それでも魔女は溜息を吐く

 王立魔法女学園――王都のちょうど中央に位置する教育機関であり、貴族や資産家の令嬢が通うことで有名である。いわゆる、『お嬢様学校』というやつだ。王族の専属魔女や研究機関で働く魔女になることを夢見る女子たちが、日々勉学に励んでいる。


「やあロゼ、相変わらず生徒に毒吐いてるのか」


 『毒突の魔女』――ロゼルタ・ベルベットは、魔法研究の傍ら、そこで教鞭を振るっている。人と関わることを嫌い孤独に魔法と向き合ってきた彼女だが、王国にその才能を買われ、講師としてのスカウトを受けた。


 もちろんロゼルタは毒を吐きながら断ったのだが、国からの要請ということもあり、最終的には押し切られてしまった。給料はたんまりと寄越すこと、自分のやり方に口を出さないこと、その二つを了承させ、渋々『実技魔法学』の講師となったのだ。


「バロン、あんたまた来たの? 王国騎士団とやらも随分と暇してんのね。女の尻を追ってるだけで給料貰えるだなんて、楽な仕事ね」

「はっはっは、羨ましいでしょ。特に女子学生の尻は――」

「嫌味で言ったのよ、マジに尻を追って来てるとは思わなかったわ」


 魔女のすべてでもある杖を忘れた女学生に毒を吐き、学生が泣きながら教室を飛び出してもなお、平然とロゼルタは授業を続けた。終始講堂内は小さなざわめきに包まれていたが、毒突の魔女には関係のない話だ。


 授業終了のチャイムが鳴ると同時、ロゼルタは講義を早々に切り上げて講堂を出た。すると、高い天井から降り注ぐ光が反射する大理石の踊り場で、見飽きた顔がロゼルタを待ち構えていた。


「『毒突』の二つ名は伊達じゃないね。でも感心しないなあ、可愛い女子生徒を泣かせるだなんて。綺麗した化粧が落ちてしまっていたよ」


 王国騎士団四番隊所属――バロン・バルバロッソ。


 騎士団の制服に身を包む彼の腰に携えられた剣には、隊の長であることを示す紋の入っている。ロゼルタよりも伸びた金色の髪、装飾がじゃらじゃらと鳴る耳、着崩した制服。相変わらず、どこをどう切り取ってみてもが騎士団の団長には見えぬ軽薄さだと、ロゼルタは思う。


「あんたも相変わらず軽薄と言うか、チャラいというか、馬鹿というか」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「脳無しというか、貞操観念皆無というか、下半身だけで生きてるというか、歩く生殖器というか」

「お褒めに預かり狂喜乱舞」

「貶し甲斐がないのも相変わらずだわ」


 ロゼルタとバロンの二人は、幼馴染、腐れ縁、昔からの顔なじみ――そんな関係である。バロンは偵察という体でこの女学園に訪れることが多く、ロゼルタが講師となってからは顔を突き合わせることも多くなった。


 毒を吐いても、悪態をついても、突き放しても、バロンはその嫌らしい微笑みを崩すことはないので、ロゼルタは勝手に苦手意識を持っている。ただ、『毒突の魔女』としてありのままの彼女を受け入れている人物が彼ただ一人なのも事実だ。


 そういった事情や、昔からよく知っているということもあって、拒絶するまでには至らない。学園で顔を合わせれば、ロゼルタは毒を吐き、バロンはその毒をそのまま飲み干す――そんな関係が続いている。


「そんなしかめっ面で毒を吐かないでよ、ロゼ。可愛い顔が台無しだよ?」

「また口八丁を。そんなことばっかり色んな女に言ってるとね、あんたいつか刺されるわよ――」

「きゃあああ! バルバロッソ様!」


 大きく溜息をついて肩をすくめ、効かぬとわかっている毒を吐こうとしていたその時、ロゼルタの毒を遮る甲高い声が廊下の先から聞こえてきた。


「え!? 騎士団長様が!?」

「本当よ! バルバロッソ様がいるわ!」

「きゃああああ本物よおおお!」


 すると同時、その声に共鳴するが如く周囲から幾重にも黄色い声が飛び交い、多くの女学生がバロンの周りを取り囲む。忌み嫌う『毒突の魔女』がいることなどに女生徒たちは目もくれず、あっという間に二人の周りには人だかりができた。


 きゃあきゃあと騒ぐ学生たちに、バロンはいつもの調子で軽々しく返事を――


「ご機嫌よう、皆さん。今日も学業お疲れ様です。このような優秀で元気な若者たちがいれば、この国も未来も明るいですね」


 ――しなかった。


 いつもの嫌らしい笑みはそこにはなく、ただただ爽やかな笑みをバロンは浮かべ、小奇麗な言葉を並べてみせる。誰もが思い浮かべる、王国騎士団団長の正道を往く清く正しい姿がそこにはあった。


 バロン・バルバロッソは、市井の女性陣に絶大な支持を得ている。曰く、『若くして騎士団長にまでなったスマートで容姿端麗で文武両道かつ聖人君子の完璧超人』とのことだ。


 いったい誰のことを言っているのだろうと、ロゼルタは思う。


「申し訳ない。私はこれからベルベット先生と話があってね。君たちと楽しくお話したいところではあるのだが、また別の機会にしてくれないだろうか」


 ただ、バロン・バルバロッソという男は、昔からこうだった。

 本音と建前とを使い分け、世を上手く渡ってきたのだ。真実の顔をひた隠し、愛想を振りまいて、周囲からの信頼を獲得してきた。


 自分とは真逆だな――ロゼルタは、その事実をまざまざと見せつけられたような気になって、思わず溜息を吐いた。

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