第14話

日本海溝直上にてB01と別れてから二ヵ月後。崇子は某国の紛争地域にいた。

「武装車両四。重機関銃が一門ずつ付いています。響子お嬢様達のいるテントに近付いています。見えますか?」

 チェイタックのスコープ越しに崇子は三鷹の言っている車両を視認した。

「見えるよ。やる気のようだな。先に脅しておこう。それがあいつらの為だ。全く余計な仕事を増やさせる」

 三鷹がマクミラン改を置く音がした。顔を向けると崇子の方に顔を向けている。

「どうした?」

 崇子の問いに三鷹が無線機を取り出して振ってみせる。

「そうだな。連絡を入れておけ。気付いているとは思うが一応だ」

 三鷹がはい、と言って連絡を始める。崇子はスコープに視線を戻そうとして携帯電話が振動している事に気付いた。

「なんだ? こんな時に」

 こぼしながら携帯電話を取り出すと圭介のからの着信だった。崇子は慌てて通話ボタンを押すと携帯電話を耳に当てた。

「お母さーん。大変だよー」

 いきなり圭介の困った声が聞こえて来る。崇子はチェイタックも武装車両も何もかも放り出し声を上げた。

「どうしたの? 何があったの?」

 圭介が言う。

「青がまた喧嘩したんだ。学校に入ってからまだ一ヶ月だよ。それで、えっと今回で何回目だったっけ。いいや。とにかく、またなんだよ」 

 崇子は圭介の身に何かがあったのではない、と知ると安堵の息をついた。

「全く青らしいわね。ショウがいるでしょ。問題になりそうになったら彼がなんとかしてくれるわ。青はあの性格なのよ。少しは圭介もなれないと。心配してばかりじゃ圭介の方が参っちゃうわ」

 圭介がそうなんだけど……。うん、分かった、と返事をした。

「ねえ、お母さん」

 改まった感じで圭介が言った。やっぱり何かあったのでは? と崇子は少し緊張した。

「何時帰って来るの?」

 崇子の胸の中は緊張を世界の端まで押し流すような嬉しさの大洪水に襲われた。

「圭介。大好き。愛してるわ。終ったら戦闘機で送ってもらうから。すぐに帰るわよ」

 圭介がそう、と少し寂しそうな声を出した。

「なーに? お母さんがいないと寂しい?」

 圭介が、ふへっと噴出した。

「そ、そんな事ないよ。僕だってもういい年なんだから。お、お母さんがいなくたって……。ごめん。嘘。寂しい。早く帰って来て欲しい」

 しっかりして来たと思っていたのに時にはこんな風に甘えて来る。崇子は、本当に愛しい子だと思った。それでも今はしょうがない、と思って言葉を作る。

「お母さんだって会いたいのを我慢してるんだから、圭介も少し我慢して。ごめんね」

 ちょいちょいと肩を突付かれる。崇子が振り向くと三鷹が声を出した。

「テントに近付いてます。やばそうですよ」

 崇子は適当な感じで二回頷いた。

「また後で電話するわ。青の事はほっといて自分の事もちゃんとするのよ」

 圭介がはい、と返事をする。

「いい返事。じゃあ、切るわね」

 圭介が大きな声を出した。

「お土産買って来て」

 崇子はにやーんとしながら分かったわ、と優しく返事をした。別れの言葉をかわし通話を終了するとすぐにスコープを覗く。

「崇子さん。お嬢様の商談について行くの止めた方がいいんじゃないですか? 圭介君が学校とか新しい生活全般になれるまでは側にいてあげた方がいいと思います」

 崇子は武装している男達の中の一人の頭をレティクルの中心に捉える。

「私もそう思うよ。だが、響子には世話になってるからな。私設秘書などという適当なポジションにいるからといって毎日圭介の世話ばかりをしてる訳にはいくまい。ましてや、こんな紛争地域のど真ん中での商談だ。こういう時以外には役に立たんからな」

 武装集団のうちの一人が自動小銃をテントに向けて構えた。三鷹が緊張した声で言う。

「どうします?」

 崇子は言葉より先に引き金を絞った。スコープの中にいた男の持っていた自動小銃が弾け飛ぶ。

「警告でいい。これで狙われている事に気付いただろう。行くぞ、三鷹。こっちの居場所が割れる前に移動だ。そうだな、あっちに行こうか。あの、空まで続いているような丘の上だ」

 崇子が匍匐で後進を始めると三鷹が言う。

「あそこなら見晴らしがよさそうです。流石です」

 崇子は微笑みながら頷いた。

「当たり前だ。とっとと終らせて帰らせてもらおう。圭介が待ってる」

 完全に死角に入ってから立ち上がると、崇子はこれから行く丘の方にもう一度視線を向けた。丘から地続きのように見える空は清々しいほどに青く、とても美しく見えた。

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