第12話

B01を帰す場所は、B01自身の言葉により日本海溝直上と決まった。ブリッジでこのミサイル駆逐艦、船名は大狼

たいろう

というの艦長から簡単な航程の説明を受けていた崇子は海上自衛隊の艦船が刻々と接近して来る様子を映し出すレーダーの映像を見詰めていた。

「海自の船は私達と一緒に行くのか?」

 崇子の言葉に艦長が視線を響子の方に向けた。

「え? 分からないわ。山戸谷さんという人はただ海自の船が行くとしてか言ってなかった。何か急いでいる感じだったのよ。崇子姉の方に連絡は入ってないの?」

 崇子は自身の携帯電話の画面を見たが、待ち受け画面が映っているだけで着信があった事を知らせる通知は出ていなかった。

「しかし、よくお前の所に連絡が来たな」

 響子が首を小さく左右に振った。

「私に直接じゃないの。関連会社の方に連絡が合ったのよ。陸自とも取引してるし」

 崇子はそうか、と言ってレーダーの画面に視線を戻した。

「どう出て来るかは分からないな。まあ、戦闘にはならんか。この船が大上所属の物だとは知ってるはずだ。だとすると問題は」

 崇子の言葉の続きを待たずに響子が言葉を出した。

「米軍ね。だけどその為の海自でしょ。せいぜい睨み合ってくれてればいいのよ。その間にこっちは用事を済ませられるわ」

 崇子は響子の顔を見てから大げさに溜息をついてみせた。

「そうだな。これ以上死人を出してもしょうがない。米軍の動きは分かるか?」

 まるで、この船に最初からいたような自然さで空いていた椅子に座っていたショウの方に言葉を向けた。ショウがこちらに顔を向けて来た。

「ミサイル駆逐艦が二隻動いている。後はエアフォースだ。こっちは詳しくは分からない。攻撃される可能性はじゅうぶんにある。誤射か、もしくは勝手に沈没した、とね。この国を威嚇する意味もある。安保条約の再締結は両国間の軍事的重要事項だ」

 崇子は計器パネルが並ぶ壁に寄り掛かった。

「海自がこの船を沈めて力を示す。悪く考えればクーデターとも受け取れるか。研究中の軍事機密が載っているんだからな。山戸谷が上手く立ち回ってくれていたから、陸では自衛隊は動いていなかったが、ここは管轄が違う。戦闘はない、などと言ったが、早計だったか」

 崇子の言葉に響子が反応する。

「心配ないわよ。この船はそう簡単には沈められない。援軍だって呼べるし。それに、海自にはパイプがあるの。そこを今突付いてる最中。吉報がきっと届くわ」

 崇子は響子に笑みを向けた。

「心強いな。だが、最悪の事態を想定するのも大事だ。まあ、私は楽観的に考えているがな」

 ショウの隣に黙って座っていた青が口を開いた。

「崇子。お前は休んでいろ。今はやる事がない」

 崇子は青の左右色違いの瞳に目を合わせた。

「そうだな。そうさせてもらおう。すまんが、後は頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ。ここではなんの役にも立たないかも知れんが」

 崇子は言い終え歩き出そうとした。

「海自から連絡です。どうしますか?」

 船員から声が上がった。響子がすぐに返事をした。

「私が出るわ。繋いで。スピーカー通話」

 すぐにブリッジ内に相手方の声が流れて来る。

「こちらは海上自衛隊護衛艦なみしま。聞いているか、大上のお偉いさん」

 崇子はフランクな言葉遣いに思わず小首を傾げた。

「聞いてるわよ。一自衛官さん。何かしら」

 響子が答えると、はははは、という快活な笑い声が返って来て、その後に言葉が続いた。

「今、隊内にこんな噂が流れてる。なんでも軍の機密兵器を海に捨てに行こうっていう奴らがいるってね。その兵器っていうのが、なんとも恐ろしい話なんだが、人間を改造して使う物らしい」

