傍付きの私と王子様

羅船未草

届かない思いと懐かしさを

「...了解いたしました」


今日も私は同じ事を言い、ただ前に進む。


目の前にいる敵を倒し、そこから出てくる星の記憶サインファルスを集める...そんな仕事だ


分かってる、これが私の決められた人生なのだと。

命を与えられ、ただ私は主様マスターのおっしゃることをただ一つ一つこなし、その成果を報告したら、ひとりベットの上で静かに眠る。


「......了解いたしました」


私はただ機械のような生活を送るだけ、この日は同じ時間に起き支度をしたら、

主様マスター後を追い、世話を焼かせてもらうのだ。


そうだよ、私はただ主様マスターの世話役の機械のような存在...それ以上でもそれ以下でもない。


ただ一つだけ思い出に残っているのは、私が九歳の頃、主様マスターと真夜中に二人で隠れて森の泉にまで遊びに行ったこと。


あの頃は私自身も今程忙しくなかったし、こっそり二人で外に出かける準備をするのは造作もなかった。


あの頃は私たちは幼馴染みの様に過ごしていたんだ。


「...」


今ではめっきりそんな時間を持つことは無くなったし、主様マスターも私と、昔ほど話してくれなくなった。


最近は何時も忙しそうにしているので、主様マスターは悪くない。



——悪くないのはわかっている。じゃあこの泣いている心は...なに?



そんな機械みたいな生活をする私と、主様マスターとの出会いは、私達が生まれたころまで遡る


私の名前は『サーラ』


主様マスターの御家はこの国の王族。


私は、主様マスターの代々傍付きの家系の娘として生を受けた。歴史ある家系ではあるのだが、貴族では無いので家名は付かない。


私の容姿は白銀のような色を持つ髪で、アメジストの色合いを持つ瞳でできている。

髪に関しては、光の反射によって若苗色が入っている白銀のようにも見えるらしい。


身長は大体170センチ位。少し目尻がつり気味なのでつり目、なのかもしれない

今はこの家に付いてから十五年。年齢はもう、二十四才になった。


主様マスターの御名前は『ミラネス・フォン・ニエナギル』

私と同じ二十四歳

主様マスターの容姿は金髪碧眼のイケメンと称される彼で、私と同じく少しつり目っぽいところがある主様マスターは、普段から笑顔が絶えない。その表情に初めて視線が交わった時は、ほとんどの女性が顔を赤らめるほどに格好良いのだ。


表情が優しくて、昔はよく私も『カッコいい』って何度も心で思っていた。

今でも十分格好良いけれど、恋慕の心を持つことは禁止されたから、心の中に閉じ込めておくしかない。



私の家は結構厳しいところで、二歳の時に歩けるようになれば、素早くお淑やかに動く俊敏さ、

手先が器用に動くようになれば、すぐにでも主様マスターの傍付きとして働くために家事全般はもちろん、それ以外にも関わらず、ほぼすべてのことをできるよう教育させられる。


そこに倫理なんてものは一切ない。

だけど悲しいとは思わない、私は生まれてからずっとこんな人生だから。


けれど偶に町に降りて、子供たちの楽しそうな顔を見ると、昔を思い出してうらやましいとは少しだけ思ってしまう事もある。


まあそんな考えを持ったところで何か変わるわけでもないのは分かりきっているのだけれど。


でもこんな風に考え始めたのはいつからだったっけ...ううん、そんなことはどうでもいい。私は主様マスターに伝えたいことがある...そう、決められた言葉ではなく私が考えた、そんな言葉。



ある日、私は普段の仕事ではなく、主様マスターの護衛主任を任された。

なんでも、領地近くに大きい変異種の魔物が出たとかなんとか。


この魔物は、種の群れを形成させる能力を持っている特殊体で、放置すれば何百という大群を作ってしまう恐ろしい奴だ。

冒険者に任せて下手に失敗されたら困ると言うことで、王族の軍が直接派遣されることになったらしい。


今はその魔物の発生場所に向かって森林を進んでいる。


話は変わるが、この世界には世話役と呼ばれる仕事の中でも、【メイドと傍付きそば付き】という二つの大きな区切りがある。


メイドのほうは、慕えている人の身辺の世話をするだけの仕事だけれど、

傍付きと言うのはそれに加え、主様マスターの護衛とかも含めて、何でも出来なければならない役職。


その代わりメイドに比べ給金は高いのだけれど、私は専属の傍付きだからそれは関係ない。


道中を私たち傍付きが先導し、行く道に魔物の気配を感じ取ったら、姿を消し相手も消す。

私は専属の傍付きとして、道中に蔓延る、ほかの傍付きでは対処しにくい魔物の首を掻っ切り、蹴散らしていく。


まるで、とある国のご令嬢等を狙う暗殺者みたいだ。そんな自分に少し嫌気が立つ。

——側付きになったあの時は、こんなことをしたかったわけじゃなかったんだけどな...


