15 マルガリエ嬢

015


「ドルド、私は王都に行ってくる」


結局サフィールは王都に行くことにした

王都まではここからだと通常だと片道2日かかる。つまり往復4日もかかる。

馬車で駅のある街まで行き、列車に乗る。王都に着きたら辻馬車で王宮まで行く

サフィールにとってはかなり面倒な旅だった。

なので、魔術を使う。高度な魔術使いは移動に魔術を使い空間を移動できる。

ただ、非常に体力を奪われる。

サフィールの実力では充分な余力を残そうと思えば片道1回が限度だが、今回は全力を使い往復それで行く。

しかも帰りは医者も連れ帰るのでたぶん帰ってきたらぶっ倒れているだろう。

用を済ませた医者を送るのは召使いに任せるしかない。


「突然ですね」

「無理をして行くから明日には帰るが、私は帰ったら倒れる。

その間、彼女を頼んだぞ」

「畏まりました。しかし無理をされてまで行かれるのですか

一日様子を見てからでも良いのではないですか」

「心配なんだ。何もなければそれでいい」

「分かりました。どうかご無事でお戻りください」


***

朝食の後ベッドに潜っていたライラだったが、

メイドがシーツの交換に来てベッドから退くように言われたので居心地の悪さを感じながらソファで膝を抱えてじっとしていた

(早くあっちいってくれないかしら。ひとりにして)


すると執事が何やら落ち着きない様子入ってきた

「ドルド様何か御用ですか?」


ドルドはサフィールを見送った後、サリナを探してこの部屋にたどり着いた


「用も何も、サリナ。不味いことになった

御館様が医者を連れてくるようだ」

「あら、じゃあ御館様いないんですね

やった。サボり放題ですね。

ああ、怪我は大丈夫ですよ。フォークで指したとか自分で噛んだとか適当に言っていれば」

「お前、悠長な事を言っている場合じゃない。

わざわざ王都まで行ってこれを診てくれる医者を連れてくるんだ。意味は分かるな」

「まあ、ほんとに御館様はこれにご執心ですね。

分かりました。バレたら私は辞めますよ。それでいいんでしょ」


「あの、すみません。入ってもよろしいでしょうか?」

ノックの音が聞こえドルドはびくりとして扉の方を見つめた

だが声の主はメイドのルシエという女だったので、無意識に強ばらせた体を弛緩しそっと息をつく


「何事だ。今は取り込んでいる」

ドルドは何とか平常を取り戻し、答えた


「ドルド様こちらにいらしたのですね。

あの、マルガリエ様が御館様をお訪ねになっています。

外でお待ちいただくわけにはまいりませんので、玄関ホールには通したのですがいかがしましょう……?

御館様がいらっしゃらないことを伝えお帰りいただいてよろしいでしょうか」


「面倒な……」

ドルドは煩わしい事が増えて頭を抱えたくなった

マルガリエという女性はサフィールの元婚約者だ


サフィールは侯爵家の跡取り息子だ

ある理由で彼は後ろ盾である実家とは縁を切ったつもりで家を出た

そして、魔術の腕だけで王家筆頭魔術師になった強者だった

今は完全に世捨て人のように引きこもってしまっているが、王宮で働いていた頃は誰もが彼を色々な意味で欲しがった


しかし魔術師でのし上がる際、彼は大きな失態を犯してしまった事がある

反勢力派の大臣に弱みを握られ、その際にご実家の力に頼らざるを得なかった

その代償がご実家と協力関係であったルシフル家の長女であるマルガリエ様との婚約だった


しかし王家に認められる程になったサフィールが真っ先に行ったのがマルガリエのいるルシフル家との婚約解消だった

婚約解消から数年、マルガリエはその事への不服と、また彼に城務めに戻るようにあれこれサフィールに付きまとっている

婚約解消したとはいえ、蔑ろにすることはできず持て余しているのが現状だ

サフィールはまるで虫を見るように冷ややかな目で彼女を静観しているが、対応する召使い達には溜まったものではなかった


何故この方は主人のいない時にいつも来られるのだろう


「ねえ、ここは客室ではありませんの?

なぜこんなに人がいるのに出迎えもないのかしら」

ルシエの後ろから顔を出したのは、その当人マルガリエだった


「マ、マルガリエ様!

ここに来られては困ります!」


マルガリエは絶世の美女だった

少し釣り上がった大きく愛らしい目にすっと整った小鼻

ふっくりとした唇にはてらてらとルージュが輝き艶やかさを演じる

彼女はサフィールに固執しなくとも、侯爵家の深窓の令嬢であるので引く手数多なのだが、彼女はサフィールを崇拝し未だ付き纏っている


「まあ、どうして·····、こ、これはっ?」


マルガリエは、部屋の奥にいるライラを見て目を見開き唖然としていた


「ああ·····」


ドルドに激しい絶望感が襲った

(まじでめんどくせえ)


だがそれに直ぐに反応したのはサリナだった


「マルガリエ様ようこそいらっしゃいました

これはサフィール様が飼われているペットですわ」

「こ、こんなに醜いものをペットに·····?」

「はい、宵の民です。マルガリエ様もご存知でしょう? 希少ではありますが、何の役にもたちませんのでペットなのです」

「サフィール様は動物にはまるでご興味ありませんでしたのに。あると言えば魔術に使う爬虫類や植物くらいでしたわ」


マルガリエは動揺で狼狽えた様子でサリナとライラを交互に見ている


ドルドははっとして、苦肉の解決策を思いついた

今出来るのはこれしかない

そう思った


「あのマルガリエ様、お願いがございます」


「ドルド殿、私は喉が渇きましたわ。先にお茶をくださらないかしら?

