14 ガラスの靴は見つからない

014


ライラは主人との朝食が終わり、部屋でいつもの様にひとり過ごしていた

体が少し怠く何かする気になれなくて窓の外をただ見つめていた


今日は何だか喉が痛いな……風邪かしら?

数日前に主人と雪遊びを少し長い時間楽しんだからだろうか

主人と大きな雪だるまをいくつか並べて雪だるまの家族を作ったり、雪投げをはじめてした

ライラは楽しくてたまらなくて、もう疲れたよと座り込む主人に我儘を言って困らせたのだ


最近毎日楽しくて、このまま自分はここにいてもいいのではないかと思ってしまう

あんなに怖かった主人なのに、今は彼といると包まれているかのように心が凪いでいく

ユノーと居る時とは違った安心感だ

ユノーといる時、彼は家族だったが、教師でもあったので緊張感もあった


私、きっと甘えすぎているわね


主人はライラに優しすぎる

こんなに優しくされて甘やかされると、ここを出る時に離れがたくなる


春になったらちゃんとここを出ることを考えよう

きっと大丈夫。ひとりでも大丈夫……。それに私が出ていくと言ったら主人は後押ししてくれるわ

そうよ、いつまでもここにいてはだめ

主人が私をここに置いてくれる理由は今でもわからないけど、それに甘えてはいけない


ガチャガチャと扉の方で音がした。鍵を開けられているようなので、メイド達だろう


今日は酷くされませんように


ライラはメイドが来る度にそう祈るようになった

抵抗すると、なかなか解放してくれないので、ライラは仕方なく耐えている

バタバタと忙しなく入ってきたメイドは、いつも嫌がらせをする一番苦手な人だった


「また煩く言われるんだわ

はあ、本当あいつ、腹が立つ」


今日は機嫌が悪いのかイライラしているようだ

パタパタとハタキで埃を落としながらブツブツ文句を言っている


「一生結婚出来ないだって?ふざけんな

あいつまじで性格悪いわ」


ハタキを終えたらしいメイドは箒でゴミを集めている

ライラは窓の外を見るふりをしてガラスに映るメイドの動向をみながら、彼女が去るのを待っていた

拭き掃除を終えて彼女は一旦部屋を出ていった

つかの間の休息に深い安堵の息を吐いた


今日は食事もあの人が持ってくるんだわ。嫌だなあ


部屋の外からゴトゴトとワゴンを押す音がして、再びあのメイドが扉を開いた

ライラは扉から視線を外し、窓の外を見る

ワゴンを部屋の中に入れたメイドは、テーブルに食事を並べ、用意が出来るとその合図としてチリンとベルを鳴らす


ライラはいそいそと食事の用意されたテーブルの席に着いた

……今日はあんまりお腹空かないな


部屋に閉じこもりきりのライラに配慮して食事の量はとても少なめだった

それでもライラは残す事もある

置かれたスープは湯気を立てていて、美味しそうな匂いとともに、隣に置かれたパンの匂いがほのかに漂ってくる


美味しそうなのにな


喉も痛いしお腹も空いていないが少しでも食べなくては

その後の夕食で無理やり食べさせられそうになるのだ


「ふん、ケダモノがいつまでもいい気でいるんじゃないわよ」


スプーンにほんの少し掬って口に運ぶ

食べられそうかな……?

塩気のおかげかスープだけなら食べられそうだった

ごろごろ野菜の入ったトマトのスープは、甘酸っぱくて美味しい


……?

何か野菜にしては硬いものが口の中に入ってきたきがした

ガリっと噛もうとして、ピリッとした鋭い痛みが走る


(うっ……これ、何?! 痛い……!)


