ、安心してください、苦しみは一切ありませんし、眠るように死ねますよ」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。私たちさっきまで善行を褒められていたんですよ、なんで毒を渡されなければならないんですか」

「おかしなことを言いますね?ヤマトさんはまだですけど、あなたは今死んだら天国に行けるんですよ」

「そうらしいですけど」

「ならその善行が悪行と打ち消し合う前に死んで、天国に行った方が良いじゃないですか」

そう、なのだろうか

確かに今天国に行けるくらい善行が溜まっているからって、私が死ぬときまでそれを維持している保証はない。むしろ減ってもおかしくない

「人は生きているだけで何かしらの悪行を犯している」

「それに、天国に行けるほど善行を積んでいるのならばある程度悪行をしても問題ない」

メリカさんが来たおかげで、前に記事で議論した内容が思い起こされる

私は死ぬその時まで善人でいられるのか、ある程度悪行を犯しても大丈夫という意識をちゃんと制御できるのか

ここで死んだ方が良いのではないのだろうか

「これはギリス様が、人々に貢献した魔女たちには天国で穏やかに過ごしてほしい、そう願って作られた毒ですし、ここまでの旅費なんかもギリス様のご厚意です。勿論強制はしませんが、ギリス様の思いを無碍にすることないように」

それでは、そう言い残してメリカさんは去って行った

だが私はそれどころではない

そもそも生きていたって特に目標があるわけでもないし目的があるわけでもない、ずっと似たような日々の繰り返しだ、その先に何がある、何もなくて善行の貯蓄が減って天国に行けませんでした、では笑えない。ならばここでいっそ死んだ方が良いのでは

「…ス」

いや今まで特に意識しなくても溜められてたんだし、そんな急に減りはしないのでは、いやこの話を聞いた以上はどこかで帳尻合わせの意識が働く、つまりは見返り無しで善行を積む、と言うことが金輪際できなくなってしまうわけだ。下心のある善行でどれだけ溜められるかはわからないが、今まで通りというわけにもいくまい

「…ンス」

天国を捨てる可能性を持ってまで今の生にしがみつくメリットはあるのだろうか

「ランス」

「はい!」

思考を助手の声で止められた

「俺は今の自分に誇りを持っている。魔術の勉強しながら色々な人を助ける今の生活が好きだし、魔術面は頼れるがそれ以外がだらしない師の世話はそれなりに楽しい。仮に天国に行くチャンスを逃して、今後善行が溜められなくて、減って地獄に落ちたとしても何の問題もない。俺にとって今以上の天国はない」

あぁ、そっか、目標とか目的とか、生きるメリットとか、そんなものは私にとってどうでもいいんだ

私も、今の生活を誇りに思っている、ううん、もっと単純に、ヤマトと一緒に町の人の役に立つのが楽しいんだし好きなんだ

「全く、しょうがないわねぇ。師匠離れできない助手のために、天国に行くのはもう少し後にしましょう。まぁどうせ私のことだから、いつ死んでも天国行きは確定だろうし、助手を思いっきり揶揄ってからでも遅くはないわね」

私は満面の笑みで言い放ち、ヤマトは珍しく無愛想な表情ではなく、年相応の少年のように笑った

それから、数日たった新聞の記事に大きな見出しで

『各地の魔女、連続自殺!?』

それは、高名な魔女やその助手たちが、各地で眠るように死んでいったという記事だった

「自分に誇りを持っている人って、案外少ないんだね」

「そうだな」

そして今日もどこかで、魔女は毒を飲むのだろう

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