間話3 逢魔千歳



 体育館入口付近。

 駆け出しのこそ泥のごとく動く少年が、辺りを見渡し誰もいない事を確認する。


 体育館の裏口を担当している同じクラスの男子には話し合いをして黙認してもらってる。


 美少女(幼馴染)の写真はとても有効的だったそうな。




「轟悠斗君。どこにいこうとしてるんだい?」



「いや、俺実はアウトドア派なんだよ。ちょっと外で運動したくてなぁ」



 いつの間にか背後を取られていたが少年は驚きはしない。


 逢魔千歳の神出鬼没にはもう慣れている。彼女はいつも急に現れては少年で遊ぶのだ。



「この化物達が闊歩する学校で運動かい? 正気の沙汰とは思えないね。君が馬鹿なのは知っていたけどここまで馬鹿なんてね」


 逢魔は開いた口が塞がらないと肩をすくめる。



「男は何時だって挑戦する心を忘れるなってじっちゃんの遺言だからな」



「笑えないね。というかそもそも君の祖父様はご存命だろうに」


 それまでシニカルな笑顔を浮かべていた逢魔は急に表情を落とした。


 少年はその落差にたじろぎはするが、折れるつもりはないらしい。



「斎藤さんや四条だって見つかってないんだ。頼むよ……今動かないでどうするんだよ!

 今動かなきゃ俺は一生自分を怨みたくなるんだよ!」



「男だねぇ。だけど、彼女はどう思うかね?」


 逢魔は目配せをして、物陰に隠れていた少女に此方に来るよう促した。



「千華……」



 出来た少女は少年の幼馴染だった。


 彼女の名前は姫百合千華。


 学園でもトップクラスの美少女で恋慕をよせる人間は少なくない。


 というかファンクラブまで出来る始末である。



「ゆ、悠? どこかに行くの? う、嘘だよね? 悠は、悠だけはどこにも行かないよね?悠だけはいなくならいよね!?!?!?」


 千華は錯乱したかのように勇にしがみついて喚き散らした。


 悠斗は困惑した。


 普段の彼女はこうではない。むしろ、活発でよく笑顔の似合う少女だった。


 可笑しくなったのは親友の四条がいなくなってからだ。


 そもそも、所詮はただの少女なのだから今までよく持っていたほうとも言える


 ギリギリの状態でなんとか正常状態を保っていた心は四条の行方不明を期に決壊してしまった。



「悠君。卑怯な言い方をするが今彼女はとても不安定なんだ。そんな彼女を君は置いていくなんて言うのかい?」



 悠斗はすがりつく幼馴染を振り払えるような男ではなかった。



「それにだ。君は実質的にリーダーで、もう既にこの学園の希望だ。教師ですら君に頼っている。」 


 もちろん私もと逢魔は付け加えた。



「なんで俺なんかが……俺はどこにでもいるような普通の人間なんだぞ……だったらよっぽど……」


 悠斗は逢魔を見つめる。


 自分なんかよりも余程逢魔のほうがいいとこころから思う。


 そもそも、体育館での活動を指示しているは逢魔だ。


 これでリーダーなんてお飾りもいいところだ。




「私では駄目なんだよ。君は自分の価値に気づいていない。いいかい? 変わってしまった世界で君のように普通を保てる人間は貴重なんだよ。人は奇才よりも普遍に安堵を覚えるんだ。君だ、君しかいないんだよ」



 悠斗は押し黙ってしまった。


 自分のやりたいことと周りからは求められることに挟まれて震えていた。


 そんな、彼を逢魔は優しく抱き締めた。




「時期に避難のヘリも来る。ヘリには父の私設部隊も乗っているから行方不明者も救助出来る。私も怨んでくれても構わない。でも、それまでは私達の側にいてくれないだろうか?」



 そんな言葉に彼は頷く意外の選択肢はなかった。


 しかし、彼はついぞ気づかなかった。


 彼女が、逢魔千歳が今どれ程歪で狂ったような笑みを浮かべていたことを。




 ーーーー



 私は逢魔千歳。逢魔高校の生徒会長で逢魔家の跡取り娘。


 自分で言うのは少し抵抗があるが美貌、器量、頭脳すべてに恵まれたような存在だ。


 将来を期待され、そしてその期待に応えてきた。


 将来的には国の未来を担うであろう官僚や大企業の御曹司と結婚し、より家を発展させていくのだろう。


 それが自分の使命であり、何の疑問すら持ち得なかった。




 そんな中、彼に会った。


 それは運命的でも何でもないような日常のヒトコマに過ぎないような出会い。


 彼は容姿や頭脳はとても平凡で何処にでもいるような男の子に見えた。


 実際、彼は本当に普通でしかなかった。


 普通に怒り、普通に笑い、普通に話す。


 そんな普通に何故か惹かれた。



 政治的な含みを持たせた発言ではなく、ただ疑問に思ったことを口に出す。


 社交的にお世辞を謳い、作り笑いで立てたくもない相手の面子を立てるわけでもなく、ただ心のままに眩しい笑顔を浮かべる。


 どんな屈辱にも耐えることなく、思ったままに理不尽に怒りを露にさせる。


 そして、相手を陥れようなどと欠片も思わず、到底理解できないような信頼を寄せて笑いかけてくる。




 普通、本当に普通。



 だけど、彼のそばにいると心は何故か安らいだ。


 心から何かが剥がれ落ちて、その身軽さに驚いた。


 彼の前だけでは素のままでいられる。


 逢魔でもなんでもない。


 ただの千歳でいられる。



 彼が欲しい。


 彼が必要だ。


 彼しかいない。


 生まれてこの方淡白だった心から大河の濁流のごとく感情が溢れてくる。



「あぁ、悠君。君は本当に素晴らしいねぇ」

 

 そこにある感情は友情でもなければ愛情ですらない。

 ただただ、ドロドロのアメーバのようなどす黒い感情がそこにはあった。


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