第53話 ゴブリンの首領さんがこっちを見ている件について





「これどうしたもんかね……」



 間が持たないので出た意味のない呟きだ。どうしようもないよこんなの。むしろどうしろってんだあんな化け物。



 「北原ぁ……」



 普段は強気な四条でさえ不安に顔を歪め、その見事なツインテールを震わす。隠れるように僕の後ろに身を潜め、遠慮したように指先で僕の袖を摘まんでいる。


 やめて非モテにそういう動作やめて。ちょっといい臭いするのもやめて!

 勘違いして惚れちゃうから。そして告白してフラれるから!



 「よう。ひ弱そうな兄ちゃん」



 やば。こっち向いた。まぁその四条に任せるわけにもいかないしなぁ。僕が話すしかないか。でも、こう見えて僕はコミュ障なんだよなぁ。

 え? 見たまんまそうだ? そんなー。



 「おハロー」



 何言ってるんだ僕。ごめんコミュ障な上に意味不明だった。何故か英語挨拶だし、英語を丁寧語にしようとしてる意味分かんないや。




 「おう! よろしくな!!」



 普通に返事された。見た目通り言葉遣いとかは気にしないみたいだ。あれか勢いとかで会話するタイプか。よかった。



 「あぁ? そういや魔法使いっぽそうなのがいねぇなぁ……照れ屋さんなのかぁ?」



 ガハハと盛大に笑い声を上げる。見た目に反して意外と抜け目がない。念のためだけれど、正直に言うわけにもいかない。



 「そんなわけないでしょ。あんたの力量見たら一目散に逃げてましたよ、ええ」



 本当に逃げてたらどうしよ。でも、斎藤さん何だかんだ義理堅そうだし大丈夫かなぁ。 



 「ふーん、でもお前らは逃げねぇのな」



 「逃げ遅れたんだよ……ていうか、今から逃げていい? ほら、僕は勇者とかでもないし。無関係みたいだし逃げていいよね?」


 

 むしろ対極に位置している人間ですし。え? 魔王? いいえニートです。

 頼むから逃がしてほしい。どう考えても戦力差ヤバイし逃がして。ほら、武人タイプっぽいし弱い者イジメ嫌いでしょ?




 「んーそうしてやりたいんだがなぁ。そういうわけにもいかねぇんだわ」



 先程まで大笑いして賑やかにしていた雰囲気が急速に冷える。鋭い眼光が僕の瞳を射止めて、足が竦む。そうは問屋が卸してはくれないみたいだ。卸せよ。



「えぇ……なにそれ。やっぱり現実って糞じゃん……」



「んーまぁ、こっちも色々事情ってのがあってなぁ。俺は面倒臭ぇことこの上ねぇんだがゴブリンどもの首領なわけだ。そうだよ。俺がお前たちが殺しまくったゴブリン達のだよ。よぉ、気分はどうだよ」



 僕も四条も息を飲む。ゴクリと喉が鳴る。



 「やっぱり、ちゃんと生きてる存在だったのね……」



 「あぁん? もしかしてテメェらはゲェムとやらでも思ってたのか? 命がない存在だとでも思っていたのか?」



 四条の呟きに大男は糾弾するかのように睨みをきかせる。



 しかし、四条の呟きも仕方ない側面はある。今まではどうしてもゲームのシステム的存在なのでは? という疑問は拭えなかった。

 世界がRPGになったという放送やレベルというシステム、倒したら消えてしまう死体とそんな要素が重なればそう思って仕方ない。



 「別にそんなお気楽でもないよ。ちゃんと分かってて殺した」



 四条よりは割りきって考えてはいるが、口に出すとあまりいい気分にはならない。


 だけど分かっていたことだ。四条はああ呟いたけど、そんな都合のいいことがあるとは思えない。生きるために殺した。それは確かなことだ。


 口の中がざらつく。何かが胃の底から込み上げて来そうになる。それを歯を食い縛り無理矢理押さえ込んだ。



 「ならいい。自覚のねぇ殺しは下衆のすることだ。そんな奴なら問答無用で潰してたところだ」



 まじかよ。回答によってはゲームオーバーだったのかよ。これ理不尽ゲーすぎない?



 「まぁ、そう気構えんな。おれぁ個人的には特に怒ってねぇよ。同族っても会ったこともねぇ他人だしな。つーか、おれぁ最初は控えめにしとけって言っただろうがよ。なのにあいつら好き勝手にしやがって」



 お?

 もしかして見逃してくれる?

 その言葉に四条も目が輝いてる。いい流れだぞ?



 「じゃあ、僕らは所用の腹痛があれであれなんでかえりますね」



 「まぁ待てよ。お前に恨みはねーんだが俺ぁこれでもこの馬鹿共の頭でな。流石にはいそうですかと返すわけにもいかねぇんだわ」



 「結局そうなるんじゃん……」



 えぇ、なんで期待させるこというの……思わせ振りな女子じゃないんだから……。




 「そうがっかりすんな。一割ぐらいで戦ってやるからよ。まぁ、あれだ。死んでくれるなよ?」



 その瞬間反射的に地面を蹴飛ばした。本能が体を勝手に動かせた。頭に金づちで殴られたような錯覚と共に全身の細胞が叫んだ。あれはやばいと。


 僕が先ほどまでいた位置には深々と健脚が踵からすっぽりと埋まっている。


 え?

 普通そうはならなくない?どんな威力してるの?化け物かよ。



 「ほぉ速さは上々。いいねぇいいねぇ! 少しは楽しめそうだっ!!!」



 くっそ! 言ってくれるよ!

 こっちはちっとも楽しくないですーーー!!!

 蹴りで地面が爆ぜるとかいいかげんにしろ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る