 そこまで言ってから一度言葉が切られる。次にスピーカから聞こえて来た声は自衛官らしい緊張感のある物だった。

「我々は緊急展開中の米軍艦船の監視と房総沖に出現中の未確認艦船への威嚇を任務として派遣されている。攻撃の意志はない。以上だ」

 響子がにやーんと笑ったが、すぐに真面目な顔になった。

「分かったわ。あなたの乗っている船がなみしまなのね?」

 そうだが、と言葉が返る。

「ではその船の乗員全員宛に後で贈り物を出しておくわ。受け取ってもらえるかしら?」

 困ったような声が言う。

「そういうのが欲しい訳じゃないんだがね。だが、もらえる物はもらっておこう。リクエストがあるとすれば、我艦の乗員は全員大飯食らいだ。贈り物は食べ物がいい」

 響子が大笑する。

「いいわね。分かったわ。楽しみにしておいて」

 通信を終了するという相手の言葉でスピーカー通話が切られる。崇子は口を開いた。

「おかしな事になってるな。山戸谷にしては大胆だ」

 ショウが声を出した。

「軍人は英雄が好きなのさ。世界中、どこの軍隊でもそれは変わらない。それに、自分達がなんの為に出動するのか、知りたがらない奴はいない」

 青が驚きの声を上げた。

「お前がやったのか?」

 ショウが破顔した。

「クールに決めたい所だったが、青がそう言うなら、そうだよ、と答えるよ。さあ、青。私に賞賛のキッスをおくれ」

 ただの変なおっさんになりつつあるショウを崇子は微笑ましいと思いつつ見詰めた。響子がショウの側に歩み寄った。

「ショウザスーパーサラウンド。やるじゃない。さっすがスーパーが名前に付くだけはあるわね」

 最早誰も突っ込みを入れない。崇子は響子の言葉をスルーして言葉を作った。

「問題の一つは解決だな」

 崇子は改めて足を動かした。ブリッジに行く前に響子に案内されていた船室には行かずに甲板に向かった。細い通路をいくつか曲がり、階段を昇って甲板へと出た。当たり前だが艦内とは違って外に出ると潮風が全身を包んで来る。崇子は両腕を上げて伸びをした。傷は青の治療がよかった所為か、実はもうほとんど痛みもなく傷口もくっ付いているようだった。圭介の覚醒によって起こった様々な事態はブロワーの知られざる力を崇子に見せ付けて来た。崇子は、圭介の為に自分が行っていた研究がいかに偏った物であったかを感じていた。もっとブロワーの兵器としての側面だけでなくどんな生物であるのか、という見地から研究をすればよかった。そこまで思った所で苦笑がこぼれてしまう。今更なのだ。散々利用してあげくに助けられている。それが今の自分の現状なのだ。

「圭介」

 崇子は圭介の名前を呟いた。圭介がブロワーとしての意識を取り戻し、記憶も取り戻した今、圭介はどういう決断を下すのだろうか。日本海溝につけば、B01は海に帰る。圭介にとっても故郷に帰るまたとない機会。この船について圭介の話を聞いた時、一番最初に感じた事は、圭介を離したくないという思いだった。圭介を抱き締めながら何度も圭介はどうするのか、と聞こうとしたのだが、どうしてもその言葉が出せなかった。聞いてしまったら、答えが出てしまう。その答えが、自分の望む答えではなかったら……。今までの自分の行いは、全て無駄になってしまう。

「私は酷い女だ。命を弄ぶだけでは物足りず、あの子の意志さえ奪おうとしてるのだからな。だが。圭介を失う事だけは……」

 崇子は視線を巡らせた。右舷側と左舷側に一隻ずつ海自の護衛艦の姿がある。暗いのではっきりとは見えないが、舷灯などの灯りがその位置と存在を知らせて来ていた。三隻のミサイル駆逐艦が進む姿は、夜闇に紛れているとはいえ、精悍な光景だった。だが、今は、その光景も圭介との別れがあるかも知れない場所に向かう為の悲しい景色の一部に過ぎない。元来、崇子は兵器の姿が好きだった。実用一辺倒のただただ特化した姿。時にグロテスクにさえ見える兵器達は、それでも、自分が何者であるかを雄弁に物語る姿をしている。自分もそんな存在になりたかった。確かにそう思っていた頃があったのだ。あの頃の自分が今の自分を見たら、どう思うのだろうか。成長したと言ってくれるのか、情けないと罵倒されるのか。風が強くなって来た。崇子は甲板から船内に戻ろうか、と思ったが、もう少しここにいようと思い直した。船室に行ったら、圭介に会うだろう。先に響子に案内してもらった時は、圭介はB01のいる部屋に行っていると聞いたが船室は圭介と一緒なのだ。圭介に会うのが怖くなっていた。

「一緒にいたいのに、これでは一緒にいられないな」

 崇子は、深い溜息をついた。数歩歩いて砲塔の側に行くとその陰に座った。風向きの所為か、風が当たらなくなり今までなびいていた髪が急にふわりと肩に落ちて来た。崇子は後ろに結っていた髪が、解けている事に気が付いた。何時解けたのかは分からない。戦闘中に解けてしまったのだろう、と思いながら肩にかかった髪を右手で触った。髪の毛の感触が圭介の頭を撫でている時の感触を思い出させる。

「圭介……。だめだ。行かないでくれ……」

 崇子は顔を俯け、静かに涙をこぼした。圭介の事を思うと後から後から涙が流れ出して来る。何時かは子供は巣立って行く。そんな事は分かっている。自分だって、どうしようもない親だったが、親と呼ばれる人達が側にいた時代があった。十二歳の時に、父親の腹を包丁で刺し、それから両親とは二度と会ってはいないが。あの人達は自分の事を思ってこんな風に泣いた事があるのだろうか。圭介は自分のお腹を痛めて生んだ子なのだ。どうして手放せるだろうか。崇子は涙を服の袖で拭った。両親の事を思い出した崇子の胸には、決して美しくはない情熱の炎、執念とも呼べる物が広がっていた。それは、母親としての所業ではないのかも知れないが、崇子は力に訴えてでも圭介を止めなければ、と考え始めていた。立ち上がり、燃え始めた胸の中の炎が消えない内に行動に出ようと大股に足を踏み出す。

「お母さん」

 圭介の声が潮風に乗って聞こえて来た気がした。崇子は顔を巡らせて圭介の姿を探した。

「お母さん」

 今度ははっきりと圭介の声が聞こえた。崇子は圭介が甲板を歩いて来る姿を見付けた。どんな方法でもいいから圭介を拘束して……。拘束して、私はどうするんだ? 圭介が、海に帰りたいと泣いたら? ずっとずっと、圭介を自分の元に置き、その為に圭介がずっと悲しみ続けたら? 崇子は口を開いた。

