最終話【桜と橘】

移動砲台KOZAKURA

最終話 【桜と橘】



             (一)

 カタカタと、ストーブの上のヤカンの蓋が踊っていた。『桜三月』とは言うものの、この標高2000メートルの青空市は、まだまだ深い雪の中で、体育館の窓から見える灰色の空には、今も大つぶの結晶達が風に吹かれて舞っていた。2035年度、三学期終業式。色々、本当に色々あった今年を振り返る校長先生の話は、いつにも増して長かった。

「大丈夫、小桜。立ちっぱなし辛くない?」

後ろから私を心配する幸っちゃんの声が聞こえた。

「う、うん。なんとか」

私はこっそり苦笑いをすると、少しだけ姿勢を変えた。その瞬間、チクリとした痛みが、左のふくらはぎと右の太ももに走って、思わず眉をひそめてしまった。どうにも、気温が低い日は調子が悪い。

 体育館の外からは、大きな工事の音が聞こえていた。三月も後半に入って、ようやくお隣のマチュピチュの解体工事が始まったんだ。たしかにまあ、あれは修繕したらまた使えるというレベルの壊れ方じゃなかったから、我ながら大いに暴れてしまったのものだとため息が出た。

「ねえねえ、ケイトの彼氏って、マチュピチュの人だったじゃない? 今、どうしてるの? やっぱり遠距離??」

「…うん、まあね。今は川崎のラボに行ってる。私が卒業するまでに戻って来れたらいいんだけどねぇ。それにしてもヤワ過ぎない、研究所。あの地震であそこまで崩れるなんて、一応、日本の最先端だったんでしょ? 私の家、食器が壊れた程度だったよ? 今度はもう少し頑丈に作ってもらいたいものだわ」

あまりに校長先生の話が長いから、隣のクラスからはそんな雑談が聞こえてきた。

 幸い、南海トラフ大震災の被害は、想定していたよりも少なく済んだらしい。まあ、それでも沢山の命は失われたのだけど、でも、それの何倍もの命を、日本軍と民間軍事会社の人達、そして警察や消防の皆さんが救ってくれたのだそうだ。これも東日本大震災からの教訓と、世界一位に返り咲いた国産スーパーコンピューターの地震予知能力のおかげだと誰もが口々に語っていた。

 あの事件以来、マチュピチュの組織は一旦解体されたらしい。今はみんなそれぞれ日本のどこかで新しいラボが完成するのを待っているのだそうだ。

 お爺ちゃんと、お婆ちゃんのお店は新しくなった。本当は、二人とも年だし、あれを期にそのままお店を畳んでしまおう…っていう話も出たんだけれど、それには私が反対した。すると、驚いた事に瞬く間にお店は新しく、そして立派になった。震災保険が降りたのと、足りなかった分は、なぜだか日本軍がお金を出してくれたらしい。…まあ、ようはそれが口止め料って事なんだろうと私は理解したのだけれど。

 お店は新しくなったものの、そこにはもう、タクロウさんの姿も、毎晩ビールを飲みに来ていたハイディさんの姿も無かった。その代わり、今はラボの工事の人達で毎日忙しい。今頃二人は、どこで何をしているんだろうか。結局、私はお礼の一つも言えなかった。

―あの夜、私達は沢山の、本当に沢山の事を学んだ。

日本が豊かさと引き換えに、何を手に入れてしまったのか。この広い世界の中、いったいどれだけの人が、私達に悪意を向けているのか。そして、この先、私達はどうやって歩いて行けばいいのか。それは、そんな事だった。

―そして、とても沢山の物も失った。

 

 終業式が終わり、バラバラと渡り廊下に出る。丘の下に見える町並みからは、至る所から湯気が立ち上っていた。あれは、うちの町の冬の風物詩だ。地熱を利用した温水を、道路に流して雪を溶かしているんだ。

 渡り廊下の掲示板に貼ってある入隊募集のポスターが変わっていた。にこやかに笑うアイドル達が敬礼をしているのが見えた。



               (二)

 再び私が目を覚ましたのは、高山市にある病院のベッドの上だった。あの日から三日が過ぎていた。途中、面会に来た日本軍の人の話を聞くと、どうやらあの時、私達を包んだ光の正体は、長野の駐屯所からやって来たヘリコプター部隊のライトだったんだそうだ。そう言えば、薄れ行く意識の中で名前を呼ばれたような気がした事を思い出して尋ねてみたけれど、それについては『見当がつかない』という返事が返って来ただけだった。


