第13話

 大上海上私兵隊所属のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦大狼の艦全体を犠牲にした灯火の中、小型艇はゆっくりと進んでいた動きを止めた。船底に切られていた波が勢いを失い船縁をちゃぷちゃぷと洗う静かな音をたて始める。崇子は大狼の炎に照らされる皆の顔を見回した。崇子の視線はB01の所で止まる。B01の先端部分から触手が生えて来ていた。圭介を抜かしたここにいる人数分ある触手は、一人一人に向けて動いて行く。最早誰も、その触手の動きを見ても何も言わなかった。触手がそれぞれの人々の手に触れる。B01の言葉が脳内に聞こえて来た。

「ありがとう。ここまで来る事ができました。途中はらはらする事もあったのですけど、結構楽しい旅路でしたのです」

 響子が言う。

「全く、その通りね。でも、これぐらい大した事じゃないわ。なんならもっと激しいとこ行ってみる?」

 B01の声が返る。

「そうしたいのですけど、それではここに来た意味がありません。私はここでお別れです。崇子さん、皆さん、圭介と青の事をよろしくお願いします。私達が陸に上がってから色々な事あったのですけど、今は陸に上がってよかったと思っています。海の中でじっとして過ごしていたらこんな経験はできませんでしたから。私達は自分達が何者なのかを知りません。ただ海の深い底で生まれ、静かに生きて行く、それだけです。人間と出会った事で、自分達の可能性を知りました。圭介と青が陸に残る事でもっとたくさんの事が分かると思います。二人と過ごして行くのは本当に大変だと思いますが、温かく見守ってやって下さい」

 崇子は口を開こうとした。自分のした行為を全く責めない事に苛立ちを感じていた。

「崇子さん。いいのですよ。圭介君がそれでいいと思っているのです。私が余計な事を言う余地はないのです。ただ、もしも、これからもずっとあなたが自分を責め続けるのでしたら、その気持を圭介君を愛する気持に変えて行って下さい。後悔も何もかも全て、圭介君を愛する力に変えてあげて下さい」

 崇子はB01のミミズのような姿を見詰めながら何も言わずに深く頷いた。

「では、私はそろそろお暇させていただきますのです。あまり皆さんをお引止めしても申し訳ないですから。それでは、アディオス」

 なぜアディオス? と誰もが思ったと思うが、誰もこの状況で突っ込む者はいなかった。触手が離れ、B01が海の方に先端部分を向けると圭介がその側に近寄った。

「元気でね。最後まで心配してくれてありがとう。また、何時か会えるかな?」

 青が圭介の肩に手をおいた。

「いいんだよ。もう。B01は海に帰るんだ。私達の事を心配する時間は終わりだ。じゃあな、B01。楽しく暮らせよ」

 B01が触手を手のように振ってから、海の中に飛び込んだ。大きな飛沫が上がり炎が照らす赤色の海の中をゆっくりとB01の体が沈んで行く。そのまま深みの闇色に染まり姿が見えなくなる、と思った瞬間。B01の体から無数の光の筋が迸った。数え切れない光の筋はまるで、大海の全てに広がろうとしているかのように四方八方に向かって矢のように走って行く。光の筋が走り去ると沈んでいたはずのB01の体は、もうどこにも見る事ができなくなっていた。

「何かしら今の?」  

 響子が振り向いて崇子の顔を見た。

「分からんな。ブロワーは謎ばかりだ」

 崇子が言うと青が言葉を出した。

「また研究したくなったか?」

 圭介が言う。

「僕はお母さんがそうしたいって言うなら協力するよ」

 ショウの声がする。

「何時までもここにはいられないぞ。米軍が捜索を開始するだろう。一刻も早くこの辺りから離れた方がいい」

 崇子は圭介の顔を見詰めた。

「研究はもうしないわ。これからは、圭介と一緒に暮らす。それだけでいいの」

 圭介が嬉しそうにこっと笑った。

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