ライ麦を使わせて
グラドルレンジャー五人のもとへ木田より出撃命令が下ったのは、のどかな金曜日の昼時であった。
命令する木田の口調は今までにない程に切迫しており、五人は事態の緊急性を感じ取って、それぞれ仕事を放り出して敵の観測された場所へテレポートした。
「ここは、駅前?」
カラオケ店のバイトを抜け出した楠手真希もといグラドルレッドは、周囲を見回してテレポート場所を把握しようと努める。
五人が降り立ったのは開放的な駅前広場の最も幹線道路に近い位置で、正面を仰ぐと駅舎の偉容が巨人の寝台のように横たわっており、常なら電車を乗り降りする人で賑わっている。だが今日に限っては人の良き気がなく閑散としている。
「駅前つっても、なんか普段よりどんよりしてねえか?」
日頃とは異なる駅前の異常に静かな様子に、栗山千春もといグラドルブルーが疑問を呈する。
「ブルーの意見に賛同だわ。まるで人払いしたように誰もいないわね」
西之森麻美もといグラドルグリーンが、駅前広場を見渡すように視線を巡らしながら同意した。
その時、五人の方向へ小麦を焼いた香気が漂ってくる。
美味しい物には目がない上司優香もといグラドルイエローが、香りに気付いて鼻をひくつかせる。
「いい匂いがします。どこから来てるんでしょう?」
「イエロー? その良い匂いってどういった感じなの?」
新城綾乃もといグラドルパープルがイエローに問いかけた。
イエローはもう一度鼻をひくつかせて匂いを嗅ぎ取る。
「ええと、何かを焼いたような匂いです」
「あれじゃねえか?」
ブルーが五人の遥か右方を指さした。
全員でブルーの指さす方に顔を向ける。
そこには駅前広場の花壇の横で店を開いている移動販売車があり、車の前には『美味しい焼き立てのパンの店』と書かれた折り畳みの看板が立てられている。
「焼き立てパンですか。美味しそうですね」
好きな玩具に誘われる子供のようにイエローがパン屋へ足を踏み出す。
「ちょっと待て。イエロー」
ブルーが呼び留める。
「あのパン屋から不吉なオーラを感じる」
「不吉なオーラですか。シキヨクマーがパン屋を始めたって言うんですか?」
「そうじゃねぇけど。怪人の出現を観測したこの場所に、パン屋しか見当たらねえってことは、あのパン屋に潜んでるかもしれねぇだろ」
「ああ、そうですね。ついつい匂いに誘われて、パン屋に走っちゃうところでした」
えへへ、と照れた顔でイエローは苦笑する。
パーーーーーーーン。
その時、駅の昇降口から太い叫び声が漏れ聞こえた。
「ひっ」
「あっ」
叫び声が耳に届いた瞬間、グリーンは怯えて息を呑み、レッドは思い出したように口を開ける。
「どうした、レッド、グリーン?」
違った反応をする二人に、ブルーが不思議そうに訊いた。
二人はブルーに向き直って答える。
「知ってるのよ、この声」
「知り合いが同じ声を出して襲ってきたことがある」
「はあ? 訳がわからん」
二人の返答に、ブルーは理解しがたく顔をしかめる。
「グラドルレンジャーズ、よく来てくれたわ」
唐突に響いた女性の通る声に、五人は怪人の気配を感じ取って周囲に警戒の目を走らせる。
「あそこよ」
パープルが怪人の居場所を特定し、移動販売車に指を差し向けた。
移動販売車の中でカウンターに腕を置いて凭れている黒髪の女性の姿がある。
「あなたがシキヨクマーの怪人ね」
レッドが確信を持った声で言って、黒髪の女性を睨みつける。
「そうよ。一応所属としてはシキヨクマーで間違いないわね」
女性はふふっと含むように笑んだ。
「一応ってどういうこと?」
「その質問に答える義務はないわよ。それより駅前に人がいないことは気にならないの?」
「まさか、あんたが何かしたの?」
「そういうこと」
少し愉快気にレッドの返答に肯定すると、女性は昇降口を振り向く。
「頃合いかしら」
「頃合いって、なんの……うっ」
ヤレ、オカセ、ウバエ!
