第三話 ヒロイン登場

水を打ったかのような静寂の中を、とんとんという軽い足音だけが教室中に響く。本の一瞬の事だったけど、誰もが息をのむ音が今にも聞こえてきそうだった。黒い長い髪を後ろにたなびかしながら、一人の女の子が入ってきた。教卓のそばまで来ると、彼女はこちらへ向きを変えた。

雪を思わせる肌の白さが、きれいな黒髪に際立たされる。すっと通った鼻筋の下には、桜色を思わせる口があった。そうして、誰の目をも引き付けるのはその目だった。くっきりとした二重の下にのぞくその瞳には、どこか遠くを見ているかのような感じがした。

はあ、と誰もが漏らしそうそうだった。その後、先生に促されるままに口を開く。

「転校してきました。佐倉さくら冬雪ふゆきです。よろしくお願いします」

その後、少しの間をおいてクラス中が歓声を上げる。前の席の美穂なんかは立ち上がって興奮していた。先生に、座りなさいと言われても少しの間、理解できないでいるほどに。

クラスの興奮を抑えるかのように、先生が手をパチンと、大きく鳴らす。


そして、その後の一言に僕の安泰が約束されていた今年一年の学生ライフがことごとく打ち砕かれることになった。関わらないといけないんじゃないかと、少しぞくっとする。

「じゃあ、佐倉さんの席は矢野君――僕の後ろの席ね」

お前の人生は終わりだという風に、先生が僕の事を指さした。次いで、転校生の顔を見てみるとこちらをじっと見つめてきた。そして、教室中の二倍の数の目がこちらを向く。その大半が羨望の眼差しがであることがひしひしと伝わってくる。

いや、そんな目で見られても。まさに猫にも小判状態なのだが…。

まだ緊張しているのか佐倉さんは、機械の様な顔をこちらに向けて歩いてくる。

そこから、クラスの目線が波のように黒板側から後方へ流れていく。

隣を通りすぎた彼女と少しだけ目が合った、気がした。

その後、そわそわとした視線を受けながら、話が早く終わらないかとこれまでに無く祈りながらすごした。


長い話が終わった後、もちろんのことながら彼女の周りには大勢の生徒が集まっていた。どうせ、一か月もしたら彼女の転校生という特別さも消えてなくなってしまうのに。時計を見るとチャイムから三十分程度が立っていた。

なかば僕の席まで囲まれかけていた、彼女の一時的なファンクラブから解放されようと、早々と帰り支度を始める。大量の配布物と机に置いていた文庫本をかばんにしまった。

「かわいいね」「どこから来たの」後ろの席からは質問攻めにされている様子が伝わってくる。スマホのシャッター音も聞こえてきた。さすがにそれはやりすぎだろう。

ご愁傷様です。心の中で彼女に伝えて帰路に就こうとした。

すると、もちろんのことながら美穂に腕をつかまれた。

「待ってて」

そう言って美穂は、後ろの佐倉さんの方へ行ってしまった。いつの間にか、そばに駿介が立っていた。

「みんな、佐倉さんだっけ。あの子に興味津々だよな」

「まったくの同意見」

「でもあれが、春だったら、ああはならないだろうな」

「そうだろな」

悪口をそう足らしめない口調で言われるので反論しない。目の前では、転校生が洗礼を受けていた。戸惑っている――というより大勢に囲まれるのが苦手なのだろうか、そんな感じがひしひしと伝わってくる。

「美穂のこと、ほっといて俺ら帰ろうぜ」

結局、二人で帰ることにした。

「ちょっと待てて」

駿介がかかとを踏んだ上靴で荷物を取りに行った。

ちらっと後ろを見ると、一瞬佐倉さんと目が合った。気がした。

廊下に出る。ガヤガヤした雰囲気がリノリウムの床にはずんでいた。

「帰り、どっかよる?」

「いや、このまま帰ろ」

「そんなんだから、白いんだよ」

駿介が足を軽く蹴ってきた。


――直後、第三者から腕を引かれた。

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七日間の戦争 パチエント @failfo

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