「...」


私が元の位置に戻ると、主様マスターが「お疲れ」と目配せを送ってくる。


「...」


恭しくお辞儀をし、感情を殺してまた次が来ないか目を瞑り、気配を空気に染み込ましていって、また一つ魔物の首を落とした。



—————



「みんなお疲れだった、今夜は密かにパーティーでも開こう!

「「「うおーー!!!!」


そう主様マスターが仰ると、討伐した魔物の素材を回収している兵士達が手を止め、歓声を上げる。


私達はそんなことも気にせず、魔物から出た星の記憶を集めている。

傍付きの中には、「パーティーの用意をするのは誰だと思ってるの」と陰口を漏らす人もいるが、他の人に咎められ、渋々静かにしている人たちもいる。


その陰口を漏らした傍付きの子の元に主様マスターが近寄った。


周りの人たちが「そんなこと言うから...」と言う表情を見せ、

「聞こえてしまった」と盛大に冷や汗をかいて謝ろうと謝罪しているが、主様マスターがそれを気にしている様子は無く、何か耳打ちすると、

その傍付きの子は、兵士たちと同じように「やったあ!」と歓声を上げ、他の傍付きたちも同様に笑顔を浮かべている。


何を言ったのだろうか、少し胸がざわつく。


そしてその集団が興奮気味に仕事に戻ると、主様マスターが辺りを見渡し、

私を見つけると優しい笑顔を浮かべながらこっちに向かってくる。


「サーラも今日はゆっくり休むといい」


「ありがとうございます」


それだけ言い、私は違うところに貯まっているサインファルスを取りに向かうと、

主様マスターは私を呼び止めた。


「どうしましたか?」


「いや、呼んでみただけだ。偶には良いだろう?俺とお前の仲だしさ」


そう言うと昔の彼の姿と一瞬重なる。懐かしさと共に悲しみも襲ってくるがそれ以上に

少しドキッとした。


なぜ...?


「...名前覚えててくれたんですね」


「何を言ってるんだサーラは...あたり前だろ?君と自分とはもう十五年以上の付き合いだ。忘れもしないし、何より大切なものの一つだからね、大切にしたいと今でも思ってるよ」


お前呼びと、昔の自分の呼び方と、話し方が昔に戻ったり、王子としての話し方になったりと、口調が一定になっていない...少しそう言うところが面白いんですけどね。


「...主様マスターもお世辞が言えるのですね、てっきりそのようなものには疎いのかと」


「サーラは一体僕をなんだと思ってるんだい?」


微笑みながらそう言うと、主様マスターは困惑顔で頬を少し染めながら、返してくる。


はて...なぜ頬を染めるのか。


「そうですね...私の主様マスターですよ。でも、ミラくんが仰っているのはそんなことでは無いですよね」


主様マスターをどう呼ぶべきか少し思案に耽っていると、笑みを浮かべ笑い始める。


「ハハハ、嬉しいな、いつもの堅苦しい話し方はどうしたんだい?まるで昔の時みたいだね」


「えっ...?」


少し思い出してみると、普段の堅苦しい業務的な話し方ではなくなっていた、しかも昔の彼の呼び方のミラくんなんて…!


「あ...すみません!すぐに戻します」


「いやいや!戻さなくていい。さっきみたいに話してくれ、頼む」


久しぶりにこんなに話せたことに少し舞い上がってしまった自分の心を鎮め口調を戻す為深呼吸をしようとすると、主様マスターが少し慌てながらわたわたと腕を動かしている。


その様子がおかしくて、つい笑い声が漏れてしまった。


「ふふっ」


「な、なんだよ」


「いえ、何故か、私が傍付きになったばかりの頃を思い出して」


ニコッと笑顔をつくってみせると、彼もその頃のことを思い出し、私と同じように笑顔を浮かべた。


「懐かしいな...あの頃は。お前が『ミラくん』って言う呼び方から、今の呼び方に矯正するのにずっと慣れなくて、何回も『主様マスター』って言い直してその度に当時の指導員の人に怒られてたんだよね」


「仕方ないじゃ無いですか。一応物心ついた頃から一緒にいたので、幼馴染みと言われる関係だったし、あの頃は傍付きじゃなく友達としてじゃ無くても......」


最後になるにつれ少しづつ声が萎んでいったせいか、少し頭にクエスチョンを浮かべる主様マスター


「最後なんて言ったの?」


「...なんでも無いです」


「お、じゃあ主様マスターとして内容を言ってもらおうかな?」


「...強制ですか?」


「じゃあ君が言いたいなら」


「なら黙秘ですね」


「そっか、いつでも待ってるからその時に言ってくれれば大丈夫だよ」


「っ...わかりました。じゃあ言ってあげます」


高鳴る心臓を落ち着かせて一息吐く。



「ミラ君。昔からずっと好きでした。昔から私はずっとあなたを愛しています」


呆気に取られるような表情を見せ、此処最近見なかった一番の笑顔を浮かべると主様マスターの返事が返ってくる。


「やっと言ってくれたね。僕も君と一緒だよ、愛しのサーラ」

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