第2話  RPGになる? 最初にゴブリン的なの配置すればいいとか思ってない?①



『あーテステス。聞こえていますかー、きーこーえーてーいーまーすーかー? よし! 二回も確認したし聞こえてますね、そうですね!』


 それは頭になり響くような不思議な声であり、どこか快活さを感じてしまうようなものだった。十代後半の女性だと……思う。声的に年齢は僕と同じぐらいか。


 『皆さんには今からあーるぴーじーをしてもらいます。選択権は特にないです。頑張ってください』


 そんな一方的な発言をしたら、その声はもう響かなくなってしまった。


 正直、何を言っているか僕には理解できない。だって意味不明だ。

 麻薬クスリをやって頭がイカれたというほうが、まだ信じられるだろう。

 しかし、台風のような突風と共に、巨大な龍が校舎の上空を横切ったとき――


 蜥蜴というのには余りにも控えめ過ぎる表現で、有り体に言えば西洋で言われる龍。その体躯は果てしなく校舎全体と比べても更に大きい。

 あんな化物いきものを見たことがない。いや、あんな生物がいるなんてあり得ない。


 だからこの世界は変わってしまったのだと強く理解した。

 そして心臓が力強く脈打つ。高鳴っている。こんな気持ちは久方ぶりだ。幼稚園生の頃、親に内緒で秘密基地を作った時のような高揚感。


 体がいや、本能が感じている。世界が変革されたのだと。体が歓喜の産声を高らかに上げるのが分かる。そして感じた。思った。



 この世界は何だか楽しそうだ。



 ◆



「ギィギギィギィ」


 奇妙な笑い声。

 そいつは音もなく、いきなりそこにいた。本当にいつ何処からこの屋上に現れたか分からない。とにかく理由も手段も知らないがそこにいた。



 ゴブリンだ。

 そう呼ぶしかないような小柄な体躯に薄汚れたような緑の肌。棍棒を酒瓶を持ち歩くかのごとく掴む。本当にRPGによく出てくるステレオタイプのゴブリン。



 校舎の屋上には僕を除けば、ゴブリンと僕をイジメている三人組の不良グループしかいない。正直名前なんて知らない。こんな奴等に脳細胞を一ミクロンたりとも使いたくないからね。


 しかし、特徴は分かりやすく、無駄に背が高くひょろひょろしている奴と体型が比較的と言うかかなりふくよかな奴。そして鶏みたいな髪型の背が小さい奴。興味がないことに関しては三歩程度歩いたら忘れてしまう僕の脳に優しく、分かりやすいことこの上ない。ずっこけそうな三人組だなぁ。



「なんだこいつ?」

「俺知ってるぜ! これゴブリンだ! ゲームとかで良く見るもん!」

「はぁーん。一丁前に武器なんか持ってやがるぜ」



 デ……ふくよかな不良が舐め腐ったようにゴブリンの頭を無造作に掴む。怖いもの知らずかよ。 普通もうちょっと警戒とかしない?


 まぁゴブリンは小柄で小学生ぐらいの大きさしかない。だから僕を含めたここにいる全員が微塵も驚異に感じないと思った。はっきり言って舐めていた。しかしーー


 グシャ


 その考えはすぐに不快音と共に打ち消された。それはもう簡単に。深夜、コンビニに出掛けるぐらいの手軽さで。

 肉が潰れる音が、ゆっくりとそしてねっとりと耳の奥にこびりつく。


「ぎゃああああああ!!!」


 いきなりゴブリンが棍棒で不良の膝を砕いた。そんなことされてしまえば、当然僕らはギャルに話しかけられたオタクの如く固まってしまう。あまりにも予想外のことが起こり脳内が真っ白に支配される。

 だってしょうがない。そんなことされるなんて微塵も思うわけないじゃないか。

 足は既に明後日の方向へ向いている。見ているこっちまで痛くなりそうだ。

 気がつけば、何の外傷もない僕ですら全身から脂汗が滲み出ていることに気づく。怖い。助けて。怖い。


 グシャリ


 また不快音。足を押さえて悶え苦しむところを頭に棍棒が叩き込まれた。

 もうピクリとも動きやしない。


「あああああああああ!!!!!!」

「か、かず! 嘘だろ!? 嘘だよな!?」


 動かなくなった亡骸を抱え込む二人。突然の出来事に理解が追いつくわけもない。僕は何も動けず立ち尽くすばかりだ。


 先程まで、死なんて微塵も考えていなかったはずだ。


「……あ」


 あ。

 現実は非情だ。ターン制のRPGよろしく、向こうはこちらの行動を待ってくれるなんてことはない。

 そう主張するかのように、ゴブリンは間髪いれず背が高い方の頭に棍棒が叩き込んだ。後頭部には見るのも不快なぐらい棍棒がめり込む。即死。

 考える暇もなく二人が死んだ。殺された。



 何で……?


 必死に状況の把握に努める。しかし脳が理解を拒絶する。 

 理解が追い付かない。追い付くわけがない。何でこんなことが起きてるの?


 だって、ついさっきまで陰湿な虐めこそあれど殺しのこの字すらなかったはずじゃないか。

 世界がRPGになったから? 

 たったそれだけで?


 じわじわと心に黒い染みのようなものが広がる。怖い。嫌だ。逃げたい。助けて。誰か。



「ギィギギィギィ」



 ゴブリンが規則性のある奇声をあげた。あれは多分笑みだ。しかも、残虐的な方の。まるで子供が蟻を潰すような笑み。

 なんの抵抗も出来ずに殺されていく僕らはゴブリンにとって蟻となんら変わらない。



「なんだよぉ……RPGならセーブぐらいさせろよぉ……」



 あぁ……そりゃそうだよ、そうだよなぁ。本当にそう思う。

 僕は馬鹿野郎だ。何を浮かれていたのだろうか。

 数刻前にこの世界を楽しそうだと思った自分をぶん殴りたくもなる。ゲームが現実になった? 一瞬でそんな幻想砕けたわ。


 現実がRPGになるとはこういことなんだ。都合の良いチュートリアルやセーブポイントなんてありゃしない。死んだらそこで終わり。


「ギギィィィ」


 僕はゆっくりと近づくゴブリンを見上げながら、世界がRPGになると言う本当の意味を理解いくのだった。

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