〈うえ……っ〉


口に含んでいたものを皿の中に吐き出してしまった

口の中はトマトの味と血の鉄のような不快な味が混じり気持ち悪い


ガラス·····?口の中が痛い·····血が出てる

じくじく、ぴりぴりと内頬が痛み、あまりの仕打ちにライラは嗚咽を漏らした


「あんたみたいな獣はこんな所にいていいわけがないの

分かる?獣はね、ずっと働いてなくちゃならないのよ

食い扶持ばっかりで何にもしない能天気馬鹿

いい気にならないでよ

御館様のご恩をなんとも感じちゃいない

そのノミ虫程度のちっぽけな頭を働かしなさいよ

あんたは必ず私が屋敷から追い出してあげる

野垂れ死ねばいいっ!」


〈ううーー·····〉

言葉は分からないがまるで呪うように罵詈雑言を浴びせられているのはわかった


「こんなもの……!くそ!くそっ!!あはは!」

女の形の化け物は気味の悪い嗤い声をあげながら、ライラの編みかけのセーターもどきを引きちぎりながら解いてしまった

大して思い入れはないが、憂さ晴らしに自分のものを壊されるのはどうしたって腹が立つ


〈もうやめて、ひとりにしてよ……!〉

「うるさい!雌豚!」

〈きゃっ!〉


メイドはセーターの残骸を思い切り振りかぶって握りしめた拳をライラにぶつけてきた

ライラは咄嗟に頭を両腕で守った

ガツンと激しく重く強い衝撃が何度も打ち付けられた


「や、やめてーー!」

「何事ですか?·····っ、サリナ、何をしている!」

「ドルド様っ……」


執事が焦った様子で入ってきてメイドはようやく拳を収めた

「お前、口から血を出してるじゃないか

何をしたんだ!」


「何も。勝手に舌を噛んだのよ」


ふんと鼻を鳴らしてふんぞり返ったメイドは咽び泣くライラを殺意にも似た侮蔑の篭った眼差しで見下し、まだ殴り足りなさそうな顔をしていた


「嘘を·····!」


ドルドは直感でサリナが食事に何か入れたと考えスープの中を掻き回した

「これは、ガラスじゃないか!

飲み込んでいたらどうする!!

こやつが食事をしない事をあれ程心配なさっておられたのだぞ!」


ドルドはサリナの目に余る行為に流石に憤りを感じた

サリナがこのペットにいい感情を持っていない事はわかっていたし、影で陰険な虐めをしている事も知っていた

だが彼女は狡猾で跡を残さない為、ドルドは目を瞑っていたのだ

それにペットへの虐待は何もサリナだけがしている事ではなく他のメイドも憂さ晴らしをしていたので、サリナだけに強く言えなかったのだった

ドルドは上長として間違っていると分かっていてもこのペットを擁護する気にはなれなかったのだ

例え主人の可愛いがっているペットだとしても、やはり自分はこの世界の悪しき慣習が染み付いている


「知らないわ。白を切ればバレないわよ」

「御館様を甘く見るな

いいか、跡を残すような真似は絶対するな

露呈すれば私もお前も首だ」

「わかったわかった」




**********




「おはよう、可愛い人」


ライラはいつもの様に連れられて朝食の席に着いた

昨日の夕食は自室に運ばれたので主人とは昨日の朝以降顔を合わせていなかった


流石に昨日のメイドからの仕打ちには堪えた

ライラはあの後もし主人に会っていたら泣きついてしまいそうだったので、会わなくて良かったと思った

泣いてまた困らせるのは嫌だ


「……あまり元気そうじゃないね、目も合わせないなんて。

何かあったの?」

「……」


ぺちゃくちゃ何か喋りかけているようだが、頭がぼうっとして体が重くて話す気になれない

昨夜痛みで眠る事が出来なかったのと、少し前からの風邪のせいだ

夕食もろくに食べなかったのに、それでもなぜかあまり食べたい気分にならなかった

部屋でじっとして眠りたい

それに今朝はあのメイドに文字通り叩き起されて、打たれたお尻や背中がひりひり痛いし、まだ口の中はきりきり痛くてとても気分が悪いのだ


ちなみにあのメイド以外の人の起こし方も横暴だった

ベッドから抜け出さないと寒いのに窓を全開にし掛布を剥いでくる

顔に濡れて冷たいタオルを投げつけられた事もある

寒いのはへっちゃらだけど、やっぱり気分は良くない


「食べないの?これ、好きじゃなくなった?」


主人はいつも私が食べているパンをちぎって口元に向けてくる

ライラは顔を背けて拒絶した


(要らないったら

今は何もしたくないの……)

主人にこんな我儘言いたくない

口を動かすと鈍く疼くし、切れた所に舌が触れるととても痛くて呻きたくなる


「ねえ、どうしたの?」

主人はライラの頭を撫でようとした

〈もう!〉

だけど、イライラしていたライラは誰にも何もされたくなくて反射的に近づけられた手を払った

主人は一瞬怯み、伸ばしていた手を引っ込めた


「ドルド、どうしたんだろう?

こんなに不機嫌なのは珍しい」

「そうですか?いつもの事ではありませんか」

「しかし……

ねえ、じゃあジュースはどう?」


(それは少し酸っぱい柑橘の飲み物ね

飲んだら絶対痛いから飲まないわ)


ライラは気だるく首を横に振った

「……これもか」

「様子を見ておきます。ですので今は無理に食べさせるのはよしましょう」

「そうだな。

無理を言ってごめんね。今日は目覚めが悪かったのかな?

……また不眠になったのか?」

「そのようには見受けられませんでしたが」

「また眠れるようにしてあげるね」

「……」


宥めるように微笑みかけても、彼女はその朝ずっとサフィールの顔を見ようとはしなかった

最近とても機嫌良くサフィールに懐いてくれていたので、すげない反応にサフィールの心は萎れてしまった


本当に機嫌が悪いだけなのか?

少しだるそうにしており、顔色が悪いように見えたが、医者をよぼうにも宵の民を診てくれる医者は王都にしかいない

王都に行くか……

私が出向かなければ応対してくれないだろうから私が行くしかないが、彼女を置いていくのはとても心配だ

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