第2話 『マキナ・アイ』

 防衛省直下の治安維持組織として公安局という機関が存在する。様々な人間の思惑が渦巻くこの大都市において、政府の定めた法の効力を確かなものとする、いわば警察としての役割だ。

 実際のところ、時代の流れか必要に迫られてか公安局の持つ権力は大きく、治安維持の為なら大体の無茶は黙認されていた。



「秋斗、ご苦労!」


 秋斗が公安局に戻り装備品を片付けていると背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。気だるげに後ろを振り向く。


「何だ、蓮」


 そう言って、あからさまにため息をつく。


「いやぁ、相変わらずつれないないな、」


 秋斗のすげない態度にも構わず肩をバシバシ叩いてくるのは長身で茶色の髪の毛をした青年、月野木蓮だ。歳は秋斗と同じ19歳。見ての通り言動がチャラくて見た目もチャラい奴だが、これでも秋斗とバディを組む公安局・特殊制圧部隊の保安官である。


「お前の距離感が近すぎるんだよ」


 蓮のこれは出会ってから変わらないので半ば諦めつつ適当にあしらっておく。蓮は苦笑を浮かべたが、


「ところで秋斗。また、外出中に緊急招集がかかったんだって?」


 大変だったな?、と心配をしてくる。


 いつもはあれだが、たまにこういう人の心配ができる辺り根は真面目なのだろう。命を預け合う仲間としては申し分のない奴だ。


「ああ、でも今回はRMAを着ていたし、御縁さんが車で送ってくれたから」

「それでか、今日は局長の機嫌がいいと思ったぜ」


 RMAとは、『Reinforced Muscle Armament』 、強化筋肉兵装の略称である。公安局の技術班によって開発され、その内部には人の神経に伝わる電気信号を読み取る素子とそれに基づいて動作する特殊な極小バネが組み込まれている。これにより、秋斗達はあらゆる場面において常人を超えたパワーを発揮できるというわけだ。

 

 ちなみに局長の機嫌云々は、車で送迎してもらえないと連絡を受けた秋斗は現場まで高速道路を自分の足で走って行くはめになり、後からお偉いさんから苦情が来て局長の機嫌が悪くなるというという仕組みなのだが……


 それはともかく、

 

「どうやら、『マキナ・アイ』の整備中を狙って自動運転システムにクラッキングが掛けられたらしいんだ」

「へぇ、あの堅固なセキュリティの隙を突いたのか。逆に凄いな!?」

「『マキナ・アイ』自体がやられたって訳じゃ無いけどな。でもまあ、メンテとか込みであらゆるシステムへの犯罪利用を防止するってのが『マキナ・アイ』の理念だから同じことだな」


『マキナ・アイ』はあらゆるシステムが自動化されるようになったこの時代にその犯罪利用を防止する為に作られた、巨大なセキュリティシステムだ。確か防衛省主導のプロジェクトで、東京を代表する大企業、宝永グループが管理・運営を任されていると聞いているが……

 

 秋斗が思考に耽っていると、蓮が突然、思い出したように口を開く。


「あっそうだ俺、局長に秋斗を呼ぶように言われてたんだった!」

「おいっ!」


 少し前まで、こいつを信頼できるだなんて考えていた自分を殴りたい。きっと局長は業を煮やして待っていることだろう。秋斗はすぐさま踵を返して局長のいる執務室へ向かうのだった。





「すみません。遅れました」


「秋斗か。遅かったな」


 予想はついていたことだが、局長の機嫌は芳しくなかった。


 公安局局長、赤城潤一郎。

 頰に傷跡がある短い黒髪の男で『真面目・熱血』という言葉がよく似合う一切の妥協を許さない人物だ。


 それは任務中だけでなく、普段の仕事にも当てはまるわけで。少し乱れた呼吸を整えながら秋斗は局長の方を見る。


 いつもと変わらぬ表情に見えるが、秋斗にはわかる。目が笑っていない、これは「怒」だ。

 放っておけば秋斗が来るのが遅かったことに対して様々な『指導』を受けるはめになるだろう。しかし今回に関しては秋斗に非はない。

 むしろ、


「蓮が局長の伝言を伝え忘れていまして」


「そうか。ならばあいつにはこの間の事件の報告書をみっちり作成して貰う事にしよう」


 局長の言葉に、秋斗は苦笑を浮かべる。今日の任務とは別件だがあの時は犯人がかなり抵抗して被害が拡大したので色々と事態ややこしくなったのだ。報告書の作成は骨が折れることだろう。自分から切り出したこととはいえ、さすがの秋斗も蓮に同情を禁じ得なかった。