「お母さんはここよ。どうしたの?」

 圭介がすぐに気付いて笑顔を向けて来る。崇子は胸の中に燃えていた炎が一瞬にして鎮火してしまったのを感じた。圭介が走り寄って来る。圭介の動きは、実に軽やかで自然だった。自身を取り戻した圭介の本当の姿。走り方一つにもそれは如実に現れていた。

「お母さん。どこに行ったのかって、皆、探してたよ。部屋に戻るって言ったんでしょ? だめじゃないか」

 崇子は微笑みながら言葉を出した。

「ごめん。こんな風に船に乗るのって久し振りだから潮風に当たりたくなっちゃって」

 圭介が、わざとであろう怒った顔になった。

「だめだよ。今は、何時何があるか分からない時なんだよ。何かあったらどうするの。もうじゅうぶん潮風に当たったでしょ。一緒に戻ろう」

 圭介が手を伸ばして来る。崇子は手を伸ばしたが、圭介の手を握る寸前で止めてしまった。

「圭介。ちょっと話をしよっか」

 手を止めた事をごまかすようにそんな言葉を言った。今、圭介と話をすれば自分が何を言うのか、それは、たった一つの事しかないのに……。

「え? うーん。皆探してたからなー。……。いいや。少しだけなら皆も怒らないかも。ねえ、何の話をするの?」

 圭介の言葉。話し方。これは、紛れもないあの頃の圭介の物。崇子はゆっくりと言葉を紡いだ。

「圭介は、どうするの?」

 圭介が小首を傾げる。それから、にこっと笑う。

「出た。お母さんの弱気。何かあるんでしょ。はっきり言ってよ。どうするの、じゃ、分からないよ」

 崇子はああ、と思う。これは、やっぱり圭介だ。本物の圭介なんだ……。

「そんな言い方しないで。お母さんだって、弱気な時があってもいいでしょ。だって、聞きづらいの。だって、圭介の、今後の……、事だもん」

 最後の方は、酷く小さな声になってしまう。だが、圭介はちゃんと聞いていたらしかった。

「僕の今後? 僕の今後……。学校に行くって事? えっと、そうなると新しい学校に行くんだよね?」

 崇子は圭介の言葉を聞いて、嬉しくなって、それから酷く悲しくなった。

「そうじゃない。その前に、あるでしょ。B01が海に帰るんだよ? 圭介だって、帰りたいと思うでしょ?」

 どうしようもない思いが滝のように流れ出ていた。崇子は急に怒り出したような口調で言っていた。圭介が驚いた顔をしてから、すぐに優しそうな笑みをした。

「お母さん……。お母さんが何を考えているか分かっちゃった。僕が海に帰るかどうか、それが心配なんでしょ?」

 圭介の屈託のないストレートな物言い。崇子は流れ出した涙を拭く事も忘れ、うん、うん、と頷いた。圭介が崇子の手を握って来た。

「お母さんの手。すべすべで、柔らかくて、僕、お母さんの手が大好きだよ」

 崇子は嗚咽しながら言葉を搾り出した。

「そんな事ない。私の手は、人も殺すし、ごつごつしてるし、綺麗じゃない」

 圭介が抱き締めて来る。

「お母さん。僕はどこへも行かないよ。ずっと一緒。お母さんとずっと一緒にいるから。そんな事言わないで。そんなに泣かないで」

 崇子は圭介を抱き締め返した。圭介の体をその存在の全てを包みたいと思って抱き締めた。

「でも、お母さん我侭だし、勝手だし、圭介に迷惑掛けるよ? 危険な目にだってあわせちゃうし。それでもいい? こんなお母さんでもいい?」

 圭介が崇子の胸の中で頷いた。

「当たり前だよ。だって、僕のお母さんは、お母さん一人だけだもん。僕の事を世界の誰よりも愛してくれて、心配してくれて。何かあったら命を賭けて守ってくれて。最高のお母さんだよ」

 崇子は声を上げて泣いた。圭介を脳死状態にしてしまったあの事故の日から今までの記憶が全て思い出された。

「お母さん。後少しだよ。これが終れば、家に帰れる。それまで頑張ろう」

 崇子は嬉しくて優しい気持になって、そして、酷く恥ずかしくなった。息子の前でこれほどに泣いてしまい、更には慰められてしまっている。圭介に対して申し訳ない、という気持はあったが、それは今は言わない事にした。圭介が泣き止んで、頑張って、と言っているのだ。ここでこれ以上、自分が取り乱しても圭介が心配するだけだろう。崇子は涙を拭いた。その手で圭介の頭を撫でるとそっと体を離した。

「もう大丈夫。ありがとう、圭介。お母さんは頑張れるよ。心配掛けてごめんね。さあ、部屋に戻ろう」

 圭介が笑みを浮かべながら頷く。二人並んで、手をしっかりと繋いで甲板を歩き出す。数歩進んだ所で左舷側にいた護衛艦から、ファランクスの射撃音が上がった。咄嗟に視線を動かすと後部甲板にあるファランクスがマズルフラッシュを閃かせ銃弾を凄まじい勢いで発射していた。

