第8話 おはよう、おやすみ、いただきます

 サモちゃんと出会って二度目の春が来た。

 今日は久しぶりに私とサモちゃんの休みが被っている日だ。

 お互いの出勤日に印をつけたカレンダーを見たサモちゃんに「去年は引っ越しでバタバタしてたからお花見しようよ」と誘われて二つ返事でOKしたのは一週間くらい前だった。

 幸いなことに晴れの日が続いた。

 今日は朝から絶好のお花見日和だから、朝から一緒にお弁当を用意した。私もサモちゃんに教えてもらい玉子焼きを作ってみた。出来上がりは不格好ではあったが、サモちゃんは美味しそうだと言ってくれたので、これから上達していこう。

 「エマノンで出してるデザート、結構好評だよ」

 「良いことだね。でも女の子のお客さん増えそう。サモちゃんナンパされてない?」

 「されても彼女がいるってしっかり断ってるから大丈夫だよ。おねーさんもしかしてヤキモチ?」

 「うん、あんまりちょっかいかけられたくないなって」

 どうやら私は一人前に他の女性に嫉妬しているらしい。我ながら驚きだ。

 嫉妬深い女は面倒くさくないだろうかとサモちゃんを見ると、嫌な顔をするどころかニコニコしながら新しく買った大きめの弁当箱におにぎりや私の作った玉子焼き丁寧にを詰めている。

 「なんで笑ってるの?」

 「んー? 僕はおねーさんにちゃんと愛されてるんだなって。ほら、去年の夏にも似たようなことがあったけど、あの時は気にされなかったし」

 「当時と比べて気持ちの変化があったんだよ」

 「悪い変化ではないと思うよ。とりあえず僕は嬉しいし」

 サモちゃんがそう思うならそれで良いのかもしれない。私は彼の嬉しそうな声を聞きながら、用意をしていた水筒に水出し緑茶を注いだ。



 穏やかで優しい日々。そんな日常のやりとりは、全部を覚えてられずいくつかは記憶の片隅に置き去りになってしまうかもしれない。

 だが、そういう日々の積み重ねを二人でしていけたら、きっと何か些細なきっかけで、それこそお茶の香りを嗅いだ時や玉子焼きを焼く瞬間に「こういうことがあったね」と思い出して笑い合うことが出来るだろうから怖くはない。

 窓から差し込む日だまりに照らされたサモちゃんを見てふっとそう思った。





 公園に着くと、桜は満開だった。こういう時、土日は人が溢れかえるのだろうが今日は平日だからさほど人は多くない。平日に休みがある仕事の特権を存分に使わせてもらおう。

 「来年も、その先もこうやってお花見に行きたいね」

 サモちゃんは桜を見つめて笑った。桜の花びらが舞い落ちるのを見上げる目が、キラキラしていて愛しく思えた。

 私は「これから先もよろしく」と言いながらサモちゃんの写真を撮った。

 「もー。なんで写真撮るの? 消すからスマホ貸して」

 「駄目。これも思い出作りの一環だよ。ほら見て、綺麗に撮れた」

 「仕方ないなぁ。じゃあ僕もおねーさんのこと撮るからね。頼まれても消さないよ」

 「分かった。いつ撮られるか分かんないし、間の抜けた顔しないように気を付けるよ」

 それに対してサモちゃんは「どんな顔しててもおねーさんは可愛いから安心して」と笑った。


 “一人でも生きていける”


 それは時代が進んで考え方がアップデートされてきた現代では、強がりでもなんでもないただの事実そのもの。

 私自身もそんな「おひとりさま」を極めていた今までの人生は悪くはなかった。

 だが、棚からぼたもちなんてことわざのように、愚痴からサモエドみたいな大きくて優しい人と出会えた。そんなこれからの自分の人生も捨てたものではない。

 「おねーさん、日当たりの良い場所見付けたよ。そこでお弁当食べない?」

 サモちゃんが私を呼ぶ声がしてハッとした。サモちゃんは少し先にある桜の木の下を指差している。

 「良いね! じゃあレジャーシート準備するよ」



 『運命の人』なんて言葉は特に信じてないが、私が大切だと思える人が隣で笑っているから今はそれだけで十分だ。

 暖かな春風が髪を撫でるのを感じながらサモちゃんが差し出した手を取り、桜の花びらが敷き詰められた地面に大きく一歩踏み出した。

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愚痴からサモエド 笹ノ間 まくら @makura_sasanoma

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