 まあ、彼の自業自得であるとは思うが。


 局長はたった今一人の保安官を徹夜送りにしたのにも関わらず、淡々と用件を進める。


「それでだ。お前を呼び出したのは他でもない今回の事件についてだ」


 そう言って局長は一服して一息ついた。


「先程宝永グループの担当者から連絡が来てな、先方は今回の事件をかなり重く受け止めていると。それで公安局に事件の話を聞きたいと言ってきたのだ」


「そうですか。それを俺にと?」


「そうだ」


 そう言って局長は小さな紙切れを渡してくる。このご時勢に紙を使う人間は局長くらいなものだが秋斗は何も言わずに受け取った。


「これは?」


「 向こうの連絡先だ。時間のある時にかけてやれ」


 紙切れには15個の数字で構成された固有通信番号が書き殴られていた。


「分かりました」


「頼むぞ」


 そう言って局長はどっかりと椅子に座り直し煙草を吹かしなおす。話はこれ以上だと言わんばかりだ。


 これ以上ここにとどまって仕事を押し付けられても面白く無いので、秋斗は一礼して執務室を退出した。



 いつでも良いと言われたが今日中に連絡をした方が良いだろう。そんな事を考えながら、秋斗は帰宅の準備に向かうのだった。






 秋斗に今の職を与え身の回りの世話をしてくれたのは前の公安局局長、九重政宗だ。少しこわもてでグレイヘアの貫禄のある男である。


 彼は現在、防衛省の事務次官として国防の要を担っており、昔の恩もあって秋斗はつくづく頭が下がる思いだった。実際の所、本人は無口で感情を表に出さないタイプなのだが、全身からあふれるオーラは局長時代から既に備わっていたといえる。

 そんな局長は秋斗に住居も与えてくれたわけだが……



 超高層マンションの一角。夜も更ける頃に部屋の秋斗は帰ってきた。

 窓から街の光が差し込んで、幻想的な風景が浮かび上がる。

 

 帰宅した秋斗は冷蔵庫に保存しておいた清涼飲料を手にとり、局長から手渡された紙切れを取り出してそのままソファーに腰を下ろした。


「宝永グループか」

 

 秋斗のもと居た時代には聞いたことが無かったが、この時代では日本を代表する大企業である。


「連絡、と」 


 秋斗は壁に向かって声を掛け、同居人とも言える生活支援AIを呼び出した。


「シラビ! 起きてるか」


『はい、シラビはいつもバッチリ目覚めてます』


 部屋全体からどこからとなく返事が返ってきた。中性的な声が何処か人間離れした感覚を与える。


「この番号に接続してくれ」


 秋斗は紙を掲げて『見える』ようにした。


『承知しました!』


 しばしの接続音の後、通信がつながる。


「宝永システムテクノロジーズ、『マキナ・アイ』事業部、システム管理室です」


 機械的な音声が流れ、つらつらと組織名が告げられる。


「公安局、特殊制圧部隊所属の月城秋斗です。今日の新宿での車両暴走事件の件で連絡しました」


「ーー伺っております。今担当者におつなぎしますのでしばしお待ちください」


 人間のそれと遜色ないそれで案内がなされ、秋斗が小さい頃からよく知るクラシックが流れてきた。


 いつもの事ながら、偉人の功績は1000年の月日が立とうともこうして受け継がれることに感慨を抱く。強固な記録方法が発明された今、本当に凄い業績を残した人間は人類が存続する限りこうして歴史に名を残していくに違いない。


