EX1 とある竜の行方
我は空を自由に駆ける。
いつの間にか全く知らない空にいたのは不可解だが、まぁ、良い。
ここは悪くない。
この雄大で荘厳な翼を自由に広げれる。鱗で覆われた体躯と全てを砕く牙の前に立ちはだかるものは何もない。
ここは楽園だ。
日々己が縄張りをしのぎ合う竜族の同胞もいない。目障りな王国の人族もいない。
しかも、こちらの世界の人族は脆弱だ。奇妙な姿をした漆黒の魔獣に乗る奴らもいたが、我牙の前に容易く砕けた。
しかし、味は悪くない。
特に雌だ。非力で栄養価も高く、何より柔らかくて旨い。
彼処にも旨そうな雌がいるな。
先程たらふく喰ったというのに、あの瑞々しく、ほどよく油の乗った味を思うと自然に涎が溢れる。
よし、奴を喰らおう。
涎を撒き散らしていることなど、気にせず丸飲みしようと突撃したその時。
弾かれた。一瞬何をされたのか理解できなかった。
剣で横っ面を思いっきり叩かれたのだ。
我を不遜にも叩き飛ばした奴はしばし、見た記憶がない。
「くそが。好き放題しやがって」
聞いたことのある声音だ。
いつも不遜で不機嫌そうな声。それが、癇に障るしかし、それならここにいるはずがない。
何故、貴様が。何故貴様がここにいる。
何故、勇者の貴様がここにいるのだああああああ!!!!!!!!!!
ーーーー
「はぁ……はぁ……」
少女だ。
体躯は小柄でまだ中等部ぐらいだろうか?
制服がよく似合った可愛らしい女の子だ。きっと、同じ学校のクラスメートにも密かに人気だったに違いない。
そんな彼女も数時間前まではどこにでもいるような、少女だったはずだ。
朝母親の小言とともに起こされ、それを父がまぁまぁといって諌める。続けて姉がまだ寝ぼけているのかフラフラと部屋から出ておはあよーと気の抜けた挨拶をして家族が和やかに笑う。そのあとは姉の髪型を立派なツインテールに整える。そして学校に通い日が暮れるまで友達とお喋りに興じ、家に帰れば大好きな母親が暖かいご飯を用意してくれている。
そんな当たり前を生きる少女だったのだ。
彼女は駆ける。
心臓が破裂すると思うぐらい駆ける。逃げろ逃げろ。いいから、逃げろ。
もう限界なのだろう。脇腹を押さえて、顔を苦痛に歪ませている。
それでも、止まることはない。
止まれば死ぬだけだと自分に言い聞かせる。
何がいけなかったのだろうか。
少女は意識が朦朧としながら思う。
何度も何度も同じことを思う。同じことを思い結局行き着く思考は一つだけ。姉の言うことを聞いておけば良かったと後悔することの繰り返しだ。
それでも、家族は心配だった。いや、それ以上に不安だったのだろう。
彼女は別段姉と仲は悪いわけではない。
しかし、まだ両親に甘えぎみなので、両親に会いたいとう気持ちが強かったのだ。
結果、引き留める姉を振りほどき勝手に学校から出てしまった。
学校を出て録なことがなかった。
見たこともないモンスターに追われた。殺されそうになった。
必死に逃げて安全かと思ったら、今度は男の人達に囲まれ強姦されかけた。
誰が最初にするかと揉めてる間になんとか逃げれたが、ヤラレそうになったら舌を噛んでたかもしれない。
「グルルルッ」
挙げ句の果てにドラゴンだ。それも見上げるぐらい大きいドラゴン。
どのぐらい大きいのか検討もつかない。
足から力が抜けて、黄色の液体が流れ落ちる。
本来恥ずべき行為であるにもかかわらず、気にする余裕すらない。
地面に力なくへたり込みそうになった、その時ーーー
ドラゴンがいきなり吹き飛んだ。
少女は唖然とした。もう意味が不明だった。
いきなり、現れたと思ったら今度は吹き飛んだ。
意味が分からない。
しかも、それをしたのがヒビだらけの大剣を持っているだけの男だ。
そんなことが出来るようにはとても思わない。
当然、ドラゴンは怒り狂うように咆哮するが、男は舌打ちをするだけで気にする素振りすらみせない。
そして、部屋の埃を吹き飛ばす程度の感覚でドラゴンを木っ端微塵にした。
彼は別段おかしいことはしていない。大剣を振り下ろしただけだ。
いや、大剣を振るだけでドラゴンが吹き飛ぶのはおかしいことだ。
少女は思った。
姿形は全然違う。身に付けている外套はぼろぼろだし、武器だって不気味だ。表情はしかめっ面で不機嫌そう。しかも、メガネだ。
それでも、彼女は思った。
まるで絵本で見た勇者のようだと。
「貴方は勇者……?」
「ちっ 元だよ、元。忌々しい」
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