「お母さん、何?」

 崇子は圭介の手を引きながら走り出した。

「攻撃を受けてる。早く船内に」

 船内に飛び込むと崇子は足を止めた。

「圭介、私はブリッジに行く」

 崇子は圭介の手を離した。圭介が即応する。

「僕も行く」

 崇子は頷くと走り出した。圭介の足音が後から続く事を常に確認しながら崇子は風のように船内の狭い通路を駆け抜けた。ブリッジの中に入ると、艦長と響子、青とショウに三鷹とB01以外の全員が揃っていた。

「崇子姉。どこに行ってたのよ。あっ、圭介。ひょっとして二人で一緒にいたの?」

 崇子は響子の言葉を無視して口を開いた。

「どうなってる? 護衛艦のファランクスが動いている」

 響子が少々ふくれっ面になりながら言葉を返して来た。

「レーダーを見れば分かるわよ。米軍のラプターね。五機いるわ。ちゃっちゃと撃ち落しちゃえばいいのに。こっちでやると言ったら、止められちゃって。専守防衛なんですって」

 崇子は舌打ちをした。

「あの距離まで我慢してたのか?」

 響子が外国人ばりの厭きれた、という仕草をした。

「しょうがないでしょ。ミサイルを撃って万が一にもラプターに当たったら大変だって言うんですもの。それに、飛来して来た物がもしもミサイルじゃなかったらってね」

 崇子の視線の先のレーダーの中で護衛艦が刻々と位置を変えて行く。左右にいた護衛艦は一隻がこの艦の前に、もう一隻が後ろにとついた。艦長が言う。

「ミサイル攻撃を確認しました。響子お嬢様。これは我大上海上私兵隊に対する敵対行為だと認識されます。迎撃の許可を」

 響子が胸を反らせて思いっ切り偉そうに見えるポーズを取った。

「あったりめえのこんこんちきよ。てめぇら、やっちまいな」

 言ってから、てへっ、と舌を出す。

「なんなんだそれは?」

 青が突っ込んだ。

「いいじゃない。たまにはこういうのも有りだと思うわ。ねえ、崇子姉」

 崇子は冷たい視線を響子に向けた。

「敵の船は?」

 響子がはふーっと溜息をつきながら答えた。

「ひゃっこ過ぎるわ……、崇子姉……」

 崇子が目を細めて鋭い視線をくれると、響子がはひ、と小声で言ってから真面目な顔になった。

「二隻ね。ショウザスーパートーキングの言う通りだわ。かなり遠い。こっちは通常のレーダーじゃ補足できない距離にいる。傍観するつもりじゃないかしら。ミサイルで攻撃するにしても撃ち落される可能性のが高い」

 崇子は頷いた。

「ならラプターが先だな。海自は恐らく攻撃はしないだろう」

 艦長が言葉を出す。

「大丈夫ですよ。私達がやります」

 響子が言う。

「いくらステルスだからって、これだけ近くを飛べばレーダーにも映るっての。うちの製品を舐めてくれてるわ」

 対空ミサイル用意、という声がブリッジ内に響く。

「一番から五番発射。海自艦とデータリンクをしております。かなりの精度で敵機の追尾はできます」

 艦長が言い、ミサイルの発射音が鳴り響く。数秒の後、船員から一番から四番命中との声が上がった。

「何機落とした?」

 五機で五発のミサイルだから、四機は落ちている、と思いたいが、崇子は確認の言葉を出していた。

「敵影一です。四機は落ちた様子です」

 単機では攻撃はして来ないだろう。それに、ラプターをいきなり四機も落とされたとあっては流石に敵も怯むはず。これ以上の追撃はないか、もしくは敵艦が攻めて来るか。崇子がレーダーの画面を見詰めながら考えていると、響子が声を上げた。