お茶菓子は持ってきているわ」

マルガリエはドルドの言葉を遮り持っていた扇子で少し仰いで口元を覆った


「すぐに。ルシエ、この子を頼んだ」

「はい、承知しました」


ドルドはお茶の用意をする為に部屋を出ていった


(なんなの·····?また新しい化け物が増えたの?)

ライラはライラは不躾な視線を感じつつうんざりした目で周囲を伺っていた

残念ながら美しいマルガリエもライラにはただの黒い化け物だった


「それで?ドルド殿は私に何をさせようというの?

どうせサフィール様はいらっしゃらないのでしょう?

何故かわたくし運が悪くていつもお出かけされているもの。

お帰りになるまで退屈ですから、貴方方の御相手をして差し上げるわ」


マルガリエはライラを汚いものを見るように目を細めながら、サリナに問うた


「このものをすこし痛めつけてしまいまして、その治療をですわ」

「何ですって? 私が、これを?

ご冗談はよして」

「御館様に知れたらご機嫌を損ねるだけでは済まないとドルド様はお考えなのです」

「まあ……」


マルガリエは淑女らしくなく口を開けてぽかんとした

ドルドが優秀な執事だということはマルガリエも承知している

その彼がそれ程憂慮するまでにサフィールがこの生き物に愛着を持つなどマルガリエには信じられなかった


宵の民は幾度か見た事がある

父の知り合いの好事家が趣味で奴隷として働かせていたのだ

鳴きもせず俯いてただひたすら草むしりをしていたあの生き物……


そんな奴隷を、ペットだなどといって客室を使わせている

しかも、贅沢にも召使いに世話をさせているなんて!


マルガリエは心底身震いした

サフィール様からなんとしてでもこの得体の知れぬ生き物を引き離さねばと


「わかりましたわ。怪我は治しましょう」


沈黙し2人の様子を見ていたルシエは安堵の息をついた

サフィールの好みはルシエも理解できないが、サフィールの逆鱗に触れたらルシエにもとばっちりが来る

主にこの性格の悪いサリナからの八つ当たりであるが

だが、マルガリエがただの善意で怪我を治すはずがないとサリナもルシエも思っていた

しかしルシエは気にしない事にした

狡猾な二人のする事など首を突っ込まないほうがいい


サリナはマルガリエがこの生き物に嫌悪感を持っており、きっとサフィールから離したいと考えているに違いないと踏んでいたのだ


マルガリエは潔癖な人だ

サフィールには遠く及ばないが自分の力で魔術師になり、立派に仕事もしている

そんなマルガリエはサフィールに尊敬の念を抱いている

婚約当時、サフィールに悪い虫がつけば影で排除していたのを風の噂で耳にしている

婚約解消後もそんなことをしていたのでさすがにサフィールに釘を刺されたようだが


なのでマルガリエは今回も悪い虫を排除したがると思ったのだ


サリナの目的はマルガリエの伝を使い、この宵の民を売りさばく

大した利用価値はないのに、実際なぜか高額で買い取る好事家がいるのだ

いい案だと思う

サリナはその分け前を貰えるし、マルガリエはサフィールから汚いものを排除できる

サフィールは血眼になって探すかもしれないがいずれ諦めるだろう


「それでどこを怪我しているのかしら?」

ライラは近づいてくる、ふんわりとした香水の匂いのする女の化け物から後ずさってソファの背にぴったりくっついた

どうせライラに近づく人はろくな事をしない


〈あっちいってよ〉

「鳴き声は何だか女の子の声みたいね。

私の見たのは野太くて汚い声だったわ」

マルガリエはまじまじと観察するように不躾な視線を送った


「口の中と腕とか青あざが残っているかもしれません」

「口の中? 何か食べさせたの?」

「ええ少しガラスを」

「まあまあ……痛いことをするのね。

じゃあ治して差し上げるわね。ほらこっち向きなさい」


〈何? 触らないでよ!〉

無理やり両手で頬を挟んできて顔を掴んだので、ライラは身をよじって抗った

その際、振り回した腕がマルガリエの顔にぱしっと軽い音を立ててぶつかった


「きゃっ!なんてお行儀の悪い子なんでしょう!

わたくし、貴女に何かして?」


サリナは苛立った様子で後ろに周りライラの羽交い締めにした

「じっとしてろ。このまま肩を外したっていいのよ」

〈いやぁ…っ!なんなの?離してっ〉


ドスの効いた声を出して睨みつけたサリナにマルガリエは感心したように目を瞬かせた

「貴女も乱暴ねえ……

早く終わらせちゃいましょう。

まあまあ、ひどい痣。貴女ほんとに乱暴。怖いわ」

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影の女王と暁の民 えぼし @eboshi_666

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