レッドが質問しようとした時、昇降口から発された大音声が空気を揺るがした。
「な、なに?」
パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン――
計り知れない数の奇怪な轟声とともに、昇降口から駅前広場へパンを掲げ持った男女の大群が雪崩れ込んできた。
「なんだぁ、あの集団」
「みんながパンを持ってて怖いです」
「敵陣に突撃してくる決死隊みたいだわ」
パンを持つ者たちの狂気を知らないブルー、イエロー、パープルは、のんびりと押し寄せてくる大群を眺めている。
「ぼおっと突っ立ってないで、構えなさい!」
幾分の怯えが籠った怒号で、グリーンが三人を急き立てた。
「でもよ、あの集団は一般市民だろ?」
「違う。ただの気狂いよ」
「どういうことだ?」
「彼らはシキヨクマーに操られてるから、全員が敵よ。かくいう私もさっき納得したばかりだけどね」
状況を呑み込めていないブルーに告げて、グリーンは自嘲気味に口の端を歪める。
ブルーはニタリと好戦的に笑うと、ボクサーのように構えて大群を正面から見据える。
「そうか、全員敵か。なら蹴散らすまでだな」
パーーーーーーーン! パーーーーーーーン!パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン! パーーーーーーーン!
鬨の声? をあげて迫りくる大群を前にして、レッドが覚悟を促す眼差しで他の四人に振り向く。
「みんな、戦う準備はいい?」
「もちろん」
「おう」
「はい」
「ええ」
「グラドルレンジャーズ。いくぞぉぉぉぉぉぉ!」
「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」
五人はたちまち励声疾呼で駆け出し、扇のように散開した。
数のわからない敵の群集に、たった五人で立ち向かっていく。
振り下ろされるフランスパンを躱し、背後から一撃を食らわし、組み合っては投げ飛ばし、突き出されるスティックパンを掴んで押し返し、背後から殴られれば回し蹴りか裏拳で反撃し、拾ったフランスパンを得物のように振り回し、すでに倒れた敵を盾のように扱い攻撃を弾き返し――もはや鮮やかなヒーローの戦闘ではなく、不良の喧嘩である。
五人の体感としては数時間に感じられた喧嘩も、物の数分でパン集団の方が目に見えて数を減らしていき、ブルーが最後の一人を殴り倒すと、辺りには五人の荒い息遣いだけが聞こえていた。
「これで全員か?」
ブルーが他の四人へ確かめるように言う。
レッドが頷いた。
「うん、パンを持った人たちは全員倒したみたい」
「ブルー、レッド。安心するのはまだ早いわよ」
兜を締め直すニュアンスでグリーンが二人に釘を刺す。
「パン屋の女性がこっちに来ます」
警戒を強くしてイエローが知らせる。
五人がパン屋の方角に目を向けると、丁度パン屋の女性が車と五人との距離の半ば
で立ち止まった。
パン屋の女性が両の掌を三度打ち付け、パンパンパンと乾いた拍手を響かせた。パン屋だけに。
「さすがね、グラドルレンジャーズ。私のパン軍団をわずか五人で倒してしまうとは」
不気味なほどに落ち着いた態度で称賛するパン屋の女性に、ブルーが敵意を籠めた視線をぶつける。
「あとはアンタ一人だ。覚悟しろ」
「ふふん。そんなヘトヘトの身体のどの口が言ってるのかしら」
「くそっ……」
余裕めいた笑みを浮かべて返す女性に、ブルーは痛い所を衝かれたように口をつぐむ。
「あなたこそ。五対一の立場で随分と自信満々だね」
何十人を相手にした戦闘により乱れた呼吸を整えているレッドが、女性に仕返す意味で言った。
女性は余裕めいた笑みを深め、給仕を呼びつけるレストランの客のように片手をおもむろに掲げる。
「当然よ。あなた達五人が疲弊するのを待ち望んでいたもの」