「え? 嘘? ちょっと待ってよ」

 何事かと顔を上げると響子の側に何時の間に来ていたのか黒スーツの男が一人立っていた。

「どうした? 何があった?」

 崇子が声を掛けると響子がすまなそうな顔になった。

「援軍呼んでたんだけど、遅れそう。うちの船を置いてある港に米軍が来てるって。空港も同じ。そこを片付けてからになっちゃう」 

 崇子は、小さく息をついた。

「そうか。向こうも相当に本気になっているな。日本海溝までは後どのくらいだ?」

 艦長が答える。

「もうすぐです。今の速度を維持できれば後二時間です」

 崇子は圭介の顔を見た。圭介は何かを考えるような顔をして、ショウと青の座っている椅子の横に立っていた。

「大質量で攻められれば危険だが、敵艦は二隻。今の戦闘の効果で敵機の飛来もある程度は抑止できるだろう。響子、援軍には慎重になってもらえ。無理をさせるな」

 後二時間凌ぎ、B01さえ海に帰してしまえば、この戦いも終る。後は、どうやって無事に帰るかだけだが……。崇子は考えていたシナリオを伝える為に響子を呼んだ。

「響子、ちょっといいか」

 響子が何? と行って近付いて来る。

「お前には本当に迷惑を掛ける。これが終ったら、相当の礼をするつもりだ」

 響子がにやーんと笑った。

「急に何よー。相当の礼って、なんでもいいのー? うひうひ」

 変な笑い声が混じっていたりする。

「ま、まあ、それは、あれだが。今は、そういう細かい話は後だ。頼みがある。B01を海に帰した後だが……」

「敵艦、接近して来ます。どうしますか?」

 崇子の言葉が最後まで口から出る前に船員が声を上げた。艦長が船員の報告に言葉を返す。

「向こうもやる気だろう。対艦ミサイル一番から四番用意」

 発射準備完了の声が返って来る。

「よし。発射」

 緊張がブリッジ内に走る。崇子は響子への話は後回しにし、全弾命中、敵艦撃沈、という声を期待した。

「全弾撃墜されました。命中なしです」

 別の船員の声が響く。

「敵艦からミサイル。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、まだ来ます」

 艦長が怒号を上げる。

「回避行動をとりながら、敵ミサイルを迎撃する。フレア発射。ECM出力最大」

 指令を一気に出した後、艦長が落ち着いた声を出した。

「予想外です。これほどの攻撃を仕掛けて来るとは。敵艦は他にも展開していると考えた方がいいですね」

 響子が艦長の顔を見詰めた。

「で? どうするの?」

 響子の挑発するような言い草に艦長が平然と応じる。

「敵艦の位置を現在調査中です。見付け次第、撃沈して行きます」

 響子が頷く。満足げな表情で不安など全く感じていないようだった。

「敵ミサイル、迎撃及び回避に成功。海自の艦も入れて、被害なしです。敵艦二隻の位置、再補足しました」

 艦長が大きく頷いた。

「敵艦補足位置に対して連続砲撃を行う。砲撃と同時にミサイルを五発発射。敵の注意をそらせ」

 ミサイルの発射音と砲撃音が鳴り始める。

「海自の艦のお陰であの二隻は沈められるでしょう。ですが、索敵範囲外にいるであろう敵艦は厳しいですね」

 響子が言う。

「いいのよ。日本海溝につきさえすれば。敵艦の撃沈が目的ではないわ」

 艦長が頷く。

「そうですね。ですが、残念です。援軍さえ来れば……。我隊の実力はこんな物ではないですから」

 艦長の言葉を途中で遮るように船員が声を出した。

「砲撃命中。敵艦二隻、航行不能になりつつあります」

 艦長が響子の顔をじっと見詰めた。

「どうしますか? まだ、反撃して来る可能性はありますが」

 響子がにやりと笑う。

「完膚なきまでに。二度とこの船にちょっかい出せないようにしてあげなさい」

 はい、と艦長が答える。

「砲撃継続」

 砲撃の音が響き続ける。数分の後、音が止んだ。

「敵艦沈みます」

 響子が、イエス、と声を上げた。

「いいわね。これで、敵の被害はラプター四機にイージス二隻。お金にしたら大変ねー。さてさて、次はどんなのが出て来るのかしら。こっちはまだまだやれるわよー」

 ね、と艦長に相槌を求める。艦長が苦笑した。

「新たな敵艦です。一、二、三、先ほどと同じアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦。全部で五隻。こちらに近付きつつあります」

 艦長が帽子に手を伸ばした。整えるように被り直すと声を出した。

「この艦には、小型艇が搭載されています。響子お嬢様。そちらにお乗り下さい。目標海域までは後三十分の距離まで来ています。敵艦はここで沈めますので」

 響子が無邪気な笑みを見せる。ていっ、とでこぴんが飛び、艦長の帽子を吹き飛ばした。

「はあーあ。嫌ねー。そんなの全然嬉しくない。うちの隊は負けない。絶対不敗なの。いい? そんな事考える暇があったら敵艦を潰す方法を考えなさい」

 艦長が帽子を拾い被り直した。

「響子お嬢様。ありがとうございます。ですが、この艦一隻では、敵艦の殲滅は、はっきり申しまして不可能です」

 響子がだーかーらーと唸りながら言う。

「逃げればいいでしょ。目的地まで行けばいいの。後は野となれ山となれよ。負けっていうのはねー、認めなければ負けじゃないの。いい?」

 崇子は思わずふっと小さく噴出してしまった。

「何よー。崇子姉。いい事言ってるでしょ」

 崇子は頷きながら響子に近付いた。

「響子、ちょっと耳を貸せ。さっきの話の続きだ。今言っておかないと意味がない」

 響子が少し不満そうにしながらも、何々? と体ごと寄って来る。崇子は先ほど言い掛けた言葉を響子に伝えた。

「すまんが、この艦を沈めて欲しい。理由は、私達が死んだ事にしたいからだ。私とその仲間が死んで圭介達が海に帰ったとなれば米軍も手出しをする理由がなくなる。お前は圭介達とこの船の乗員全員とともに海自の船に移ってくれ」

 響子が微妙な顔になる。

「うーん。でも、この艦の部下がなあ。納得するかなあ」

 崇子は値段云々の事を言っておいてこの艦自体の方は気にしないのか? と聞きそうになったが、黙っておいた。その言葉とは別の言葉を敢えて言う。お前の統率力次第だな、と軽く挑発してみた。響子がきっと視線を上げた。

