02.人魚もどき
人魚というのは、美しい生き物だ。
人間はそう思っているし、人魚自身も、自分達が美しい生き物だと自覚している。
だから醜い人魚は、人魚ではないのだ。人魚として生まれた、別の何か。
それが、私だった。
人魚ならば、下半身は魚の尾だ。鱗が七色に輝く尾。海の中で流星のようにきらきら輝く――しかし私の鱗は、生まれながらにくすんでいて、色も汚らしかった。どれほどかというと、他の人魚が汚らわしいものを見たときに「人魚もどきの色」と、私に例えるほど。
加えてこの尾の鱗は、少し動けば痛みを伴いながらぽろぽろと剥がれ落ちる。人魚もどき、と言われるもの仕方がなかった。鱗が剥がれた私の姿はより醜悪で、人魚のような姿をしたおぞましい何かに違いなかったのだから。
他の人魚からは、これが呪われているからだとか、病気だとか、うつるのだとか言われた。私自身、何故自分がこうなのかはわからない。皆の言うとおりなのか、はたまた本当に人魚以外の何かとして生まれたためにこんな見た目なのか。そうであったとしても、どうして痛みを伴うのか。
人魚の世界に、醜い「人魚もどき」の居場所はない。私は明るい海底にあった人魚の国から迫害されるまま出て行き、着いた先が沈没船だった。暗い海底の崖の上、そこにぎりぎり乗った大きな古い船。もう少しずれていれば、崖の下の深淵に落ちていただろう。そこへ逃げ込み、私は見つけたのだ――魔術書を。
いつここに沈んだのかわからない船。けれどもそこで見つけた魔術書は、一ページも破けていなく、またインクも滲んではいなかった。今思えば、この魔術書自体に何かしらの魔法がかかっていて、綺麗に残っていたのだろう。
初めて目を通したとき、ひどく難解ですぐに読み解くことはできなかった。それでも、私は一つの希望を手に入れた気がしたのだ。この魔術書を読み解いて、魔法を使えるようになれば、私もちゃんとした美しい人魚になれるかもしれない。この醜い姿から生まれ変わり、明るい海を他の人魚達と同じく泳げるかもしれない――。
しかし、魔術を学んでも、理想の姿になる術は得られなかった。
私の尾は、何をしても醜いまま。何をやっても効果がなかった。病を治す魔法、呪いを解く魔法、その全てが効果を出さなかった。
願いを叶える力を、手に入れたと思ったのに。病を治す、呪いを解く、つまり「正す魔法」でも姿が変わらなかったということは、この汚く痛みを伴う尾は、これで正しいということなのだろうか。もしそうならば、私は本当に「人魚もどき」として生まれたのだろうか。魔法でも、私の願いは叶わないということだろうか。
――いや「願いを叶える力」は、確かに手に入れたか。
あの人魚もどきが不思議な力を手に入れた、と、どこから広まったのかわからないけれども、その力を求めて、この沈没船に時々人魚が訪れるようになった。畏怖しながら、あるいは軽蔑しながら。それでも彼らは、願いを口にするのだ。
気に入らなかった。あれほどに私を貶したのに。
それよりも気に入らなかったのは、私の願いは叶わないのに、彼らの願いは叶えられてしまうこと。
何故。私は助かりたかった。しかし助からなかった。でも彼らを助けることはできる。
願い事をしに来た人魚の大半は、追い払った。あまりにもかわいそうな人魚の願いだけは、叶えてあげた。助けてほしい、その気持ちはわかるから。ただ、叶えてあげたのは、ごく一部だけ。
やがて「人魚もどき」と呼ばれていた私は「魔女」と呼ばれるようになった。沈没船に住まう魔女。その姿はあまりにも醜く、機嫌を損ねると呪われてしまう、恐ろしい力を持つ意地悪な魔女――。
でもその魔女が、一人沈没船で自分の醜さと望み通りにいかない世界に苦悩しているなんて、誰も知らないのだろう。
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