「疲弊するのを待ち望む? それじゃ集団での攻撃は私達を負かすのではなく、疲れさせるために仕向けたってこと?」
「中々に勘が良いわね、赤いあなた」
そう呟いた後、浮かべていた笑みを消して目つきを凄ませる。
「でも、手遅れよ。あなた達の敗北はすぐ近くまで迫ってるわ」
残忍に告げると同時に、移動販売車の陰からエプロンを着たピンクタイツが一人姿を現した。
ピンクタイツは手にフランスパンが携行して、女性の方に駆け寄ってくる。
女性の目の前で足を止めると、片足の膝を地面について姫君に対するかのようにフランスパンを頭の上で捧げ持つ。
「国のパン職人の粋を集めて最大限まで固く焼き上げた聖仏麺麭でございます、姫」
「有難く使わせてもらうわ」
女性は柔らかく微笑んで、大仰な名前がつけられたフランスパンを貰い受ける。
フランスパンが贈与される光景を、五人は馬鹿げた茶番でも観るように白けた気持ちで眺めていたが、ほどなくしてブルーが呆れたように口を開く。
「あれフランスパンだろ。なんであんな恭しく取り扱いされてるんだよ」
「せいフランスパンって言ってなかった?」
「ああ、言ってたな。どんな字を書くんだろうな」
「性別の性に決まってるじゃない、ブルー。だってシキヨクマーよ」
「なるほど。性仏麺麭か、ってどんなフランスパンだよ」
「ノリツッコミですね」
「ノリツッコミ、なのかな?」
フランスパンを受け取り、不敵な笑みを浮かべて五人に向き直ったパン屋の女性が、五人の気抜けた会話を聞いて笑みを引っ込める。
「ノリツッコミで思い出したことがあるのよ。話していいかしら?」
「なに、パープル?」
「小学校の頃、発表会の飾りを作ろうっていう時間があったんだけど、あの時使った水糊ってすごい手にベタベタ付いちゃうのよね。皆も経験あるでしょ?」
「水糊ってなんですか? テープ糊しか使った事ありません」
「……ジェネレーションギャップね」
「パープル、大丈夫だよ。私、スティック糊使ってたから」
「おいレッド。それ、何のフォローにもなってねえよ」
「そもそも、なんで糊の話題に変わってるのよ」
パン屋の女性のこめかみに見紛いようのない青筋が立つ。
「グリーンはどんな糊を使ってたの?」
「え、ああ、あたしは小学校まではスティック糊で、それ以降はテープ糊、だったはずよ」
「大人になると糊って使う機会なくなるわよね」
「数年糊を使っていないので、私は大人に分類されていいんですか?」
「二十歳になったら本当の大人の仲間入りよ。それまでは準大人かしら」
「準大人ですか。早く大人の階段を昇りたいです」
「グラドルレンジャーズ! あなた達今の状況をわかってるの!」
キレた。
掴みどころのない嫣然とした言動をしていたパン屋の女性が、緊張感のまるでない五人にぶちギレた。
急に怒髪天を衝いて叱り飛ばしてくる女性に、五人はびくりと驚いて彼女の方に視線を戻す。
「シキヨクマーを相手にコケにするような態度やめてくれない! あんた達がいなければ私だって、ピンクタイツが練って作ったフランスパンを武器に戦わず済んだのに!」
五人は何の話だという顔で女性を見つめた。
それとは反対に、女性の前で跪いていたピンクタイツが、電撃的なショックを受けた表情で女性を見上げて固まっている。
「自分が作ったフランスパンはどこかダメなのですか?」
「あなた、ライ麦は入れた?」
「ら、ライ麦ですか。いえ、すべて日本国産の小麦を用いた純正なフランスパンでございます」
「ライ麦こそ、隠し味よ。ハーレ様が美味しいと認めてくださったフランスパンは、ライ麦が含まれているのよ。私はライ麦を入ったフランスパンで戦いたい」
「そ、そうなのですか。これは初耳……」
五人の会話には文句をつけておきながら、パン屋の女性自身も部下のピンクタイツとパンの話題になると途端に熱を入れて喋り始めた。
「いや、ライ麦も小麦もどうでもいいだろ」