「ふん。余裕よ。いいわ。やりましょ」

 崇子はショウと青、三鷹と圭介の顔を一瞥した。

「皆、私はB01と小型艇に行く」

 圭介が声を出した。

「お母さん?」

 崇子はにこっと微笑んで見せた。

「心配ないわ。ここで終わりにする」

 圭介が束の間戸惑うような顔をしてから、うん、と全幅の信頼を置いた笑顔で頷く。

「じゃあ、僕がB01を呼ぶよ。あの人とはまだ繋がってるから。小型艇の所で会えるようにすればいい?」

 崇子はありがとう、圭介と言って頷いた。崇子は笑みを消すと響子の方に顔を向けた。

「私は行くぞ。後で拾いに来てくれ」

 響子がえーとぶーたれる。

「私も行くー。別行動しなくてもいいじゃない。嫌だ嫌だ嫌だー」

 酷い駄々っ子のようになってしまう。崇子は苦笑しながら口を動かそうとした。

「敵艦からミサイル来ます。数は……、五十を超えてます」

 崇子は呟くように言った。

「潰しに来たか……。」

 艦長が叫んだ。

「お嬢様達が小型艇に移るまでの時間を稼ぐ。皆、全力を尽くせ」

 崇子は圭介の方に顔を向けた。

「圭介。状況が変わった。小型艇へは、三鷹とショウと青とお前と響子とB01で行け。私はこの船に残る。急げ」

 圭介が言う。

「なんで?」

 崇子は厳しい表情をわざと作った。

「早く行くんだ。三鷹、圭介を頼む」

 三鷹が崇子の顔をじっと見詰めてからはい、と言って頷いた。ショウが声を出す。

「圭介君の事は任せておけ」

 動こうとしない圭介が三鷹とショウに腕を取られ引かれるようにして歩き出す。崇子はすぐ側にいた響子に向かった。

「響子、お前も早く行け」

 響子が不敵な笑みを見せる。

「んー。行かない。艦長以下部下全員が退避できていない以上、私はここからは出れないわ」

 崇子が言葉を口から出す前に艦長が声を上げた。

「響子お嬢様。大丈夫です。敵艦を殲滅できなくても私達は負ける戦いはしません。念の為です。それから、崇子さん。あなたも行って下さい。私達は私達のできる事をやります。ですからあなたも自分のできる事をやって下さい」

 崇子は艦長の顔を見詰めた。艦長は一瞬だけ視線を合わせるとすぐにレーダーの方に顔を向けた。

「だめよ。そんな事は承服できないわ。私も残る」 

 響子が大声を出した。艦長が響子の方に顔を向けた。

「お嬢様。私は先代の一蔵様にもお使えしていました。一蔵様は無理な命令をよくなさいましたが、部下の事は信頼してくれていました。ここは私を、いえ、私達を信じて任せて下さい」

