第26話 飛んだ

 青く透き通るような海の上に、景観ぶち壊しのプレハブ小屋と巨大な工場が浮かぶ。


 さらにその上に五機の幻装少女が立っている。もちろんリバイバーズの面々だ。


「ではみなさん、作戦通りにお願いします」


 アメリの操る幻装少女ジャンヌ・ダルクは、一人翼を広げて飛び立った。


「つーかサメっつっても、所詮はデータだろ? そこまで再現されてんのか?」

「以前ラミアと闘ったときも、蛇の特性が色濃かった。なら今回も可能性はあるだろう」


 そう言いながらローグはスキルでなにやら赤い液体が入った巨大な袋を作り出した。


 そしてそれをナイフで破り、液体を海に流し始める。


「もっとも、サメが血の匂いに敏感というのは、デマという話もあるようだがな」


 そう、いまローグが流しているのは血液――によく似た液体である。


 アメリの立てた作戦はこう。


 まずローグのスキルで大量の血液のような液体を作り出し海に放出。これでサメをおびき寄せる。


 アメリは上空からサメの位置を探り、発見次第海へ突入。


 自らを餌にしてサメを四人がいる地点まで誘導し、近くまで来たら再び空中へ移動する。


 さらに事前にローグのスキルを再び使って幻装少女型の爆弾を作り、リクテンマオーのワイヤーに括り付けて海の中に入れる。


 サメが爆弾の方に喰いついたところで、残った四機でサメを釣り上げて起爆。


 さらに空中ないし陸地に上がったところを五機のビーム兵器で集中砲火を浴びせて倒す、というものだ。


                  ※


「……アレですね」


 探索開始から数分後、アメリは赤い液体に近づく巨大サメの影を捕捉した。


 海から飛び出た三角の背びれ。なにより透き通るような青い海だからこそよく見える黒い影の大きさから、正面から挑むべき相手ではないことを実感させる。


 アメリはフェザービットの一つを分離し、空に向けて放った。


 これは四人にサメを発見したという合図を送るためだ。


 さらにここから十数秒の間隔でこの合図を放ち、彼女の居場所と生存確認の役割も持つ。


(海から引きずり出したとしても、あの巨体で暴れられたらタダでは済みませんね。しかし、海中ではなおのこと不利……! ならやはり……)


 アメリは覚悟を決めて海の中へと飛び込んだ。


 サメの黒く虚ろな両目がジャンヌ・ダルクを捉えた。


 すぐさまこの白い幻装少女を捕食しようと口を開けて突進してくる。


「くっ……!」


 アメリはこれをかろうじて躱した。


「空域殲滅型の機動性は高機動型とほぼ互角。いくら海中とはいえ、ギリギリだなんて……!」


 四人の元へ合流しようと、すぐにその場を離れる。


 そして目論見通りサメも追いかけてきた。


                   ※


「クソッ! まだ距離があるか……!」


 一方のアインたち。


 アメリの目印のおかげでローグ以外にもおおよその位置はわかるが、まだワイヤーの届く範囲ではない。


「落ち着け。釣りは忍耐の勝負だ。焦れば全滅する」

「いやそれはいいけどよ、なんで餌の爆弾が俺の幻装少女似?」


 海中の餌幻装少女は一分の一スケールのMUSASHIマーク2である。


「サイズ的にも丁度いいし、肉もよく見えるからな」

「チクショー、コイツだけ夏休みの国語の宿題十倍ぐらい出しときゃよかった」

「! 見えてきました!」


 肉眼でも確認できる距離まで、ジャンヌ・ダルク、そしてサメが近づいてきていた。


「アメリ、もういい! お前は上に逃げろ!」

「いいえ、まだです! スピードなら僅かにですが分があります! 私を取り逃がしても、すぐ餌に気づく距離まで……!」


 そして餌から三十メートルほどの距離で……。


「ここっ!」


 白い幻装少女はほぼ垂直に空へと飛翔した。


 サメもそれに合わせるかのように海上へと顔を出す。


 さらに勢い余って一本釣りされたカツオのように身体のほとんどが海から出ていた。


「しめた! これなら……は?」


 しかしサメはそのまま海を出てジャンヌ・ダルクを追って空中を泳いだ。


「「「「飛んだあああああああああ!?」」」」

「B級のサメ映画か?」


 サメ、というよりサメを超越したなにかは、四機の存在など気にも止めずジャンヌ・ダルクを追い続ける。


「離れろこの野郎!」


 アインはワイヤーを振り回して餌にしていたMUSASHIマーク2爆弾を投げた。


「テメーら担任の扱い雑ゥ!」


 ともあれ彼らの予定とは狂ったがサメの横っ面で大爆発が起きる。


 しかし煙が晴れるとサメはほぼ無傷な上に、下にいる四機をジッと見つめていた。


「こ、こっち見てますよ!?」

「予定通りだろ! それに空を飛ぼうが関係ねぇ! コイツが効くようになったんだからな!」


 リクテンマオーの鎧にある鬼の口が開く。


「魔の獄炎!!」


 巨大なビームがサメへと放たれた。


 しかしサメは向かってきながらこれを避ける。


「なっ!?」


 さらに今度はサメの方がまだ距離があるにもかかわらず口を開いた。


 そして次の瞬間、サメの口から水色のビームが放たれた。


(ビーム!? いいえ、アレは高圧縮された水流!)