 入院して一カ月近くが過ぎ、リハビリの甲斐もあって何とか松葉杖を使って売店まで行けるようになった頃、私と幸っちゃんは東京の国防省という所に呼び出された。途中、小さな部屋でしばらく待たされた後、通された部屋は絨毯が敷き詰められ、日本や軍隊の旗が飾ってある凄く立派な所だった。そして、正面の大きな机に座っているおじさんの顔を見て私達は驚いた。だって、その顔、ここ最近テレビで見ない日がなかったくらいなんだもの。そう、それはこの国の防衛大臣…様? だった。

「まだ傷も癒えていないのに、わざわざご足労を申し訳なかったね」

突然、そんな優しい言葉がかけられて私がドギマギしていると、大臣は傍らに立つ細身で長身の若い軍人さんに向かって、

「それでは十文字君、頼む」

と、言った。すると、見るからに冷徹そうで、頭が良さそうなその軍服の男性は短く敬礼をすると、手に持ったファイルを読み始めた。

「ここにいる二名のうち、佐倉小町さんは当時、KZ-01と呼ばれる開発三課所属の機体にハイディ ジンゲルマン軍曹と共に搭乗。重症を負うも、テロリストの鎮圧に成功。もう一人、権田原幸江さんは、オペレーターとして戦闘に参加しています」

改めて罪状のような物を聞かされると、本当にとんでもない事をしでかしてしまったようで、思わず叱られる子供のように首をすぼめてしまった。そして、恐る恐る隣を見ると、大嫌いなフルネームを呼ばれた幸っちゃんは、少しだけほっぺを膨らましてた。

「現在、事件の首謀者と思われる、国際指名手配犯の軍事ブローカー、マイケル・ウォンの行方は依然つかめていません。また、当時開発一課所属、柳川悠斗研究員の死体も全壊したラボからは発見されておらず、恐らくマイケル・ウォンと共に逃亡しているものと思われます」

「…うむ、分かった。で、お譲ちゃん達は、どこまで話を知っているのか聞かせてもらいたいのだが」

という大臣の言葉に、私と幸っちゃんは、交互に自分達が知っている事を話し始めた。

 あの、南海トラフ大震災が起きた夜、テロリスト達が操っていた自動操縦の痛飛行機達が、陽動として街の外れに落ちた事。それに便乗するように、民間軍事会社に偽装したヘイローとタルヘと呼ばれるテロリストを乗せた二台のヘリコプターが、無人のマチュピチュを襲った事。恐らく日本軍の管制官と通信兵が偽装工作をしてその二台を招き入れた事。でも実は、当時長沼と呼ばれていたマイケル・ウォンという人が、かつての大陸の大国の亡霊達と呼ばれる武装集団と、柳川さんを操っていただろう事を伝えた。そして、特に私やクラスメイト達が戦闘に巻き込まれ、参加する歯目になったのはあくまで成り行き上どうにもならなかった事で、ハイディさんやタクロウさんには一切の責任が無い事については、何度も二人で声を上げて説明した。

 すると、防衛大臣は突然顔色が青くなり

「…なんなんだ十文字。この子達、ほとんど全部知っているじゃないか。あれほど報道規制や隠ぺい工作に四苦八苦したというのに、どうするんだ、これ?」

と、愚痴をこぼした。

「…はあ、ただ幸いな事に、当時ヘッドセットをして直接戦闘に関与したこの二人以外の生徒は、具体的な内容までは詳しく把握してない事が調査の結果分かっています」

「じゃあ、この二人さえ口をつぐんでおってくれればよいのだな? で、どうするべきか?」

「そうですね、時代劇で言う所だと『そこまで知られちまっちゃあ、生きて返すワケにはいかねぇ』って、やつでしょうかね」

と、見た目の真面目で堅そうな印象からは想像も出来ない言葉が出てきて、私も幸っちゃんも、思わず「ヒッ!」と、声を上げてしまったんだ。

「冗談はよせ、十文字。で、このような場を設けた以上、何か策があるのだろ?」

そして、その言葉に強面の軍人さんは、とんでもない提案を始めたんだ。

「はい、大臣の許可さえいただければ、本日付でこの二名を私直属とし、私の第二諜報課内に分設する広報別室預かりにしたいと考えております。本業は学生ではありますが、同時に日本軍にも在籍してもらう形になります」

