第15話 世の中はデストロイで糞だと思うけど……きっと、今だけは月明かりが優しく照らしてくれている
狭い部屋の中、手を伸ばせば届く距離に美少女が一人。彼女はメトロノームと思うほど一定のリズムで、寝息を立てている。
これなんてエロゲ?
いや、嬉しくないと言えばもちろん嘘になる。美少女様とこんな状況になるなんて、僕の人生ではもうないだろう。
でもさ。これ、寝れるわけないじゃん……。
どうしてこんな状況になったのか、困惑して頭を抱えるばかりである。
ーーー
遡ること数時間前。
「色々なことがありすぎて、正直もう限界だわ。早々に就寝することとしましょうか」
「おけ」
斎藤の提案に頷く僕。
件の休憩室に入ると、僕らはとりあえず冷蔵庫を漁った。
冷蔵庫の中はビール缶だらけで、ここの教師の勤勉さはどうなっているのだろうか。ほんとここの教師はいい身分だなぁ。
まぁ、だけどチョコやゼリー飲料みたいなものも一緒に入っているのは幸運と言える。それなりに量もあったので腹はふくれた。
腹がふくれた頃には辺りはすっかり暗くなり夜。
一応電気はまだ生きているみたいだけど、斎藤と話し合い夜は一切つけないことに決める。モンスター等を引き寄せる危険性がありそうだし。用心するにこしたことはない。
そして、今に至るわけである。わけわかめだぜ。
この部屋はそんな広くない。なので必然的に雑魚寝状態になる。
そして……とても……近いです……。
でも、あれだよ? t○ラブル的な展開はないよ?
そりゃ、僕童貞だしそんな度胸もないよ?
ていうか、そんなこと斎藤氏にしたら最悪去勢されてまうわ。もしくは、魔術のフルバーストでボコボコにされてしまうことだろう。こわ。
いや、しかしですね。童貞には少し刺激が強すぎる空間だわ。これ、寝れるわけないじゃん。
あまりにも寝れないので、体を起こす。
「眠らないのかしら」
「あら、起こしちゃった?」
「いえ、寝れなくて当然よね。色々とあったもの。むしろ、安眠出来るほうが異常だわ」
一瞬、ドキリと心臓が跳ね上がりそうになったが、そういう解釈ね。
ごめん、なんかごめん。童貞でほんとごめん。
だが、斎藤の言わんとしていることも分からないでもない。
本当に色々あった。言葉では全てを表せないぐらい、沢山の出来事が。
少なくとも、今までの平和な日常とは真逆になってしまったのだ。彼女からしたら堪ったものではないだろう。
「寝なよ。多分明日も大変だよ?」
全く。休めるときに休むのは戦う者の義務だというのに。
いざというとき、体の調子が悪かったらどうするのか。
「貴方もそうじゃない」
僕?