 響子が驚いた顔をしてから、力なく俯いた。

「分かったわ。崇子姉。行こう。どんな状況でも部下を信頼するのは上司の責任だよね?」

 響子の手が崇子の腕を掴んで来た。崇子の腕を握っている響子の手は小さく震えているようだった。崇子は奥歯をぎりと噛み締めた。

「そうだな。行こう、響子」

 崇子と響子が歩き出そうとすると、圭介とともに先に行ったはずの青が戻って来た。

「どうした?」

 小型艇に何かあったか? と思い崇子は強い口調で言った。青が顔を歪めて笑った。

「船員の退避を急げ。状況が好転した。この船は私達がもらう。私も知らなかった。全く、大した生き物だよ、私達は」

 青の言葉の意味が分からず崇子は聞き返そうとした。青の後ろから圭介が駆けて来た。圭介はB01を抱きかかえていた。

「ここだね。早く」 

 青が横にどくと圭介がブリッジの中に走り込んで来る。

「どこ?」

 圭介は独り言のようにいい、すぐに頷く。

「分かった。あそこだね」

 圭介はそう言いながらB01をブリッジの中央に置いた。

「青さん、皆には伝えた?」 

 青がああ、と返事をする。崇子は圭介の側に行った。

「圭介、何をしてる? 早く小型艇に行けと言ったじゃないか」

 圭介が青の方を見たが、青は、私は言った、と返事をしただけだった。

「お母さん。B01がこの船を操作するんだって。だから、その間に皆を避難させて」

 できるのか? と聞こうとしたが、崇子は聞かずに信じる事にした。

「響子、聞いたな。お前は部下達と一緒に海自の船に行け。いいな。問答は無用だ」

 響子が睨むように見詰めて来たが、崇子は微笑みで受け止めた。

「急ぐんだ。時間はないぞ」

 響子が声を張り上げた。

「艦長。海自の船に連絡。今から、この船の乗員全員がそちらに行くと伝えて。連絡でき次第、総員退避」

 艦長が呆気に取られた顔になった。

「お嬢様?」

 響子がぴしゃりと言い返す。

「問答無用よ。早く」

 艦長がはい、と返事をする。すぐに無線を使って海自の船と連絡を取る。海自との連絡が終ると艦長は艦内放送を始めた。

「乗組員全員に告げる。この艦を放棄する。総員退避。急げ、総員退避だ」

 艦内放送が終ると総員退避を告げる為のサイレンが艦内中に鳴り響く。船員達が走り去る中、響子は崇子の前から動かずにいた。

「響子。艦長も行ったぞ。後はお前だけだ」

 響子がふーっと息をついた。

「そうね。これで当主としての私の仕事は終わり。後は個人としての時間よ。ごめん。崇子姉。私は行けない。やっと再会した崇子姉ともう離れたくない」

 響子の瞳の中には確固とした意志が燃えていた。崇子は響子の頭に手を載せた。軽く撫でながら言葉を紡いだ。

「全く、お前は……。その気持には答えられない、と言っただろうに」

 響子がにこりと微笑む。戦場で望んで死んで行こうとする者がするような、実に晴れ晴れとした顔だった。

「知ってる。それでも、ここまで頑張ったんだもん。負けられない戦いなの」

 崇子は頷いた。それだけを返事として、崇子は圭介の方に顔を向けた。

「圭介、一体何が始まるんだ?」

 崇子の言葉に圭介が応じる。

「僕もさっき言った事をB01から聞いただけだから具体的にどうなるのかは分からない。でも、信じて。大丈夫」

 崇子はB01の方に視線を向けた。何時の間にそうなったのか、B01の全身から触手が数え切れないくらい生えていた。

「あの触手でこの船を掌握する」

 青の声。崇子は青の方を向いた。

「この場でB01の事をまだ完全に信じられていないのは私と響子くらいか。よし。B01。敵艦を蹴散らしつつ、目的地へ向かってくれ」

 崇子の言葉に応じる用にサイレンの音が止まった。

「全員の退避が完了したって」

 圭介が言ったので崇子は圭介に圭介は行かないの? と聞こうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

「了解。私にできる事は何かあるか?」

 崇子の言葉に青が返事をした。

「そうだな。やる事はないが、見る事ならある。面白い見世物になるはずだ。一緒に甲板に来るか?」

 崇子はほう、と小さな唸り声を上げた。

「何が見れるんだ?」

 青がにやりと顔を歪ませる。

「来れば分かるさ。圭介、行くぞ」

 圭介がうん、と返事をする。

「お母さん、心配しないで見てて」

 崇子は思わず頷いたが、圭介が青と一緒に行くと聞いて動揺せずにはいられなかった。青が先に立って移動を開始する。艦内の通路を通り抜け辿りついた場所は前部甲板だった。フレアとミサイルが飛び交い、ファランクスが縦横無尽に白い円筒状の部分をぶん回している。一番後ろにいた響子が声を出した。

「何するの? 危ないわよ、こんなとこ。早く戻った方がいい」

 後ろから、後部甲板の方からショウの声が聞こえて来た。

「退避は完了だ。全員きっちりと海自の船に辿りついた。って、崇子さんにお嬢さんまで、こんな場所で何をしている?」

 顔を向けるとショウの後ろに三鷹もいた。崇子は三鷹に視線をやった。

「戻ったのか?」

 三鷹が頷く。

「圭介君がここにいますから。面倒をみろと言われてます」

 崇子が表情を緩めると同時に青が言った。

「結局このメンバーって事だな。だが、今回活躍するのは私と圭介だ。お前らは流れ弾に当たらないようにしておけ」

 言い終えると青は圭介をともなって前部甲板にあるセルの所へ行った。青の体から触手が伸びる。触手はセルの蓋を開け、ずるずるとその中に入って行く。圭介も同じように触手を伸ばした。崇子は目をそむける事なくじっとその姿を見詰めた。

「B01、やれ!!」

 青が叫ぶと凄まじい煙とともにミサイルの弾頭が浮き上がって来る。一瞬にして二人はミサイルとともに上空に向けて上がって行ってしまった。

「あれ、ミサイルを操作するのかしら?」

 響子が驚きを滲ませた声で言った。ショウが答えた。

「この船の操作だってできるらしいからね。 ミサイルの方が構造的には簡単だ。だが、どうやって帰って来るつもりなんだ?」

 ショウのもっともな問いの答えを考える余裕は崇子にはなかった。圭介がミサイルととともに飛んで行ったという事実があまりに衝撃的だった。遠く、夜闇の所為もあって目でははっきりとは見えない場所、二箇所から炎が吹き上がった。

「タイミング的にあの二人じゃない?」

 響子がぽつりとこぼす。崇子は響子の顔を見詰めた。響子が首をぶんぶんと大きく左右に振る。

「いや、あの、あれよ。あの二人はちゃんと帰って来るわよ。まさか、特攻じゃあるまいし、ねえ?」

 響子が三鷹の方に顔を向けた。崇子はそれにつられて三鷹の顔を見た。

「はい。そうですよ。あの青さんの自信に満ちた言葉。自爆攻撃なんてする訳ないじゃないですか」

 三鷹がショウの顔に視線を向ける。崇子の視線は三段跳びの選手のようにまた飛んでショウの顔に着地した。

「青がやってる事だ。私は信じている。こんな所では彼女は死にはしないさ。彼女はちゃんと死に場所を選べる人間だ」

 崇子は視線を炎が上がっている海へと移した。多数のミサイルが煙を引きながら接近して来るのが見える。B01は驚くほど完璧に艦を操っていた。体と一体化しているからこそなのかも知れないが艦の動きは明らかに変わっていた。敵艦の撃つミサイルを確実に迎撃、回避しつつ艦は進んで行く。

