第27話 やはりどうにも僕は彼女に敵う気がしない件について


「ありがと北原。話を来てくれたらなんかすっきりしたわ」

「単なる根暗の僕がお役に立てたなら光栄だよ」

「何それ皮肉?」


 四条はケラケラとまた笑みを浮かべた。ここ最近あまり元気がなかったみたいだけど良かった。それも杞憂だったようだ。


「あたしもう部屋に戻るわ。明日も早いしね」

「あいよ。お休み」

「うん、お休みなさい。北原も早く寝なさいよ」


 四条はそう言うとこの場所を後にした。

 さてと、僕もそろそろ寝るかな。そう思い僕も戻ろうとしたその時、後ろから声をかけられた。


「ふふっ、中々に好青年みたいなこと言うじゃない」 


 振り替えると入り口近くの壁に腕を組み寄りかかる斎藤がそこにはいた。

「げっ斎藤……」

「あら私がいたら不味かったかしら?」


 不味いに決まってるだろ。

 ただでさえあんな恥ずかしいことを言った後なのだ。斎藤どころか誰にも会いたくないに決まってる。

 しかも、発言から察するに全部聞いていたっぽいよなぁ。ほんとそういうの止めて欲しい。取りあえず穴があったら入って一ヶ月ぐらい出たくないね。





 ◆





 いわゆる盗み聞きをしていたというのに、斎藤の態度はいつも通り自信と気品に溢れるようなものだった。


「全く……趣味が悪いね」

「誰かさんに影響されたんだと思うけれどね」

「待って。そこまで悪どいことはしてないと思うんですがそれは……」 


 ジョブは詐欺師というか欺瞞師なる大変胡散臭いものだが、僕は大変健全な心の持ち主なことは周囲の事実だ。それは全てを優しく溶かす爽やかな春風のような心の持ち主と言っても過言ではないのだ。


「それはどうかしらね」


 ま、まぁ? 少し前にどこぞの生徒会長に粗相はした気がするけどさ。でもあれは必要に駆られてしたことだしノーカンノーカン。


 斎藤は僕をジト目でみると軽くため息を吐いた。そんなダメな息子を見るような感じは止めて欲しいね。


「でも彼女が元気を取り戻したみたいで良かったわ。ここ最近元気無さそうだったみたいだから」

「あぁなるほど。それで風呂場であんなことしたのか」


 四条を案じる斎藤の言葉でようやく合点がいった。風呂場の件はどうも斎藤らしかぬなぁと違和感を感じていた。四条の様子は確かに変だったし彼女なりに気分転換をさせたかったのだろう。

