第二話 美穂と始まり

一苦労してついた教室にはすでに大勢の生徒がいた。何人かのグループを作って騒いでいた。朝からよくもあんなに笑えるものだと感心した。初めての教室で自分の席を確認すると、運良くも一番後ろの席だった。少し不服だったのは、窓際ではなく廊下側だったこと。

自分の席について、ようやく一息つけた。額をつけた机がひんやりとした冷たさを伝えてきた。まさに砂漠のオアシスだった。が、次の瞬間。本日二度目の衝撃を背中に受ける。少し頭をつけていた机が反応するかのように前に滑り、摩擦熱で攻撃してきた。

「痛ってぇ」

「おはよう、はる

またもや聞き覚えのある声。挨拶ぐらい、肩をたたいてくれよ。と恨み言を言ったところで相手は何の反省もしないことを知っているのでぐっとこらえた。小学生みたいに活発なその声の持ち主は、にひひと笑った。おでこをさする僕を見ても、少しの心配もしてくれない。予想通りの反応だ。

「あいかわらずの色白で。あんた、少しは外出ないと、死んじゃうよ?」

美穂みほー」

遠くからの呼びかけに、彼女は僕の事を忘れてしまったかのように行ってしまった。彼女――渡辺美穂のように活発な少女がクラスの影である僕なんかと話す理由というのは、幼馴染だからだ。

バレー部に入っていて、すらっとした体形と何とも言えない愛くるしさで男子諸君を魅了しているらしい。もっとも、僕や駿介のように彼女の昔馴染みにはお転婆が過ぎて心配でしかない。

そして、また一人になった。クラスのがやも僕にとっては蚊帳の外だ。数少ないこの学校での話し相手――と言っても、もともと彼ら二人意外と話すことはあまりないのだが――が去った後、僕はかばんの中に入っていた文庫本を取り出す。昔はもっと誰とでも話していたが、いつの間にか、一人本と向き合う時間が増えた。

この日、鞄には何度も読み返している愛読本が入っていた。もともと朝、急ぎながら入れたから何を入れたのかを確認しなかった。

適当にページを開いて、そこから読み始めた。そして、その三秒後に本は僕の手元から奪われた。

「ほんとさ、本ばっかり読んだら頭おかしくなるって知らないの」

だけに?それより美穂はもう少し読んだ方がいいと思うぜ?」

目の前で幼馴染二人がこちらをやれやれという表情で見つめてくる。

「春さ、いい加減私たち以外に友達作った方がいいよ?」

「そうだぞ。一人だったら何かあった時に困ることになるかもしれないだろ」

笑いながらも、僕の事を思ってくれていることがひしひしと伝わってくる。

分かった、と伝えると彼女たちはうんと頷いた。

その後、大きく伸びをしていると予鈴が鳴った。その瞬間、クラスが一瞬だけ止まったが何事もなかったように自分の席を目指す。そして、僕の前の席には、何もなかったかのように美穂が座った。

背中をつついてみる。てっきり遠いところだと思っていたので、静かに学校ライフを送れると思っていた僕にとって少しショックだった。一応、背中をつついてくる。美穂は何事かと振りむく。

「どしたの」

「美穂、僕の前の席?」

「なにさ」

にちゃあという笑顔ででこピンしてくる。

「春、学校終わったら、どこか行かない?私、今日部活内から遊びに行こうよ」

「家に帰っちゃダメ?」

「ダメ」

そう言われてはもう彼女にあらがうことはできない。活発な運動系女子に引きこもりが勝てる運命なんていつまでたっても来ないのだ。幼馴染としていえることなのだが彼女はやるといったことはどんなことをしてもするのだ。いつも僕達二人は肝をひやひやさせられたものだ。

「駿も誘って三人でどっかいこうよ。年始だからサッカー部もなんもないでしょ」

ハイ決まりーと、僕の意見を聞くことも無く黒板の方へ振り返る。

時間は無くなってしまったが、文庫本を広げる――とそこで朝礼を告げる鐘が鳴った。

仕方なく、文庫本を机の上に置く。どうせ今日は長い長い先生の話をきくだけの日なのでわざわざそれをかばんの中に入れようという気にはなれなかった。

相変わらずきれいな表紙だと思った。

教室はまだざわついている。忘れかけていたが、転校生が来るのだった。男の子か女の子かなんて話が中央の方から聞こえてくる。名前からして女の子だろというツッコみが入る。これには笑うしかなかった。教室中が僕のやまびこのように笑いが起こった。

ガラガラ、と教室前方の扉が開いた。先生が入ってくる。山崎――四十代のおばちゃん先生だった。またせんせー?なんて言葉が教室のあちこちが飛んでくる。

「ハイ、私も皆さんとまた会えてうれしいですよ」

それを一言でいなした。にっこりと小太りな先生ははにかむ。

「去年担任を持った生徒もいるかもしれませんが、自己紹介しますね。山場やまば美智子みちこと申します。この一年また一緒に勉強頑張っていきましょう」

山場じゃなくて山姥やまんばだろ。こんな不謹慎な小言がクラスのどこかから聞こえてきた。今年のクラスの調子はどうも絶好調らしい。

「ハイ、説明の前にクラスに違う学校から来た新しい学友が一人来ています。みなさん仲よくしてくださいね。佐倉さくらさん入ってきてください」

そう言われて、教室中の視線が開きかけた扉に集まる。

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