 一発目は四人全員が躱すことが出来たが、二発目、三発目が来ないとは限らない。


「皆さん! 私の後ろに!」


 ハルの声で男衆三人がアルフレッドの巨体に隠れた。


 その直後、ハルはバリアを発生させる。


 ビーム攻撃すら防げる数少ない手段の一つ。流石に水流ではビクともしない。


 サメはとうとう食らいつきながらの突進を行うが、これもアルフレッドが少々ぐらついただけで四機はダメージを受けずに済んだ。


 『四機は』。


 弾かれたサメは彼らの足場――格納庫の中に突っ込んでいった。


 数秒後には突っ込んでいった所とはまた違う箇所から出てきたが。


「ああっ!?」


 ハルが悲痛な声を上げた。


 さらに周りを見渡すと、跳ね返した水流で格納庫は半壊していた。


 転生してからはロボやメカにどっぷり嵌まっていたハル。彼女にとってバーチャルとはいえ巨大メカに触れられる格納庫は最大の楽しみだった。それが壊されるということは……。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ハルを怒らせるのに充分だった。


 アルフレッド・ノーベルはチェーンソーとドリル以外の全ての装備を外し、もの凄い勢いでサメに飛び乗った。


「死いいいいいいいいねえええええええええぇぇぇ!!」


 怒りの声と共にチェーンソーとドリルを深々と背中に突き刺していく。


 サメは空中をのたうち回りながら、再びプレハブ小屋と格納庫に突っ込んでいく。


 しかし今度はリクテンマオーとMUSASHIマーク2がそれぞれ剣と刀を構えていた。


「ここを買うって決めたのは俺たちだ! 最後はキッチリ責任取らねぇとなぁ!」

「三枚おろしなんざやったことねぇが、とりあえず三等分すりゃいいんだろ!」


 二機の刃が左右から巨大サメを口先から真っ二つにしていく。


「「はあああああああああっ!!」」


 サメは文字通り三等分され、海へと沈んでいった。


「ふぅ……! ふぅ……! ……うぅ……私たちの格納庫が……」


 サメから降りていたハルは正気を取り戻し、無残な姿となった基地に嘆いていた。


「そんなに落ち込まないでください。折角こんなに広い土地が手に入ったんです。今度はより立派な基地と工場を作ればいいじゃないですか」


 空中から降りてきたアメリがそう言って慰めた。


「ま、これでこの海の脅威は無くなったわけだし、今日の残りはここでバカンスでも――」


 しかし言い切る前にリクテンマオーは謎の触手によって海に引きずり込まれた。


「アインさん!?」


 一瞬の出来事に四人が驚く間に、アメリたちも背後から忍び寄ってきた触手によって海の中へと消えていった。


                   ※


「エネミーが……他にも……!?」


 それは上半身が裸の女、下半身がタコだかイカだかよくわからない生き物の怪物だった。


 おまけについさっき倒した巨大サメの倍以上の巨体である。


「海で触手って、少年漫画のお色気マンガぐらいだろ、こういうトラブルは!?」


 怪物は不気味な笑みを浮かべながら、捕らえた五機をさらに深海へと連れ込んでいく。


 徐々に彼らの幻装少女の装甲がミシミシという音を立てながらひしゃげ始めた。


「このままでは機体が圧壊して……!」


 アメリはなんとか脱出、そして倒すための策を練ろうとするが、全員身動きが取れず、もがくだけだ。


(なにか……なにか手は……!)


 すると怪物よりもさらに下――深海でなにかが光った。


 次の瞬間、ソニックブームを起こしながら怪物を貫く幻装少女の姿が、そこにはあった。


 人のような見た目をしているが、手足の水かき、ヒレのような耳、鱗を模した鎧から、おそらくは半魚人だろう。


(しかしそれより、水中でもビームの出力を維持できているあの三叉槍トライデント……。それにいまここは私たち以外の戦闘行為が不可能なはず……!?)


 アメリが思案する中、怪物はいまの一撃で倒され、触手からも力が抜けて深海に沈んでいく。


「おっと、ここからは企業秘密だ」


 半魚人幻装少女から野太い声が聞こえてきた。


 そしてなんと槍を高速で振り回して渦を発生させ、アインたちを海中から放り出したのだった。


                  ※


 砂浜にいたリバイバーズの面々の前に、海から生身で出てくる男がいた。


「アンタ、ヌーディストビーチだったときに来てたおっさんか」

「『ユニバース』の幹部アクアだ」


 ユニバース――AGF最強の部隊、それも幹部だと名乗る男に、全員が警戒した。


「そうピリピリするな。さっきだってあのバケモノを倒してやっただろ。まぁアレはお前らの海を楽しませてもらった礼だが」

「礼って言うんなら、一つサシで勝負しねぇか?」


 しかしアインのこの申し出は、あっさり断られた。


「悪いが、勝手にやり合うと上の三人が煩いんだ。それにお前らが束になってかかっても、『俺たち』には勝てない」


 そう言ってアクアは豪快に笑いながら去っていく。


「ま、俺たちに挑みたいなら、『ラウンズ』に『アースガルズ』に『マアト』、それとなんて言ったっけか、あの新しく作った派生部隊……あぁそうだ『誠の旗』! コイツらには最低でも勝てるぐらいじゃないとな! ハッハッハ!」


 こうして五人だけがビーチに残った。


(……上等だ!)

(いまのでアインさんも余計に焚きつけられたようですし、さっき名前が挙がった部隊をどう攻略するべきか考えておいた方が良さそうですね)

(次のターゲットが決まったか)

(派生部隊……そんなものが出来るぐらい巨大な相手と、きっともうじき闘わなきゃいけないんですよね……)

(つーか俺このビーチでエロい幻装少女見るまでいるって条件だったけど、切り出せる雰囲気じゃねぇな。どうしよ……)


 それぞれが思いを胸に秘め、しばらく波の音だけが聞こえた。

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幻装戦記リバイバーズ~最強勇者一行が転生してVRMMOメカ少女ゲームで再会しました~ ゼンタロー @kuchinuno

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