第8話 風の森

「さて、もう一つの核の見当がついたところで、場所までは何も分からないのよね」

「そう、それが問題だ」


 また森の中を歩き回って探さなきゃいけないのか、と若干げっそりとしたコトハとヒューノである。

 ヒューノは後衛の魔術師として甘え切っていたために体力がないからであるが、コトハはさすがに戦闘続きで前衛を務めているがための疲労だろう。


「さすがに今すぐ出発とかは言わないわ。私も疲れたもの。休憩しましょ」

「ディアナも人でよかったー!」


 コトハの失礼な物言いにディアナは苦笑を浮かべたが、それよりもまずは休む場所を確保しなければと思考を切り替えた。

 さすがにこの辺りは戦闘を繰り返したおかげで魔物が山と積まれているし、血の臭いに釣られてまた魔物が寄ってくる恐れがあるし、何より目に優しくない。


「ここで休むのは良くないと思うのだけど、そろそろ移動しない?」

「あ、ならアキト達に探してきてもらうね」


 コトハの優秀な獣たちは斥候に長けているため、ちょうどいい場所を探してきてくれるらしい。


「……ハイスペックが過ぎるんじゃない?」

「私もそんな素敵な相方ほしいです」

「アキトとレオンとタイガはあたしのパートナーだからね!!」


 物欲しげな視線を向けてきたディアナたちに、コトハは危機感を感じたのかディアナたちから距離をとって威嚇した。ないはずのしっぽを逆立てている姿が見えるようだ。


「あんな優秀な子、パートナーにしたくてもそうそういないわよね」

「そういえばわりと長い付き合いだけど、コトハとアキト達の出会いとか聞いたことないな」

「言われてみればそうですね。コトハ達はハレノクニの出身なんですよね?」

「コトハってハレノクニの出身だったの?」


 避難民の受け入れを積極的にしているほど、ハレノクニは大きい国である。獣人族が多く住み、温かい心をもった優しい国であると聞いている。

 その文化は独特で、神は様々な場所に宿るとして各地にはそれぞれ異なる神が祀られているらしい。


「んー、そうだねぇ」


 いつも明るく笑うコトハの顔がやや曇ったように見えた。あまりいい思い出はないのだろうか。


「私とアキト達は一緒に育ったんだー。家の庭にね、いつも遊びに来てたの。だから私が家を出るときに一緒に来るか、って聞いて、それからずーっと一緒」

「どおりでコトハ達は強い絆で結ばれているわけね」


 どこか懐かしそうな、でも少し寂しそうな表情を浮かべてコトハは笑った。

 そんな話をしているうちに、アキト達が続々と戻ってきた。ほぼ同時に帰ってきたということは何か互いに意思疎通をする手段があるのだろう。


「うん、ありがとー。ちょうどよさそうな場所、あったみたいだよー」

「ありがとう。アキトもレオンもタイガも、ありがとうね」


 お礼の言葉とともに頭をそっと撫でれば嬉しそうに目を細めながらのどを鳴らした。とてもいい子たちだ。

 心ゆくまでもふもふとした毛皮を堪能しながら撫でまわしたあと、アキト達の先導で移動を始めた。少し歩くと先ほどの花が咲いていた広場と同じように木々の隙間にぽっかりと開けた広場があった。どこからか水音も聞こえるから近くに川も流れているのだろう。


「水場に近すぎず、遠すぎず……。本当によく見つけてきたな」

「うちの子たちすごいでしょー」


 主人であるコトハも誇らしげだ。周囲をざっと見回り、広場に戻って柔らかな下草が生えているそこに腰を下ろした。

 開けた広場には温かい日差しが降り注ぎ、穏やかな時間が流れているようだった。


「さて、のんびりと休憩といきたいところだけど、その前にこの後のことについて話し合ってしまいたいと思うのだけど」

「そうですね、核とされているものの見当は付きましたが、それがどこにあるかまでは分かっていませんものね」

「私もそれらしい魔力の反応がないか探っているのだけど、ヒューノはどう? リリアも何かそれらしい伝承とか思い浮かばないかしら」

「魔力反応なぁ……。さっきの≪精霊の花≫みたいな反応を探せばいいんだろ? あたしじゃそんなに遠くまでは探せないし」

「精霊王の心にまつわる言い伝えのことですね。エルフに伝わる古い言い伝えですから、さすがにそこまで詳しい話は……」


 ヒューノとリリアはそれぞれ顎に手を当て、眉間に皺を寄せながら考えているがやはりなかなか思い浮かぶものはないらしい。

 コトハはというと連戦で疲れたのかさっそくレオンの背中に体を預けて目を閉じているが、その手はゆっくりと従魔たちの毛皮を撫でている。

 そんな三人の様子を眺めながら、ディアナも木の幹に背中を預けて考え事に集中した。しばし静かな時が流れ、四人の間を穏やかな風が通り過ぎていく。


「……妖精が司る四つの元素、風の森、火の山、水の都、土の大地。四つの土地に宿る四つの元素。ここは北西の森、風の森……。まさか」

「ディアナ? 何か思いついたのですか?」


 静かに考えに耽っていたはずのディアナが何かぶつぶつと呟きだし、そしてはっと何かに気が付いたかのように顔を上げた。リリアに問いかけられ、ディアナはこくりと頷いた。


「この大陸は四つの地域にそれぞれ四つの元素の力が強く作用していると言われていることは知っているわね」

「あぁ、創世神話で語られていることだな」

「えぇ。そしてそこに住まう生き物に強く影響すると考えられているの。そしてここはエルフの土地、四元素のうち風の力が強いと考えられている風の森なの」

「……たしかにエルフは風魔法を得意とする人が多いですね」

「だけど、それが核の場所と一体何の関係があるっていうんだ」

「感じない? さっきからこの森、一定の方向にしか風が吹いていないの」


 ディアナに指摘され、いつの間にか目を開けて体を起こしていたコトハも含め三人がそれぞれ感覚を研ぎ澄ませて風に集中する。

 四人の少女の頬を撫でた風は、たしかにずっと同じ方向から吹いてきては決まった方向へと流れていく。


「……本当だ、まさか風が常に一定方向に流れるなんて」

「おそらく風が生まれる場所がさっきの≪精霊の花≫があったところ。ならその風が吹き込んでいくのはきっと」

「≪妖魔の花≫、対の花に向かって風は吹くってことか」

「まさか風が道しるべになっているなんて」

「きっとこの森がこの大陸で一番風の元素の力が強いんだわ。だから元素の力を司る妖精の王の心の力とも密接に関わっている。まあ、推測でしかないけれど」

「でも風向きが常に一定なのは不自然だ。何かしら手掛かりはあるだろう」

「そう信じて行ってみるしかないわね」


 ディアナの言葉にほかの三人も頷いた。

 休息は十分。

 風の力を感じながら、四人は先へ進むことにした。

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