銀髪の愛撫
都内のタワーホテルの一室で、銀髪の美男がダブルベッドに腰かけて手元のタブレット端末に目を注いでいた。
シキヨクマー所属の者だけが参加できるチャットルームに、担当場所に散らばった隊員からの報告が挙がっている。
戦闘隊員A「Y地区にも発症者確認。精液で濡れたスティックパンも発見」
戦闘隊員B「只今、コロネパンとフランスパンに売れ残りあり」
戦闘隊員C「各種パンが焼き終わりました。すぐに販売にできる状態です」
科学隊員K「男性器とコロネパンの嵌合に一部問題点を見つけた。修正の余地アリ」
「ひとまずは順調か」
情勢を上から見下ろすような心持で銀髪は呟く。
静観の立場にいる彼のもとへ、一人の女性が訪ねてくる。
「ハーレ様、今よろしいでしょうか?」
畏敬と寂しさをまぜこぜにした声音で、黒ワンピースに長い黒髪を結って下ろした元パン屋の女性がお伺いを立てる。
「何用だ?」
「作戦状況の報告に参りました」
「そうか。入れ」
ハーレ様と呼ばれた銀髪の男性の許可が下りると、元パン屋の女性は静かにドアを開けて部屋に入り、銀髪の前で足を止める。
報告を目で促す銀髪に直立の姿勢で告げる。
「本日の売り上げ人数は三十五人で、フランスパンが15本、スティックパンが14本、コロネパンが6個という内訳です」
「なるほど。日に日に数を伸ばしているな、よくやってる」
「はい。光栄なお言葉です、ありがとうございます」
身が引き締まる思いで女性は細やかな賛辞に礼を述べた。
「だが、もう一つの目的は忘れるな」
内心舞い上がる女性を見つめる銀髪の目に、突如厳しい光が宿る。
「グラドルレンジャーの討伐、ですね?」
「その通りだ。我々が本来達成すべきなのはこんなパン屋騒動などではなく、五人の始末だ。五人の始末なくしてシキヨクマーの野望は果たせない」
「しかし、レンジャーズは誰一人私達の計略に気付いておりません。このままパンデミック作戦を続けた方が……」
「作戦を続けたところでいずれは気付かれる。ならばむしろ、こちらから仕掛けようではないか?」
「こちらからですか。どういった方法で?」
「実は数時間前。このような報告があった」
銀髪はタブレットの画面をスクロールして、関心に留めていた報告を読み上げる。
「W地区にて回復者の存在を確認。回復の要因はグラドルレンジャーズの楠手真希による発症者への攻撃と思われる、だそうだ」
「では、グラドルレンジャーの五人は私達の計画に気付いていると言うんですか?」
「どうかな。回復者はこの一名のみに限られ、他の感染者に回復の兆候が見られないので会れば、楠手真希が偶然遭遇した感染者を攻撃しただけの可能性が高い。故に他の三名は未だ我々の計略を知らないはずだ」
「それならばなおの事、パンデミックの拡大を進めるべきでは?」
「戦闘の準備をしろ。グラドルレンジャーを倒してこい」
意見しようとする女性に被せて、銀髪は冷淡とも思える口調で命令を下した。
「しかし、私の力では……」
女性は逡巡する。
「恐れるような事か?」
「いえ。ただ少しばかりの力が湧かないのです」
「どうすれば力が湧く?」
そう聞かれるのを待っていたとばかりに、女性は熱意ある口調で答える。
「ハーレ様と交わることが出来れば、私は必ずやグラドルレンジャーズを倒します」
「そうか。交わりたいか?」
「はい。ハーレ様と交わる宿願さえ叶えば、この命惜しくありません」
「意気込みは評価するが、君とは情事を働くことは現時点できない」
「何故ですか。私はハーレ様と交わることで無限の力が生じます」
銀髪の返答が腑に落ちず、女性は訴えるように断言した。
それでも銀髪は首を横に振る。
「すまないが、その願いには応えられない」
「ハーレ様は私が力を発揮できなくて良いのですか?」
「そんなことはない……」
銀髪はタブレットをベッドに置いて腰を上げた。
そして、女性の肩を包むように両腕で抱擁する。
「今はこの程度しかできないが、我慢してくれ」
「いえ、充分でございます……ハーレ様のため、私が討伐します」
泣きそうな嬉しさを噛みしめながら、グラドルレンジャーズとの戦いに挑む決意を告げた。
「この任務を完遂でき次第、君の要望に応えてみせよう」
「それは身に余る報酬です」
「遠慮する必要はない。さあ、行くんだ」
優しい声音で指示して、女性の背中を勇気づけるように二度ほどそっと叩く。
女性は自ら銀髪の腕から脱け出て、満ち足りた表情で敬礼した。
「ご期待に添えるよう尽力いたします。それでは行って参ります」
そう口にすると敬礼を解き、覚悟の定まった目で銀髪の尊顔を見上げる。
踵を返してドアから部屋を退出する。女性は愛する者の愛撫を受けるために任務に赴いた。
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