「ちょ、ちょっと、あれ、やばいって」

 響子が突然大きな声を出した。崇子は響子の顔を見てからその見ている物へと視線を動かした。二発のミサイルが防空網を巧みにかいくぐって接近して来る。他のミサイルと違いその二発はまるで人の手で操作でもされているかのような奇怪な動きをしていた。

「おーう。グレイト!! 流石だ! マイリトルレディ!!」

 ショウが大声を出した。

「何よー。何がグレイトー。なのよー」

 響子が非難の声を上げる。崇子は二発のミサイルの各々の上に人が乗っているのを視認した。

「いくらなんでもこれは……」

 他のミサイルとは違い、その二発は艦の間近まで来ると急に角度を深くして自ら海に向かって行った。ミサイルが海面に突っ込む、と思えた瞬間、二つの影がミサイルから飛ぶ。

「どうだ? お前ら、見たか?」

 甲板の上に着地し、横滑りしながら勢いを殺しつつ青が言葉を出した。圭介が続いて着地したが、圭介はセルの蓋に引っ掛かって転がった。

「圭介!!」

 崇子は悲鳴のような声を上げ、圭介に走り寄った。勢いがなくなり止った圭介が何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。

「失敗しちゃった。いててて」

 崇子は平然とした顔であっさりと言ってのけている圭介を抱き締めた。

「圭介。なんて無茶をするの」

 圭介が、ごめんなさいと小さな声で返事をする。

「おいおい。崇子。過保護過ぎだ。大した事はない。なあ、圭介」

 青が声を掛けて来る。崇子は青の方を睨んだが、すぐに睨むのをやめて圭介からそっと離れた。圭介が不思議そうな顔をする。

「お母さん。どうしたの?」

 崇子はにこっと笑ってみせた。

「よくやったわ、圭介。心配はやっぱりしちゃうけど、この場合は褒めて上げた方がいいと思って」

 圭介が満面を笑顔に変えて抱き付いて来た。

「うん。心配してもらうのも嬉しいけど、褒められのも凄く嬉しい」

 圭介の体を受け止めて、強く抱き締め返していると、大きな爆発音が断続的に聞こえて来た。

「いいタイミングだ。これで、五隻。向こうの船は全滅だ」

 青が満足そうに言う。圭介がもそもそと動いた。

「お母さん。ついたって。日本海溝」

 崇子が体を少し離すと顔を上げた圭介がそう言った。崇子は小さく頷いた。

「よかった。ここまで来れたのね。後は」

 崇子は顔を艦の中央に向けた。

「B01を海に帰すだけね」

 崇子の言葉に圭介が頷いて答えた。艦の行き足が止まる。圭介が口を開いた。

「B01を迎えに行って来る。その方が早いから」

 崇子は行ってらっしゃい、と言って圭介から体を離した。うん、と返事をして圭介が駆けて行く。

「米軍はこれだけでしょうか?」

 三鷹が声を掛けて来た。

「分からん。だが、これで終わりだ」 

 崇子は響子の顔を見た。

「響子。小型艇に行こう。この艦を沈める」

 響子が頷く。

「やっぱそうね。それぐらいしないと、また攻撃されそう」

 響子が言葉を切って青の顔を見る。

「青。この艦の破壊をお願いするわ。その辺のミサイルを爆発させて」

 青が響子の顔を色違いの瞳で睨んだ。

「なんで私なんだよ?」

 響子が笑みを見せる。

「この中で一番不死身そうじゃない。自爆装置なんてないのよ。誰かがやらなきゃだめなの。……。ははーん。あんた、怖いの?」

 青があっさりと挑発に乗る。

「は? お前馬鹿か。面倒だから言っただけだ。いいよ、やってやる」

 てくてくと歩き出す青を響子が慌てて止める。

「待ちなさいよ。まだよ、まだ。皆が小型艇に移って離れてからでしょ」

 青が足を止める。

「あっ。そうだな。今やったら皆死んじまう」

 ショウが声を上げる。

「オーウ。青。私なら君と一緒に心中しても構わないさ」

 青が心底嫌だ、という顔をした。

「少しは真面目にやれよ。たく」

 会話が途切れた所に圭介がB01を抱えて帰って来た。

「お母さん。連れて来たよ。ここから海に落としちゃうの?」

 崇子は首を左右に振った。

「違う。ちょっと考えがあるから、小型艇に行くわ」

 青をその場に残して全員が後部甲板の下の格納庫にある小型艇の所に行った。全員が乗ってから小型艇を切り離し海に浮かべる。三鷹が操船して、艦から距離を取ると艦から一発のミサイルが打ち上がった。

「青ね、あれ」

 響子の言葉にショウが応じる。

「彼女は派手好きだからね。ああ見えて、結構目立ちたがり屋だ」

 ショウの言葉尻を掻き消すように大きな爆発が起こる。前部甲板から炎が噴出し、あっという間に艦全体が黒煙と紅蓮の炎の塊と化した。打ち上がったミサイルが綺麗な半円軌道を描いて小型艇に近付いて来る。

「やってやったぞ。これで、いいだろ」

 空から声と青が降って来る。ショウが両手を広げて受け止めようとしたが、青は全然違う場所に美しく着地を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る