間話2 四条美琴の憂鬱①

 side四条美琴




 やっとの思いで目的の地にたどり着いたアタシが感じたのは安堵ではなく違和感だった。



 戻ってこれた。


 そう、死ぬほどきつい思いをしてやっとのこと戻ってこれたのだ。嬉しくないはずがない。もしかしたら、妹だって戻って来ているかもしれない。


 その筈なのに心は何か違和感を感じて素直に喜んではくれない。



 でも、本当になんなんだろうか。


 この胸騒ぎは?


 居心地の悪さは?


 ここまで必死にここにつくことを目標に戦ってきたはずなのに。いざたどり着いたら妙に胸がざわつく。


 そんなことを考えていたら次の瞬間、北原が拘束された。


 あまりにも唐突すぎて思考が追い付かなかい。


 え? なんで?


 真っ白に染まる頭を無理やり叩き起こして、状況の把握に努めようとするが、やはり理解できない。



 北原は鎖でがんじがらめに拘束されて気絶したと思ったら、生徒会長の近くにいた数人の男子が担いで何処かへ連れていかれてしまった。




「意外かしら?」


 今のあたしの心情が見透かされているようで気持ち悪かった。

 アタシは今、逢魔会長のあの底知れない瞳が恐ろしい。



「そ、そこまですることないんじゃ?」



 そうだ。


 アイツは根暗で少し気持ち悪いところもあるけど、悪いやつじゃない……と思う。


 とにかく、あんな一方的に拘束されるような人間じゃない。



「おや。君は彼の肩を持つのかな? 彼は殺人鬼だよ?」



 周りの男達は同意の言葉を叫び、あまつさえそれは暴言に変わっていった。



 やめて。

 急に胸が締め付けられるような感覚に陥る。

 なにこれ? 苦しいよ。


 昨夜見た彼の笑みが頭をよぎる。 

 彼はぶっきらぼうに頭を掻きながら、やわらかい笑みを浮かべていた。


 自分でも分からない感情が込み上げて、涙が出そうになる。



 確かに彼は許されざることをしたのかもしれない。


 だけど、果たしてそれは責められることなのだろうか。


 ただ、生きることに必死だった彼を何故ここまで糾弾できるのだろうか。



「イカれてる……」



 アタシはまだ自分がこのイカれた空間にいなければいけないのかと目眩がした。



「君は彼と仲がよかったね?」 




 会長の言葉で急に彼らの目の色が変わる。先程まで向けられていた暖かいものとはうって変わって、まるで罪人を見るかのよう。



「な、何が言いたいのよ!?」



「私たちはね、か弱い存在なのだよ。だけど、君はどうだろうか? 何せあの殺人者といたのだから怖がる人がいないとも限らないな」


 少なくとも私は怖くて夜も眠れないねとまるで女狐のように目を細めて歪にほくそ笑む。



「ま、待ってよ! アタシは殺してないわ!!」


 生き残る為には当然グール達とは対峙することになる。

 望まずとも彼らは何処からもなく現れ、襲ってくるのだから。

 しかし、アタシはついぞグールと戦うことは出来なかった。

 そう伝えても会長は首を振るばかりだ。



「そう、君の主張はあくまでそうなのだね。でも、彼らたちはどう思うかな?」  


「だ、だって、アタシは本当にっ!」


「ほぅ、そこまで言うなら証明してもらおうか」


 どこまでも逢魔千歳は不遜な笑みを浮かべる。

 その余裕ぶりは全てが彼女の手のひらの上なのでは? と思えてしまう。

 アタシはただただ彼女の底がまるで見通せないドス黒い瞳が怖かった。


 ーーー




 会長に連れられてきた部屋は、とりわけ何もない小部屋だった。

 移動の最中、会長につき従う男子生徒達のどこか嫌な笑顔が頭から離れない。

 なんというか……とても、下品な笑顔だ。

 どいつもこいつも、潰れたペットボトルのような顔面に中途半端に染めた金髪が余計に下劣さを際立たせる。



「さ、四条君。こっちにおいで」



 続いて、ついてきた男子達も部屋に入りアタシを手招きする。




「い、嫌っ」



「おやおや、仕方ない子だ。しかし、気持ちは分かる。でも、しょうがない事なんだ」


 嫌だ、嫌だ。男達の視線はぬめっとしていて不快感しかない。



「彼らはとても優しいんだ。多少乱暴かも知れないがね。なに、天井の染みでも数えていればすぐ終わるさ」



 会長は晴れて疑惑も無くなると言うが、とてもそうは思えない。嫌な予感しかしない。



「では、私は多忙なので失礼させてもらうよ」



「……あ」


 会長は無理矢理アタシを部屋に追いやり、何処かへ行ってしまった。

 扉のしまる音が嫌みなぐらい重々しい。



 呆然としていると、


「おいおい、四条ちゃんよ。無視しないで俺らに構ってくれよ」


 男の一人がアタシの背中に手を回して、ゆっくりと撫でる。


「嫌っ! 気安く触らないで! ちょっと、どこさわってんのよ!?」


 気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!



「あ~痛ぇなぁ! これ腕折れたわ~!」


「おっ! こりゃ重症だなぁ、おい!」


「へへへっ 看護してもらわねーと駄目ですわー」


 拒絶して腕を振り払っても、男達は気にした素振りすら見せずヘラヘラと笑っている。

 勘弁してよ……こっちは一刻も早くシャワーを浴びたい気分よ。


 でも我慢だ我慢。

 ここで切れてしまっては疑いが晴れず逆効果。

 今にも手が出そうになるけど、堪えるのよ四条美琴。


「とっとと、やりなさいよ!」


「じゃあ、服を脱いでもらおうか?」



 は?



「そんなの出来るわけないでしょ!?」


「何を隠し持っているか分かったもんじゃないからなぁ!」

「そうそう! 隅々までじっくり見ないとなぁ!」

「されるがままってのがお好みなら脱がしてやろうか?」



 男達はアタシの全身をなめ回すように見て下品に嗤う。あまりの怒りに目に映る光景が真っ赤になりそうだ。



 そんな要求に応える素振りを見せないアタシの姿をみて、


「はぁ、結局あの殺人鬼の仲間だったってことかよ」


 一人がつまらなそうに吐き捨てた。

 もう駄目。

 頭の中でプツーンと大事な糸が切れたような気すらした。



「~~~~~!!! あぁ!! もう!! 無理!!!!!」



 レベルアップによって強化された身体能力のことも考慮せず、拳が出た。

 もう綺麗にまっすぐ。

 自分で言うのもアレだが見惚れるぐらい綺麗な直線。



「あぎゃっ!?」




 当然、直撃した男はドアごと吹き飛ばされることとなる。

 しかし、アタシの体を無遠慮にベタベタと触ってきた奴だ。

 罪悪感なんて皆無だ。


 潰れたカエルみたいに気絶したみたい。

 ほんといい気味よ。


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