戦闘は避けられないか、とパン屋の女生徒との交戦を覚悟していたブルーが、ぐだぐだとピンクタイツに講釈を垂れるのに痺れを切らしたようにツッコミを挟んだ。
しかしパン屋の女生とピンクタイツは論議に意識を奪われ、ブルーのツッコミに耳も貸していない。
その様子を見て、レッドが閃いたようにあっと口を開ける。
「ねえ、グリーン」
そして小声でグリーンに持ち掛ける。
「何、レッド?」
グリーンも声を潜めて、レッドの提案を聞き入れる。
「……それって、卑怯じゃない?」
「卑怯とは違う。好機を利用させてもらうだけ」
「レッドがそれでいいなら、あたしは反対しないわ」
「それじゃ、三人にも言っておくね」
レッドはグリーンに話した提案を、ブルー、イエロー、パープルにも伝えた。
五人のうち誰からも反対意見は出ず、むしろ早く帰れるから賛成と喜んだぐらいだ。
「……そういうものよ、パンって。素材の比率を変えるだけでも舌触り、香り、味に大きな違いが生じるのよ」
「今からハーレ様が太鼓判を押したというライ麦入りのフランスパンを作りに行って参りましょうか?」
「私が作る。自分の武器は自分の手で完成させたいもの」
そうピンクタイツに告げると、パン屋の女性はようやく五人に意識を戻した。
「グラドルレンジャーズ。決着は持ち越しよ……え?」
彼女が見て唖然とした光景――それは、グラドルレンジャーズの五人が拳銃の形にした手の人差し指を自身に向けているものだった。
「「「「「必殺……」」」」」
「ちょっと待って、フランスパンを作る時間だけでも……」
「「「「「グラドルショット!」」」」」
五人の指先からそれぞれの色を成した光弾が射出され、光のような速度でパン屋の女性に迫る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
光弾が収斂して一つになり、女性の胸部に直撃、するかと思われた寸前。
「うおおお!」
ピンクタイツが立ち上がり、女性の前に両腕を広げた。
光弾はピンクタイツの胸部に直撃。
そして、苦も無く貫通する。
ということは無論、女性の胸部に着弾して、
「庇えてないわ!」
非難するような断末魔の叫びともに、ピンクタイツと女性は爆散した。
駅前広場を眼下に見渡せるテナントビルの屋上でサラサラした銀髪を風になびかせながら、配下のパン屋の女性のふざけた敗北を見届けた。
「所詮はパンオタクか」
情愛の微塵もない陰口を寒空の下で吐き捨てる。
褒美に同衾を認可したが、ハーレはパン屋の女性へ対する恋慕など欠片も抱いておらず、故に彼の心には喪失の念など存在しない。
「やはり、直接手を下す措置も必要になるか」
予後の戦況を見据え、ハーレの頭にグラドルレンジャーズ五人の顔が浮かび上がる。
首領が五人の討伐を自分に任せた理由は、おおよそ納得できている。
「それにしても面倒だな」
現場出身のギャルゲ大佐とは違い、戦闘経験のない彼にとって変身後の五人と真っ向から戦っても勝ち目は薄い。
彼が持てる武器は、類まれな知力と美貌ぐらいである。
万一にも五人と拳を交えることになった場合、今のうちから布石を打っておかなければ手遅れになりかねない。
ハーレは億劫な気持ちへ鞭打つように、駅前広場で後始末に追われている五人のうちの赤いワンピース水着を注視する。
「楠手真希もしくはグラドルレッド。頬の傷さえ無ければ女としては上物に分類されるかもしれんな」
グラドルレンジャーズの五人といえど、女には変わりない。
何を恐れることがあろうか。
ハーレはほくそ笑む。
この美貌をもって篭絡すれば、女など全て手籠めにできる。
五人も同様だ。
「少々手間は掛かるが、行くか」
ハーレは自らの背中を押すように呟き、寒空の下の屋上を後にした。
グラドル戦隊グラドルレンジャーズ 青キング(Aoking) @112428
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