 そんなことを考えつつ待っていると、しばらくして件の『担当者』とつながった。


「もしもし、担当の宮水と申します」


 予想に反して、女性らしい高い声が聞こえて秋斗は驚く。実際の所この手の役職は何年も勤め上げた4,50代の男性が多いので素直に意外に思ったのだ。


「公安局、特殊制圧部隊所属の月城秋斗と申します。今日の新宿での車両暴走事件についてですが…」


「はい、その件で先ほど公安局の方にお伺いしました。実際に事件の場にいらした方、ですよね?」


「そうです」


「連絡してくださってありがとうございます。早速ですが、制御を奪われた貨物車両について当時の状況を教えていただけないでしょうか?」


「わかりました。まず暴走車両ですが3両あって、それぞれが……」


 秋斗は要望通り、自分から見た事故状況を正確に伝えていった。


 どれ程科学が発展しようとも所詮は人間が起こした出来事。つまり、こうした地道な検証と考察が事件解決の手がかりになるというのは秋斗もよく知るところであった。


「………と、いうわけでとりあえず俺は後輪を破壊して強制的に貨物を止めたわけですが……もしかして対応に問題がありましたか?」


 あの場でタイヤを切り裂いて車を止めるという強引なやり方は客観的に見ると愚策だったのかもしれない。急に不安に駆られた秋斗だったが、


「いえ、迅速で被害も抑えられましたし。あの貨物車両が乗っ取られて脅威となるのはその走行機能だけです。何か危険なものを積んでいたわけでもありませんし、自走さえできなくすれば、あなたの判断で間違いなかったと思います」


『担当者』さんのお墨付きを貰う。


「ならよかったです」


「それよりも問題なのは、トラックに搭載されていた『マキナ・アイ』のメンテナンスのことを犯人が把握していたということです」


「せっかく強固なセキュリティシステムを作ってもそれがメンテで使えないに攻撃されるんじゃ意味がないですからね」


「そうです。『マキナ・アイ』は完璧なセキュリティシステムとして世に送り出されました。例えシステム自体の欠陥でないにしろ今後このようなことがあってはなりません」


『担当者』は意気込んでそう述べる。


 これはセキュリティシステム全体の信用に関わる問題であり、『担当者』として大きな悩みの種であるのだろう。秋斗も仕事上幾らかの責任を帯びた身であり、職種が違えどその焦燥感は理解できた。


 しかし、

 そもそも『マキナ・アイ』自体、本当に完璧なセキュリティと言えるのだろうか。


 秋斗もといた時代でも、おぼろげながら仮想通貨の巨額流出、などといった事件が報道されていた記憶がある。どれだけ技巧を凝らしても完璧なセキュリティなど存在し得ないのでは無いか? その過信によって対策を怠った結果今回の事件が起きたのではないか。根底の部分で疑念は尽きない。


 ふと頭に浮かんだ疑問を秋斗はぶつけてみたくなった。


「それは、100パーセントでは無いです」


 一瞬間が空く。


「でも、99パーセントの安全は確保出来ると思います」


「『マキナ・アイ』。弊社の開発したこのセキュリティシステムは、あらゆる機械システム、ネットワーク上のプログラム群などを対象にその動向を監視、異常や予期せぬ動作が検出された場合、予め決められた手順で機械システムを強制停止させると言うものです。つまり、」


「外部からの不正な干渉に対しては一切の猶予与えず締め出してしまう」


「そう。だから被害を未然に防ぐことが出来る。唯一問題があるとすれば、今回のような、システムとは直接関係しない部分でしょう。もちろん、弊社はその部分も対応しいずれは完全なセキュリティシステムを構築していきたいと思っています」


 例え完璧なシステムがあったとしてもそれを使う人間に不備があれば、防御はいとも簡単に破られてしまう。今回の事件はそこが露呈してしまった形だろう。


「すみません、なんか途中からムキになっちゃって」


「いいえ、少し俺も意地悪な質問をしてしまいました。それより他に聞きたいことは…?」


「そうですね。今はこれ以上は特にありません。一度持ち帰って整理したいと思います。警察の捜査結果も後で提出されるでしょうし。今日はありがとうございました」


「お安い御用です。また何かあったら連絡をください」


 秋斗もお礼を返し、接続を切る。そのままどかっとソファーに寄りかかった。


「99パーセントのセキュリティを誇る、か」


 担当者の言葉が脳裏にちらつく。ならば残り1パーセントはヒューマンエラーを発端とする不備。


 どれだけ技術を凝らしてもそれを扱う『人』までは変わらない。それに気づかず慢心し、気付いた時には取り返しのつかない大惨事が起こってしまう。


 ーーーそれは人が負った宿命なのかもしれない。



 急な眠気が秋斗を襲い、ソファーの上で微睡む。

 ちゃんとベットに行かないと首、寝違えるかもな……


 一抹の不安が頭をよぎるも、睡魔に屈した秋斗は意識を手放した。


『おやすみなさい、アキトさん』


 ーーーただ煌々と輝く、眠らぬ街の街明かりだけが秋斗の顔を照らして見ていた。

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