第36話 人の不幸は蜜の味だけど、その被害が僕にまで来るのは納得いかない。



 眩い照明に照らされて光輝く絹のような黒髪。

 思わず数刻見とれてしまうが、それを彼女に悟られるのが嫌で不機嫌そうに顔をそらした。惨め、惨めだ。

 でも、いいーんですー! 男子高校性なんてこんなもんですー!



「あら北原君。惚けてどうしたのかしら?」



 監禁されていた僕を救出にきた斎藤はそれはもう穏やかな微笑を浮かべていた。

 今だけなら天使に見えると言っても過言じゃないね。


「ちなみに四条さんはレベル21よ」



「やめて、追い討ちほんとやめて」



 でも、天使は人の心が分からない模様。

 いや、違うか。分かっててやってるのか。

 もうこれ悪魔じゃん。

 根暗ボッチである僕の心の寄りどころを粉砕するのほんとやめてほしい。

 レベル高いことが唯一のアイデンティティだったのに……。


 レベルを越された僕にパーティーの居場所あるのかなぁ。


 ていうか四条はレベル21になったのかぁ。パワーとか凄そうだなぁ。もはや世紀末覇者でしょ。




「しかし、あれだね。斎藤が体育館に向かわないで待機してて本当に助かったよね」



 そのお陰でこうも簡単に侵入できたわけだし。


 一緒に体育館に向かってたらこうもスムーズにはいかなかっただろう。




「ちょっと、彼女とは……ね」


 色々あるらしい。


 彼女とは逢魔千歳を指すのだろうけど……まぁ、あまり追求するのはやめとこう。


 ほら、我が物顔で他人の問題にずかずか踏み入れるのもどうかと思うし。

 少なくとも僕は思うね。ほっといてくれと。




「で、脱出するにしてもこの体育館は信者達がうじゃうじゃして中々に大変だと思うけど……」



「あぁ、それならーー」


 斎藤は何か策があるようだ。

 しかし、こういう時こそ意図せぬことが起こるのがお約束。




「斎藤さん!!」



 予期せぬ来訪者ーーギャルゲー君こと轟悠人が斎藤の言葉を遮った。



「斎藤さん! 無事だったんだ! 本当に! 本当に良かった!!」



 まぁ、当然の如くそうは問屋が卸さないようだ。


 世の中そんなもんだよね。







 ーーー



「斎藤さん、無事で良かった!」


「げっ と、轟君……」


「斎藤氏斎藤氏。女子がしていい表情じゃないよ」



 ギャルゲー君を見た斎藤はそれはもう露骨に嫌そうな顔をした。つくづく自分に正直な人間だと思う。

 しかし、気になるのはそんなところじゃない。

 そんな表情を向けられてなお、再会を心のそこから喜んでいる轟悠人だ。



「うん、斎藤さん。また会えて嬉しいよ」



 あっ。

 なんかやっぱり話というかコミュニケーションがとれてない感じだよね。

 こう、対面してみて初めて分かるけど行き過ぎた善性って狂気と変わらないんだなって。 


「え、えぇ……」


 あの斎藤がドン引いている。こういうタイプ苦手なのね。



「話したいことは沢山あるけど、とにかく無事で良かった」



 轟は安心したように一息つき、斎藤に手を差し出した。



「? 何の真似かしら?」


「? 変な斎藤さんだな。俺達のところに早く来いよ」



 斎藤は絶句した。

 轟の発言は決して下心があるものではなかった。

 心の底から斎藤が自分に着いてくると疑っていないのだ。

 僕も少しというか、かなり引くわ。



「あのね、轟君」



 名前を呼ばれて轟は斎藤の目を真っ直ぐと見つめる。



「私は貴方の所なんていかないわ」




「は?」



 轟は信じられないと絶句した。もうほんと分かりやすい表情で。漫画の露骨な表現と言っても過言じゃない。

 愛の告白でもされると思っていたのだろうか?




「は!? え!? は!? 何でだよ!?」



「何でって言われても困るのだけど。とにかく私はいかないわ」



 この世の終わりかのような表情を浮かべるギャルゲー君。

 正直めしうま案件なのだが、ここまできっぱり拒絶されるといっそ哀れである。



「……!」


 と思ったら今度は鬼の形相で僕を睨んで来た。

 なんぞ?



「お、お前か! お前のせいか!」



「はい?」



 はい?



「お前が斎藤さんを騙しているんだな! この卑怯者が!!」



 あ~そういう解釈か。

 どーすんだこれ。

 斎藤にチラリと目線を投げるが、困ったように肩をすくめるばかりである。



「いや、違うけど……あーこういう時ってどう弁明しても駄目そうな気がするんだよなぁ」



「当たり前だ! お前みたいな奴信じられるわけないだろ!」



 ほらぁ。

 あれか。自衛組織の件断ったのがいけないのか。 

 でも、あれは断る以外の選択なかったしなぁ。



「どうするよ、斎藤」



「はぁ、仕方ないわね……貸しひとつね」



 斎藤は心の底から面倒臭そうに轟の前へと歩みを進める。



「轟君、轟君」



 斎藤の声音はまるで子をあやす母親のように穏やかだ。何アレ。逆に怖いわ。

 それに対して轟は斎藤が心変わりしたのと勘違いしたのか表情を輝かせる。



「轟君、私ね……北原君と一夜を共にしたの」



 ちょ、おまえええええええええええええ!



「ちょっ、おまっ! なんて核弾頭ぶちこんでくれてるんだよ!?!?」



 そもそも! そんな! 事実ない!!



「あら、つれないわね。この前はあんなに語りあったというのに」



 え!? そういうこと!?


 確かに間違ってないけど!

 夜一緒の場所で寝ただけじゃん! 

 男女の仲とかじゃなくて睡眠しただけじゃん!!


「いや! その! 間違ってないんだけど!! 言い方ぁ!!」



 もうやだこの人。具体的なことは一切言っていないのに、それっぽいことを匂わせて来るんですけど。



「そそそそそ、それは本当か????」



 めっちゃ動揺しておられる。

 いや、なんかごめんね?

 でも、君の想像することは一ミリもしてないから安心して欲しい。

 そして、今後もそんな予定など皆無だ。


 ていうか、そんなことしたら去勢されるわ。

 ハニートラップどころかハニーデストロイまである。



「えぇ、嘘は言ってないわ」


 ほんとな。

 嘘は言ってないだけである。これは酷い。



「彼、こう見えて夜は積極的なのよ」


「そんな……」



 ガックリと膝を地面に落とす轟。


 いや、ほんと酷い。このまで嘘を言っていないだけである。

 轟が想像するような男女の関係は皆無である。

 夜の話だって、いつもより口数多かった程度である。

 ほんとこの子ろくでもないな。



「さ、行くわよ。北原君」


「あ、はい」



 慈悲も涙もないな。

 轟に何の言葉もなく、背を向け歩き出す斎藤。

 いや、僕もギャルゲー君そんな好きじゃないいいんだけどね。





「……かせるかよ」



「ん?」




 次の瞬間、何かが空気を切り裂き頬をよぎった。


「このまま連れて行かせるか!! 北原ムンク!! お前みたいな奴に斎藤アリスは相応しくない!!」



 思わず振り替える。

 視線の先には、轟悠人が目を血走らせてバチバチと睨みつけていた。

 彼の周りには僕を拘束していた例の鎖が、フワフワと螺旋を描く。


 やはりというか、当然の如く穏便にすむことはない模様。

 どうにもこうにも世の中は、すぐに問屋は卸してくれない。

 まぁ、世の中そんなもんだよね。




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