僕はいいのだ。僕のことなんていうのは重力の影響基本受けない仕様なので棚の上どころか空遥か高くに風船のごとく上り詰めている。
「何も……聞いてこないのね」
「ん???」
「何も説明はしていないけど、聞きたいことととかあるんじゃない?」
昼間の高笑いの事だろうか。いや、だって眼力が怖いんですもの。
「まぁ、うん。面倒だし。それに、ズカズカと我が物顔で聞いたところでなぁ。僕がそれされたらドロップキックかましたくなるし」
話してとか、相談してとか世間では言われるが、往々にして役に立たないのがほとんどなのだ。
彼らは我が物顔で正論を振りかざして来るが、そんなこと出来たら苦労はしない。
だから、無理に聞こうとは思わない。
「そう。じゃあ、一つ聞いていいかしら」
「貴方は何故いじめられていたの? 変な意味じゃなくて単純に疑問だったの。貴方は決して、ただいじめられているだけの存在じゃないはずよ」
ドストレートにほどがある。
ただ、哀れみや嘲笑で聞いてるわけでもなく、純粋に疑問のようだ。
この実直さは彼女の美点なのかもしれない。
「買いかぶりすぎだよ。まぁ、学年一と名高い美少女様にそこまで言われたら悪い気はしないけどさ」
「茶化さないの。私はこれでも人を見る目はあるつもりよ? 貴方は決して弱くない」
意外と好評価だった。彼女の瞳は眩しいぐらい真っ直ぐで虚偽なんて不純物は一ミリも混ざっていない。
「はぁ、買いかぶりすぎだって……まぁ、隠すことのほどでもないか。情けないことにさ、僕の心は今までポッキリ折れてたんだよ」
思い返すと、自己の情けなさに思わず苦笑してしまいそうになる。
「僕はね。幼馴染に裏切られたんだよ」
ーーー
彼女は特に何も言わなかった。
もしかしたら、事のショボさに失望されたのかもしれない。
「詳しく聞かないんだ」
「ええ、私も同じだもの。貴方に我が物顔で荒らすことなんて出来ないわ」
「そうだね……いつか、いつか話せる時が来たら話すよ」
まぁ、そんな時が来るかは疑問である。そんな時まで斎藤と行動してるかすら怪しい。
「えぇ、私も。もし、話したいと思えた時は……助けてね」
「僕に何か出来るとは思えないけど……そうだなぁ。前向きに検討できるように善処するよ」
「はぁ、貴方に言った私が馬鹿だったわ。それ、絶対にやらないやつじゃない」
そう悪態をつきつつも彼女は苦笑している。
「北原くん少しだけ背中を貸してもらってもいいかしら」
彼女はおもむろに、そう言って背中を合わせてきた。甘い香りと共に、少しの圧迫感と暖かさが広がる。
!?
!?!?
あばばば
女子の体温やばい
あばばばばば
「寝れないの?」
夜も遅いのに寝るような雰囲気はない。ていうか、僕の心臓がやばい。これ、破裂しちゃうんじゃないの?
「寝れる方がどうかしてるわ」
「まぁね」
何がまぁねだ。
まぁね、とか格好つけてるけどそれどころではないからね? 僕、変な汗かいてない? 臭くない?
「こんな世界になって不安がないなんて言ったら嘘になるわ」
そりゃそうだ。
いきなりモンスターとの殺し合いをする世界になったのだ。
気持ちよく寝れる方がどうかしてるのかもしれない。
「貴方は……やっぱり優しいのね」
「まさか。役得だと思ってるだけだよ。ほら、こんな機会僕の人生にあるか怪しいしね」
実際こんなこと僕の人生にこれからあるか怪しい。
あると嬉しいなぁ。
「それはそうね」
そこは形だけでも否定してほしいんですけど。
でも、まぁ少し苦笑してたからよしとするか。ほら、美少女の笑顔はプライスレスって言うからね。
ーーー
辺りは既に真っ暗で、明かりも何もつけていない。
だから、今は月明かりだけがほのかに降り注いでいるだけだ。
月明かりが照す中、背中合わせで伝わる体温はとても暖かい。感じるものは異性に対するどぎまぎというよりは安堵に近かった。
なるほど、結局僕もこの変わった世界に辟易してた部分があったてことだろうか。正直、いじめられていた時に比べれば楽しく生きれているとは思う。
けれど、モンスターとの殺し合いが全く怖くないといわけでもない。
きっと、僕も彼女と同じで不安で寝ることが出来なかったのかもしれない。
だけど、不思議と今はそうでない。心は驚くほど落ち着いていて、強烈な睡魔が沸き上がってくるほどだ。
きっと、それは多分、彼女も同じで。
「すぅ……すぅ……」
いつの間にか斎藤は寝息を立ている。
そんな斎藤を見ると、微笑ましく思える。そして、僕もつられて眠ってしまいそうだ。
窓に目を向けると、やはりそこには綺麗な月がある。この光景は世界が変わったところで、何の影響もなくただ在り続けるのだろう。
世の中はデストロイで糞だと思うけど……きっと、今だけは月明かりが優しく照らしてくれている。
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