 まぁ、方法は本当にどうかと思うけど。


「えぇ。まぁ……そのそれだけでもないのだけれどね」

「何さその煮え切らない言い方は」

 彼女は僕の問いにほんの一瞬ピシリと硬直する。そしてその話題はあまり話したくないのかコホンと咳払いした。


「そういえば昼間の事は聞かないのね」 

「うん、話したいときに話せばいいと思うよ。僕もそうするし」


 彼女は僕の返答に思うところがあったのか。顎に手をあてて数秒考えるような仕草をし、また語りだした。


「ねぇ北原君。私達色々あったわよね。貴方に助けられて戦いを教えられて。共に戦い、寝食をして、一緒に旅して……本当に沢山の時間を過ごしたわ」

「あーまぁそうね。まさかあの斎藤と一緒に行動するなんて夢にも思わなかったよ」


 ほんとほんと人生何が起こるか想像はつかないっていうのは本当だ。まぁ、ラブコメのような甘いものは皆無だけどさ。


「そうね。貴方は女の子どころか人間とのコミュニケーションが怪しそうだもの。私みたく天使のような美少女と一緒にいれて一生分の運を使い果たしているものね」

「はいはいそうですねー。僕みたいな底辺な存在が斎藤のような美少女様とご一緒出来て光栄ですよー」

「ふふ、そうふて腐れないの。貴方だって良い所はないわけじゃないと思うけれど。具体的には………………」

「おい」

「冗談よ。そうね、私はその捻くれた思考がとても気に入ってるわ。女性受けは絶望的に低そうだけれど」

「はいはい。どうせ僕はろくにモテませんよ」


 言ってろ。そこら辺はもう諦めている。ごめんよパパン。北原家はここで終了です。


「ふふ、またふて腐されたようね。……まぁその、もし貴方が本気なら考えなくもないけれどね」


一瞬間ができた。彼女の言葉が聞き取れなかったとかではなく、一字一句耳には刻まれていたのだが理解出来なかったからだ。


「はぁっっっ!?!?!?」


 唐突な発言にハルマゲドンばりの衝撃を受けた。自分でも何言ってるのか分からんけど。

 とにかく……はっ!? え!? はっ!?

 え、今、この子は何て言ったの!?


「そんな驚き方されると流石にショックなのだけれど。だ、だから私は貴方に少し興味があるわ」

「へ? あ、いや。そりゃ僕みたいな陰キャに興味を持っていただけるのは大変光栄なことだけどさ」


 目の前で学校一の美少女が頬を朱色に染めている件について。

 もはや自分は何を言っているのだろうか。というか早口になってオタク特有の気持ち悪さとか出てないよね?

 斎藤は僕の返答が不満なのか眉を潜めた。そして何か思いついたのか、また口を動かし始めた。


「そ、そういえばこの前私のこと名前で呼んだわよね。あ、あの。だ、だから……」

「……」

 僕はもはや物言わぬ石像と成り果てていた。

 名前呼びってあれか。この前、執事に襲来された時のアレか。

 あれか。あれだよね?

『お前みたいなクソ陰キャが名前呼びしやがって』ってことだよね。

 土下座か。土下座しかないな。むしろ土下座一択だね。



「……今だけでいいからもう一度だけアリスって呼んでくれないかしら」


「え、いや……はっ!?」


 もはや僕の首から上は粗大ゴミと化していた。もうね情報過多すぎて脳が凍結フリーズしている件について。


「この粗大ゴミは……女にここまで恥をかかせるなんて塵になりなさい」 


「えぇ……わ、分かったよ。言います言います! 言いますよ!」


 斎藤の眼力にびびり言ってしまったけど、どうしよ。僕に女の子を名前呼びするなんて無理だよぉ。ふえぇ。


「……」


 チラリと斎藤を見ると彼女はとても人にお見せできないような眼光を放っていた。有無を言わせないとはこの事だ。ていうか余計な事を言ったは灰塵と帰しそう。


 ……言うしかないか。


「い、言うよ?」

「……え、えぇ」


「い、言うからね?」

「……えぇ」


「あ……アリス」


 何回も溜めて溜めてようやく絞り出したような言葉だった。

 背中汗も脇汗も大変にヤバイし、僕は今世界一気持ち悪い男なんじゃなかろうか。


 しかし、斎藤の反応は予想とは百八十度違うものだった。



「ありがとう。とても嬉しいわムンク君」


 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべたのだった。その笑顔たるや闇夜に浮かぶ月のように神秘的かつ美しい。

 僕はその笑顔に見惚れ、やはり一言も口に出せないのだった。



 ◆




「明日もあるし今日は寝るわ。お休みなさい」

「あ、うん。お休み」


 斎藤と話が弾み気がつかなかったが、時刻はいつの間にか深夜一時。これ以上は流石に明日への支障が出るだろうと解散することとなった。

 彼女は僕に背を向けて歩き出した。


「あぁそうだ。さっきの話は冗談じゃないから。貴方が本気なら考えといてあげる」


 そして彼女は振り向いて僕にウインクをしたと思ったら、そそくさと部屋に戻って行った。


「そりゃ反則でしょうよ……」


 僕の呟きは誰に届くわけもなく辺りに霧散してしまった。

 当然、残された僕はただただ呆然とする他ない。

 心臓が破裂してしまいそうなほど鼓動している。苦しいほどだ。僕の命令などお構いなしで止まる気配すらない。

 何なのさ。名前呼びさせたり、思わせ振りな発言したり。エリート陰キャじゃなかったらとっくに告白して撃沈している。本当に僕がエリート陰キャで良かった。

 まぁとりあえず今日、僕は寝れなさそうなことは確実だった。

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