第2話 そもそもガチャは遺伝子に組み込まれた人類の本能的行為だと思う。
銀行強盗。
それ人の風上にもおけない行為だが。
では何故、この成人君子(自己申告)たる僕がこのような凶行に及んでいるのか。
これには山より高く海より深い複雑な事情があるのだ。
この不可解かつ理不尽な事件を紐解くには数時間は遡らなければならないだろう。
ーーー
「どうしてこうなちゃったんだろうね」
どこかの道端。
激しい雨に打たれたように力なく項垂れる僕。
しかし雨など降ってはいない。むしろ快晴。
ただ降り注ぐのは、そんなものより恐ろしい女帝の睥睨のみだ。返答は一切なく、ひたすらに自分の矮小さが露にされてしまうだけだった。
泣く子も泣き止むどころか気絶して倒れるような視線を放つ斎藤。そんな状況でも彼女の美貌は際立つ。そんな状況にも関わらず、僕は彼女に思わず見惚れてしまう。その綺麗でスラッと伸びた黒髪のロングヘアーも卵形の輪郭も驚くほど澄んだ瞳も。その全てに引き込まれてしまいそうになる。
「北原っ……!!」
四条だ。
整った見事なツインテールやアイドルのようにクリクリした瞳。そして何より目を引いてしまのがこれでもないかと主張された双丘。
どれも大変素晴らしいが今はそれどころではない。
「四条……僕は耐えられなかったよ……」
彼女はそんな僕の情けない姿を見てか深く息を飲んだ。
「北原君」
斎藤の声に思わずビクッとする。消え入りそうなほど静かな声なのに驚くほどはっきり聞こえた。
「これは何かしら」
彼女がその細い指で包み込んでいるのは一メートルを越えない程度の木製の棒。
「あの……ット……です」
「この雄々しくも反りたつ棒状のも何か、もっとはっきり言ってくれるかしら」
「その言い方やめろぉ!! バットです! バットですよ!!!」
斎藤のあまりにも匂わせる発言に思わず叫んでしまった。
ほんとまじでそういう言い方やめろ。男の僕がそういうこと聞くと、なんかフワッフワッするじゃんか。
「これは?」
「プラスチック製のバットです……」
「これは?」
「金属製のバットです……」
「これは?」
「ダマスカス製のバットです……」
「ふぅ……」
諦めたように溜め息を吐く斎藤。
そして少しの間沈黙が訪れた。
「東京湾に沈めてやろうかしら」
「ヒィ!?」
怖いよ怖い。ていうか怖い。
「だいたい北原はいくら使い込んだのよ」
「ガチャ十回……」
四条の問いに思った以上に僕の声は小さく出てしまった。言葉に出すと意外と罪悪感が吹き出てきた。やべぇなーやっちゃったなぁー。
とりあえず、声を小さくしておいて反省してる風を出しとくか。
「はぁ!? それ会長からぶんどったお金全部じゃん!?」
やめて、四条。そうはっきり言われると僕がなんか悪いことをしているみたいじゃん。
ガチャは一回するのに日本円にして百万。そしてその代わりに上手くいけばとてつもなく強力な武器を出してくれる素敵な行為さ。
まぁ、今回は上手くいったとは言えないけどこれも致し方ないことなのだ。誰がこの魅力に抗えようか。
「いや、そのこれにはやむ得ない事情があるんですよ……ほら、その……ね?」
なんとか言葉を絞りだそうとするがやはり出てこない。
はっきり言えば僕は大爆死した。その爆死具合は完膚なきほどである。一寸の隙すらない。
生徒会長からくすねたお金が使い物にならないバットに変換されたのだから言い訳のしようもない。
「や、野球チームでもつくるかな……?」
結局絞り出した果てに出てきた言葉はこの有り様である。もう終わったわ。
「「……」」
もう二人は僕のことを救いようのない存在として見つめるばかりだ。
「い、いや、そもそもこの糞ガチャがいけないんだよ!! 僕は悪くねぇ! このガチャの制度だよ!!」
そもそも、ガチャを引くということは人間の遺伝子に組み込まれた、根源的行動でないのだろうか。つまり、遺伝子に組み込まれていることであり本能というわけだ。
参ったな、つまり僕は生まれながらにして無罪だったんだ。
その旨を伝えると
「アーちゃん!? まって! 魔術はまずいから! 落ち着いて!?」
堪えきれず魔術をフルバーストしそうになる斎藤を羽交い締めにして止める四条。かたじけねぇ。
数分後落ち着いた斎藤は呼吸を整えると
「はぁはぁ……ありがとう四条さん。そうね、この粗大ゴミをどうにかしても何の解決にもならないものね」
あんまりな言いようだけど今は甘んじて受けよう。なんか言ったら殺されそうだし。
「もう良いわ。大事なのは未来を見据えることだものね」
「アーちゃん……私は味方だから」
四条は優しく斎藤を後ろから抱き締めた。とても良い百合だ。いいぞもっとやれ。
「ありがとう四条さん。それで粗大ゴミ君」
ついには名前まで呼ばれなくなった。ひどい。
「ーー貴方。銀行強盗してきなさい」
「はい?」
はい?
かくして、全く意味は分からなかったが僕は人生初の銀行強盗に勤しむことになるのだった。
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