第34話 帰還

 なまぬるい風が荒野をなでて、赤茶けた砂粒をからからと転がした。まいあがった砂ぼこりがほうぼうで渦を巻き、煙が散るようにして消えていく。


 乾ききっていた。あたりをおおいつくす大気も、夜をつらぬいてある赤銅色の月も。


 その何もなかった荒野のかたすみに真新しい洋館がたたずんでいた。多くの子どもたちが暮らす孤児院である。等間隔に並んだ窓は暗く閉じられており、ちいさな寝息がしまわれていた。


 深夜にも関わらず、二階の角部屋からは明かりが漏れている。孤児院を運営する女の部屋だ。


 室内にある暖炉が、家具達の影をあちこちに投げて、白っぽい壁紙をだいだい色に染めている。壁ぎわの木椅子では、女主人が背もたれに頭をのせて眠っていた。


「兄さん」


 女主人が寝言をいった。薄くひらかれた唇から寝息がもれて、口元にかかる前髪をゆらした。かちかちと、かけ時計が秒針を進ませている。


 暖炉にあった薄茶色の薪がはじけて蒸気をはいた。手前のほうにあった炭が、すかすかになって崩れる。口のなかにいれた綿菓子が崩壊するような、やわらかなできごとだった。


 生じた灰が舞いあがり、開けはなたれたドアのほうへと飛んでいく。その一片が、敷居をまたぐときに大きくひるがえった。


 いれかわりに、黒髪の少年がはいってきた。部屋の奥にいる女主人を見ると、両手でドアノブを握って静かに戸を閉める。


 女主人がうめきをもらした。身をよじくった拍子に、肩にかけられていた毛布が膝までずり落ちた。スカートの膝には空っぽの酒瓶が乗っている。


「頭、痛い」


 女が言った。目をつむったまま、頭をかきむしる。指のあいだを金髪が踊った。


「最悪、飲み過ぎた」

「あいかわらず飲んだくれてるのか」


 少年が言った。


「ただいま、ミーナ」


 女――ミーナは暖炉のほうに視線を投げた。革ばりのアームチェアに先程の少年が座っていた。


「なんだよ、ふぬけた面をしているな」


 少年はだらりと下げた手にリボルバーを握っていた。異様な銃だった。細見の銃身が、極彩色のまだら模様におおわれている。


「夢じゃないよね」


 ミーナはまどろむような口調でつぶやいた。


「おかえり、フーマ」


 ミーナが立ちあがった。床にころげ落ちた酒ビンをまたいで、フーマに歩み寄る。床にひざまづいて、彼の手にある銃を見つめた。


「ユーマもおかえり」


 銃はめいっぱいに輝いて、返事をした。

(了)

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記憶の商人 本田翼太郎 @1905771

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