「…首に、縄をつけるという事か?」

「まあ、平たく言ってしまえばそうです。それなら守秘義務が生まれます故」

「…で、そんな新しい部署を作って、お前はその子達に何をやらせる気だ、十文字!?」

「そうですね、差し当たっては歌って踊ってもらいましょうか。かいつまんで言えば、次世代の日本軍のイメージガールです。赤いサマードレスなんか、とても似合うと思いますよ」

その、訳の分からないとんでも提案に驚いた私は思わずよろけてしまった。そして慌てて松葉杖でバランスを取ろうとしたのだけど失敗し、そのまま倒れそうになったんだ。

 ドスンという衝撃が鼻の頭に走った。すると、どこかで嗅いだ事があるようなタバコの香りがした。

「…そうそう、小町ちゃん。君は一つ大きな勘違いをしている。今回の事件の首謀者、軍事ブローカーのマイケル・ウォンと、君の思ってる人物はまったくの別人だ。長沼さんはそんなに悪い人じゃあないと思うよ、僕は。なんせ、あの戦場から君を救い出したのは彼だからね」

頭の上からそんな声が聞こえて慌てて顔を上げると、そこには十文字さんの顔があった。そして、にやりと上がった口角に私は見覚えがある事に気が付いたんだ。

「…諜報課の十文字君には、以前からマイケル・ウォンを追ってもらっていたんだ。今回も青空市での不穏な動きに対して事前に動いてもらっておったのだが、結果、間に合わずに君達を巻き込んでしまい、誠に申し訳ないと思う。なあ、十文字」

大臣が私達に向かってそう言うと、胸に顔をうずめていた私を真っすぐ立たせた彼は、かかとを打って敬礼をした。

「日本軍中尉、第二諜報課、十文字健吾であります。これからは、君達の直属の上司となる。…そうだな、さしずめバイト先の店長だと思ってもらえば、それでいい」

そう言うと、長沼さん改め十文字さんは、また口角を上げてニカリとほほ笑んだ。



             (三)

「それにしても、二人とも凄いよ!」

「うんうん、デビュー曲のPV凄く良かった!」

「今度、ドラマもやるんでしょ! 絶対見るから!」

そう言ってクラスメイト達が足早に通り過ぎて行った。私はどうにもまだ現実感がわかなくて、ついつい恥ずかしくなって鼻の頭を掻いた。新しくなった掲示板のポスターには、敬礼をする私と幸っちゃんが写ってた。


 カタカタと、足元のスノコを鳴らして渡り廊下を歩く。すると、新校舎への入り口に、見なれた学生服姿を見つけて私は思わず駆け出した。本当は、古傷が痛くてぴりりと痺れが走ったけれど、そんなのお構いなしで駆け出した。だって、あの日それが出来なくて、ずっと後悔していたのだから。

「リハビリが長引いたけど、何とか終業式には間に合った…のかな、これ?」

「ダメ! 全然遅刻だよ、もう一度一年生やり直し!」

「勘弁してよ佐倉さん、ちゃんと病院で試験受けたって!」

私達は歩き出す。新しい道を。皆が手を取って歩ける世界を探しながら。

雪がふる事だってあるよ。

土砂降りだってある。

でもいいじゃない、そういうものなんだから世の中は。

いつか春が来て、眩しい夏がやってくるんだから。

「三月になったね、佐倉さん」

「…うん」

「三月と言ったらひな祭りだね」

「…もう終わっちゃったけどね(笑)」

「ひな祭りと言ったら、僕達みたいだね!」

「…!? え!? なにそれ、意味分かんないよ!」

「桜と橘は、ワンセットって事だよ!」

「ダメ、やっぱり分からない!」


私達は歩いていく、一緒に。

明日に向かって。





                      移動砲台KOZAKURA(完)










原文:縦書き

   40文字×40行

   105項


   400字詰め原稿用紙換算

   420枚

   (話数間の空白ページを抜いた場合 400枚)

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