第61話 僕・斎藤・四条《ぼくら》の奥の手

 数刻前



「え? 屋上に行く?」


 え? 正気なのこの子。

 ただでさえ逢魔との戦力差は大きく離れているのに、その上斎藤さんが離脱しちゃうの?


「違うわ、逃げる訳じゃない。このまま馬鹿正直に戦うだけじゃ勝てないと思うの。なら、賭けるしかない」


「賭けるったって何するのさ」


 そもそも賭けってあんまり好きじゃないのよね。

 漫画とかだと10%でも賭けに成功するじゃない? でも、現実だとふつーにハズレるし。

 あと、パチンコのイメージってのもあるか。一部大体の人なんて破産寸前までやるし……なんだよ、生活保護でパチンコって……



「北原君は前、私がガチャで引いた武器を覚えているかしら?」


 あぁ、あの粗大ゴミか。


「失礼なこと考えているようね……」


 こわっ エスパーかよ。

 鋭い眼光が怖いんですけど。その眼光でそろそろ敵とか倒せないの? ぴかーんって。


「まぁ、いいわ。あの武器を覚醒させようと思っているの。腐ってもガチャ産の武器やる価値はあると思うの」


 え? あれ一千万円かかるんじゃなかったけ?

 まぁ、この子ブルジョアだしなぁ。問題ないのか。



「そりゃ、確かに……」


 言葉を続けようかと思ったけど止めた。

 彼女の瞳が余りにも真剣で、いつもの僕のてきとーな言葉なんてかけれなかった。

 だから、自然に出た返答は極めてシンプルなものだった。


「おけ、君に僕の命預けた」


 一瞬斎藤は驚いたように眼を見開いたと思ったら、口の端を大きく吊り上げて魅惑的な笑み浮かべた。

 そうして彼女はこういうのだ。


「上等よ。後悔はさせないわ」


 そんなこと言われちゃ信じる他ないね。




 ーーーーー





 いつの間にか奥歯に力が入っていることに驚いた。ここ最近で誰かの為にこんなことをした記憶なんてものは、私、斎藤アリスにはほぼない。滅多に動くことがない感情の変化に戸惑いつつも嬉しく思う。なんとも不思議な感覚だ。

全く、誰のせいでこうなったのやら。特にあのヘラヘラしてひねくれた男には文句の一つでも言ってやりたいほどだ。



「ッツ」



 思わず叫びそうにまたなった。北原君達がまた死にかけた。

 いけない。ここで声を上げたら全てが無駄になる。

 落ち着け。私が今ここにいる意味を目的を忘れてはいけない。

 狙うのだ。最高の一撃を。




 からの視界は良好。

 屋上及び校庭に外敵はなし。

 校庭で暴れている敵は此方に気づく気配は今のところない。


 武器の目論みは上手くいき、新しい武器どころかジョブまで手に入れた。

 状況を打破できるような強い武器を手に入れるためにしたことだが、武器どころかおもわぬ副産物まで来た。

 いける。この新しいジョブ『魔銃士』と武器なら。



 錆びた塊だった過去は何だったのかというぐらい精錬されたフォルムだった。

 どこまでも黒く、なんとも言えない威光を放っているようだ。


 魔銃・ミーティア


 それがこの武器の名前。

 英語で流星という意味にはなるが、狙撃銃だからということだろうか。

 なんとも安直過ぎる名前だ。安直過ぎて不安しかわいてこない。

 それでも私はこの武器に頼るほかない。せめて、名前の十分の一ぐらいの働きをしてくれると願うばかりだ。


 照準がずれないように銃が固定されているか、また確認する。

 これで何度目かわからない。これでは緊張してトイレに忙しなく駆け込む子供だ。


 身の丈ほどもあるスナイパーライフルには正直言ってしまえば辟易してしまう。

 そもそも銃すら使ったことがないのだからしょうがない。

 そんなことで命中するとも思えないが、そこはもうスキルを信じるしかない。

 スキルには一定の行動をさせる機能がある。

 だから、多分この行動は失敗しない……はずだ。


 それでも不安は消えない。

 ふいに屋上に視線を向けられたら、まずばれる。

 もちろん、そんな確率はほぼないという自信はある。わざわざ戦闘中にそこまで目が届くとは思えない。

 でも、確率が例えないとしても、もしもを考えると指が震える。

 自分はこんなにも臆病だったのかと、意外と感じると同時に落胆を隠せなかった。



 対して北原君達はよく善戦している。

 四条さんは歴然とした実力差がある中、壁役タンクとして奮闘している。

 彼らが稼いでくれたおかげで準備は完了した。


 しかし、敵は一定の場所に留まらない。

 常に有り得ない速さで位置を転々とするのだ。

 これでは狙いが定まらない。


 そしてついに北原君にも強烈な一撃が入ってしまった。

 今まではなんとかギリギリのところでかわしていたのについに。

 まだ死んでいないことにほっと胸を撫で下ろす。

 本当に心臓に悪い。



 しかし、今が好機なのかしら?



 ちょうど敵は北原君にとどめを刺しにゆっくりと歩みを進めている。

 今なら狙撃が上手くいくように思える。


 引き金に手をかけた次の瞬間、北原君が普段見せたことのないような動きをした。

 あまりの変わりようで、追うのに一苦労するぐらいだ。



 なんなのかしら、あれは?


 彼のあまりの変わりように呆然とした。

 このまま、むしろ敵を倒してしまいそうな勢いすらある。


 と思ったら良いところでまさかのパタリと倒れた。

 本当にパタリと。電池切れみたいにパタリと。


 なんというか締まらないというかとても北原君らしいというか。こんな状況なのに自分の口端が勝手につり上がるのが分かる。

 でも、いい仕事をしてくれたわ北原君。

 おかげで今なら狙える。



術式展開サージ


魔弾充填ロード


座標固定コード



 銃魔士はその名の通りただの銃使いではない。

 魔術を扱うのだ。

 一定レベルの魔術使いが特殊な武器を持ったときのみ発現するアドバンスジョブ。



増幅アルブ


増幅アルブ


増幅アルブ



 穿つのは決して弾丸ではない。複数の短縮詠唱クイックを組み合わせた、文字通り魔弾。

 唱える度に漆黒の魔銃の先端の紫光が強まる。



収束バージェス


圧縮プレス


 一撃を放つためにはあまりにも多すぎる詠唱。間違えないようにと祈るように読み上げる。


 この一撃に全てを賭けるしかない。

 この銃魔士の力に全てを賭ける。


 SP必要量を考えても撃てるのは一撃のみ。

 失敗は許されない。試し打ちすら出来ない。


 心臓がドクドクと脈打つのが分かる。頬から汗がしたり落ちる。


 この引き金一つで全てが決まると考えると腕が震えそうになる。

 普段意識もしない指先がまるで錆びた鉄屑のようにガチガチに固まっているようにも思える。

 その度に自分を叱り、奮い立たせる。

 お前は何のためにここにいるのだと。


 そうだ。私は全てをひっくり返す為にここにいるんだ。

 こんなところで立ち止まってたまるか。


解放イグニス


 その言葉キーともに魔銃の先端が光輝く。

 強く、とても強く。


 行け! 前に進むために! 生きるために!


『星落とし《ミーティア》』



 一条の光がまるで流星のごとく駆け巡る。私の渾身の思いを乗せて真っ直ぐと。


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