第52話 勇者が実在するらしい。それはそうとやっぱりネクロマンサーさんは噛ませ犬




 二メートルを越えているであろう巨大な体躯に、これでもないかと思うほど盛り上がった筋肉。剣山のように天を突き刺すかのごとく伸びた頭髪。荒々しい口調も相まって、豪快崩落という感想が自然に出た。


 学生風に言えば体育会系。しかも、なんか上半身は裸だしイキッてるタイプの体育会系。文科系という単なる陰キャの僕からしたら関わりたくない存在である。




 「んー、やっぱりなんも感じねぇなぁ。ったく、ここまでわざわざ来たってのにハズレってか? お。お前ら勇者って知らねぇか?」



 え? 勇者? やっぱりRPGの王道らしくそういうのもいるの?



 「ちっ もしかして未覚醒かよ! とんだ無駄足じゃねぇか! クッソ! レーヴェの糞ヤローが!!!」



 話が読めないね。話の流れから勇者なる者を探しに来たみたいだけど。


 でも、勇者かぁ。なる奴は性格とか目とかキラッキラッしてそう。それで凄い青臭い理想論とか垂れ流すんだろうなぁ。「命は全て尊いんだっ」みたいな。


 うわぁ。想像したら無理。関わりたくなさすぎて無理。



 目的も果たせなそうなので丁重にお帰り願おう。アンデットナイトを倒したのは多分奴だ。どう倒したのかは見えなかったけど、一瞬であの高レベルモンスターを消し飛ばした。


 あんなのに目をつけられたら命がいくつあっても足りない。




 「ま、待ってくれ!!!」



 と思ってたのに逢魔が空気を読まず叫びだした。額に青筋が走ってるのが見えますよ?怒り心頭なのは分かるけど、余計なことしないでよ。



 「あぁ? 死霊使いか。所詮高みの見物しか出来ないような臆病者に興味はねぇな。失せろ」



 大男は一瞥すらせずに吐き捨てた。ネクロマンサー自体にあまりいい印象を持ってないようだ。



 「君はネクロマンサーを舐めてるね。エクストラジョブの力を舐めないことだ。来い!!! 下僕ども!!!!」



 「死霊軍団召喚サモン



 逢魔の命令とともに地面が不規則に盛り上がる。映画で登場するリビングデッドよろしく墓場から這い上がるグールの集団。二百ぐらいだろうか。中にはメイルアンデットもちらほらいるようだ。



 「所詮は一人。大軍に勝てるわけないのだよ!」



 ええ、こいつここまでのことが出来たのか。これじゃ本当に軍隊だ。いくら強大だとしても数の暴力には敵わない。こりゃ、あの大男が出てきてくれて幸運だったかもしれない。



 足取りはおぼつかないがこの数が一斉に動けば大地が揺れる。一斉に押し寄せるその姿はまるで津波かと錯覚する。





 対するーーー



「ふぁああ」



 大男は退屈そうに欠伸をしていた。えー。



「このっーーーー」     



「あぁ、本当にお前退屈な奴だなぁおい」



 ドパッ



 えっ



 塵を吐息で吹き飛ばすかの如くグールが何十体も吹き飛んだ。嘘でしょ?


 何体かくるくると芸術的な回転をしながら宙を舞ってるぞ。ツイッターとかにアップしたらバズりは確定レベル。



 は?


 ただの蹴りだぞ? それで、なんであんなことが起きるんだよ。


 やばい、理解の範囲を越えてる。


 たった数撃の蹴りを入れただけだ。時間にして1分にも満たない。それだけで、いつの間にかグールの軍隊は壊滅していた。


 しかも、何の苦とも思う雰囲気すら出さず。深夜に飲み物が切れてコンビニ行くかの如く終わらせていた。



 「な、なんなんだ!!貴様はーーー!!!」




 「はぁ、力量さも分からねぇカスが。まぁ、死霊使いの限界だな。自分の手を汚さねぇってやつはこの程度なもんよ」



 大男が詰まらなそうに足を振う。たったそれだけの動作で34レベルであるネクロマンサは意識を刈り取られた。


 うわぁ、壁にめり込んでるじゃん。女の子なのに漫画チックに顔がめり込んでるし。憐れ。



「ちっ 不味いったらありゃしねぇ」



 大男はあれだけのことをしたというのに、つまらなそうに舌打ちをするだけだ。



「う……そ……」


「ゲームバランス間違ってるでしょ……」



 急に重ったるくてドロドロしたタールのようなものが胃の中で蠢いた。気持ち悪い。日常的に拾い食いをしたような記憶はないから食中りではないだろう。


 視線を下に向けると足がいつの間にか生まれての小鹿の如く震えていた。



 恐怖だ。そうとしか言い様がない。体が本能的に初めて生命の危機を感じている。



 それもそのはず

 ーー大男がネクロマンサー達を殲滅するのにかかった時間は三十秒と五秒たらずだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る