第9話 妖精王
風を追いながら進むにつれて、あちこちから風が一方向に向かって吹き込んでいるのが感じられるようになってきた。風が一か所に向かって吹き込んでいるという予想は当たっているようだ。それが本当に≪妖魔の花≫に向かって吹き込んでいるのかは断定できないが。
「うわぁ、本当にあちこちから風が吹き込んでるよ」
「こんなの自然現象ではまずありえませんね」
「これはもうアタリだろ」
「まだ確定はしてないけどね、十中八九当たりだと思うわ」
あちこちから風が吹き込んでおり、ディアナたちの周辺はかなり風が強くなってきている。不思議なことに、風が強くなるにつれてだんだん魔物とは遭遇しなくなってきた。
「なんか、全然魔物に会わなくなってきたな。マジでラスボスに向かってるんじゃね?」
「ラスボスだなんて縁起でもない。いるとしても核を守るガーディアンだろうけど、≪精霊の花≫のときはそんなのいなかったし……」
警戒は怠らないながらも魔物が全然出てこないので余裕が出てきた。四人は軽口を飛ばしながらもどんどん進んでいく。
進むにつれてますます風が強くなっていき、やがて衣服がばさばさと音を立て、気を抜くと体がよろけるほど風が強くなった。
そしてある一線を超えた瞬間、風がぴたりと止まった。
不思議に思い、強すぎる風で細めていた目を開いて前を見据えた瞬間、その目は大きく見開かれた。
「なに、アレ」
「……これはさすがに異常、だよねぇ」
あれほど強かった風がぴたりと止まったその空間には、禍々しく輝く真っ黒な花があちこちに咲き乱れていた。
そして真っ黒な花が咲き乱れる空間のその中央にたたずむ1つの影。
「あぁ、ようやく来たね。愛しい子」
リリアの方を振り向きながら微笑むその人は、黒目しかない瞳を細めてにっこりと笑った。
「……妖精王様」
「ずっと呼んでいるのに来てくれなかったのだもの。リリア、君はずっとここにいてくれるよね」
真っ黒に染まった長い髪を揺らし、妖精王はゆっくりと首を傾げた。
妖精王の顔は笑顔であるはずなのに妙な迫力があってディアナをはじめ、リリアを除く全員がピクリとも動くことが出来なかった。
「……妖精王様、お聞きしたいことがあります」
「なんだい、リリア。君が聞きたいことなら何でも答えるよ」
「……この森の異常は、貴方が引き起こしているのですか?」
「この森が、異常? なにを言っているんだい?」
リリアの問いかけに不思議そうな顔をする妖精王は、本当に何も知らないようだ。
「……まさか、本当に気が付いていないの?」
「おい、リリア。それらしい花がたくさんあるがあれ全部核なのか」
「……いや、さすがにそんなことはないみたい。妖精王の足元にあるあれ、あの花が核になってるみたい」
「……うるさいなぁ」
リリアにしか興味を示していなかった妖精王がちらりとディアナたちに視線を向けてぽつりとつぶやいた。
「リリアのそばにいたから君たちも入れたけど、やっぱり邪魔だなぁ」
妖精王が片手を持ち上げると、ゆらりと光が集まってきた。
「君たちがいるとリリアが気にするんだ。……そうだ、君たちが消えればリリアの意識はこっちに向く?」
赤、青、緑、茶色に輝く光はゆらりと混ざり合い、やがて真っ黒になって妖精王の手の上で渦を巻いている。
「もう僕は失いたくないんだ。だから君たちはイラナイ」
「みんな固まって!!」
ディアナがそう叫んだ瞬間、妖精王の手元で渦を巻いていた黒い光が膨張してディアナたちを飲み込んだ。
「……さすがは聖女、ってところかな?」
光が膨張する直前、間一髪で反応したディアナは地面に杖を突き立て障壁を展開していた。黒い光に触れたところから激しい風と共に熱塊や氷弾、
「妖精王に覚えていただいているなんて光栄だわ」
「……僕に与えられた役割は傍観者、だからね。すべてを見ているさ」
「役割、傍観者……?」
「だけど僕はもう見ているだけなんて耐えられない。愛し子、君のことは失いたくないんだ」
妖精王の言葉は全く意味が理解できなかったが、ただひたすらにリリアを見つめる瞳は愛おし気で、そして同時に狂気に満ちていた。
「ディアナ、まずい」
「えぇ、リリアが完全に狙われているわね」
「それもだが、違う」
「え?」
しばらく一緒に過ごしているが初めて聞くようなヒューノの焦った声にディアナは振り返った。
ヒューノは魔導書のページを忙しなくめくりながら、その視線をめまぐるしく動かしている。
「魔法が使えない」
「え? ……まさか」
「ここは僕の領域。そして妖精は四元素を司る。見たところ君、水魔法しか使えないんだろう?」
妖精王は指先でくるくると青い光を回しながら口を開いた。
「さて、聖女。君は聖属性だからここでも魔法が使えるね」
妖精王の手元にはまた青、赤、緑、茶色と次々と光が集まってきていた。
「でもそれだけだ。君はどうするんだい?」
集まった光はゆらゆらと妖精王の周りをただよい、日が落ちて薄暗くなってきた空間を不気味に照らしあげた。
ディアナは正面の妖精王に視線を向けたまま、地面に突き刺した杖を引き抜いてゆっくりと構えなおした。
「ふぅん。そう、なら……消えなよ」
妖精王がさっと手を振れば、あたりに漂っていた光が質量を帯び、ディアナたちに向かって一斉に襲い掛かった。
「ディアナ、無理すんな。あたしたちでも最低限防げる。お前じゃなきゃあいつ止めらんねぇだろ」
魔法が使えないと分かった瞬間、使えない魔導書は背中に括りなおし護身用のナイフを引き抜いたヒューノがディアナに向かって叫んだ。
「そうだよぉ、私もいるからヒューノとリリアのことはお任せぇ」
襲い掛かる量が尋常ではないため全くの無傷とはいかないが、短剣を構えたコトハが妖精王の魔法をかなり弾いているようだ。
杖を振り回しながら魔法を弾き、その大多数を引き受けていたディアナだったが、コトハ達の様子をちらりと見てその立ち位置を少し変えた。
「少しだけ耐えて」
ディアナが立ち位置を変えたことによってコトハ達に向かう魔法の量は格段に増えたが、致命傷は避けながらもなんとか捌いている。
そして自分に向かってくるものだけを選んで弾いているディアナには少し余裕が出た。瞬時に使用する魔法を選択して構成に入る。必要な魔力を練り上げて、構成した魔法に注ぎ込む。その一連の流れは速く正確で、もはや芸術のようだった。
「“舞い散る花は、手向けの花。巡り巡りて
ディアナの手によって振られた黒い杖から鋭く、しかしどこか暖かな光を纏った魔法が放たれる。
例え相手が元素を統べる妖精王だとしても、私は負けはしない。
もしも魔法が使えたなら 咲坂 美織 @miori_S
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